リードでもつけてやろうか。
不動は、2,3歩先をふらふらと歩くの背中に向かって小声で毒づいた。
首に絶対に外れない首輪でもつけて、あちこちへ行かないようにしっかりと手綱を握っていたい。
きょーうっの夕飯トマトスープーなど、呪いの歌にしか聞こえない即興歌を口ずさんでいる口を塞いでやりたい。
いやその前に、が大事に腕に抱えているトマトの山を溝に捨ててやりたい。
何がトマトスープだ、てめえら吸血鬼か。
不動は苦々しげな表情を浮かべ、けっと吐き捨てた。
不動の品の悪い吐息が聞こえたのか、がくるりと振り返った。





「あっきー、あんまりお行儀悪いことしちゃ駄目でしょ」
「どうせ俺は育ちが悪い不良だからな。鬼道クンたちとは違うんだよ、育ちが」
「うちだって似たようなもんだよ。あっきー知ってるでしょ、うちんちネギ買うお金節約するためにお庭に万能ネギ生やしてるって」
「ああ、そりゃもうネギもワケギもたくさん生えてたな。ったく、ネギ買う奴の気が知れねぇ」
「だよねだよねー。某医者の家なんてさあ、ネギとトマトはメイドインスーパーなんだよ。ほんとありえない、これだから金持ちは」
「トマトは余計だけどな」
「あっきー、好き嫌いしてると身長伸びないよ? トマト美味しいのに」





 体にいいんだからちゃんと食べなきゃいけませんと母のように説くと、は再び前を歩き始めた。
チーム全員分の食事の材料となるトマトを持っているのが重いのか、何度もよいしょと声をかけ持ち直している。
ああそうか、だから先程からずっといつも以上にふらふらしていたのか。
トマトごときがを振り回すなど気に入らない。
不動はに並ぶと手を突き出した。
何の手かわからず初めこそきょとんとしていたが、数秒後何をどうひらめいたのか、は不動の手にトマトを1個ちょこんと乗せた。
お腹減ったならこれでも食べなよとは、誰に向かって物を言っているのだ。
トマト嫌いの奴が空腹に耐えかねトマトを貪るわけがないだろう。
不動は手の上のトマトを握り潰したい衝動を必死に押さえ込むと、の腕の中のトマト袋を奪うべく手を伸ばした。
わぁ軽いありがとあっきー優しい!
不動の中で生成された予想台詞は、駄目でしょと叫ぶの声で見事に打ち砕かれた。





「駄目って・・・。ちゃんそれ重いんだろ、こういう時は素直に男手頼ってもいいんだぜ?」
「そんな優しいあっきーは私のメモリーにはいませんん!
 あっきーはトマトが嫌い、つまりトマト持ってる私のことも嫌い、あっきーは私からトマトふんだくってそこのゴミ箱に捨てるに決まってる!」
「だから、いつどこで誰がちゃんのこと嫌いって言ったんだよ、ああ!? 待てちゃん、そんなふらっふらして走ったらこけて「ぎゃー!」ほら言わんこっちゃない!」





 ぱたぱたと走り建物の角を曲がったが悲鳴を上げ、不動は小走りで後を追いかけた。
良かった、こけていない。
ちょうど歩いていた男性にぶつかって、事なきを得たらしい。
不動は事態とを回収すべく顔を上げた。
サングラスをかけた長身の、金髪の男。
記憶の底にいるとある人物が浮かび、不動は思わず額を押さえた。
待て、今目の前にいるこいつはだれだ。
じりじりと後ずさるを見下ろした白スーツに赤を咲かせた男が、にやりと笑いの肩へ手を伸ばす。
やっばーマジやばい、本当やばすぎてやばいと支離滅裂な言葉をぶつぶつと呟いているは、我が身に迫る異変に気付いていないらしい。
間違いない、あの男はあいつだ――――――。
不動は混乱してしまっているの服の襟首をむんずとつかむと、素早く駆け出した。
あれはいけない、にとても自分にとっても、あの男だけはとにかく何があっても係わってはならない。
不動はを引きずったまま路地へ入ると、見たかと問いかけた。





「やばいよあっきー、私どうしよう」
「大丈夫・・・とは正直断言できねぇけど、ちゃんを係わらせる気はないから」
「あのスーツ、アルマーニじゃん。おじさんにぶつかった時にトマトで白いスーツ赤いのびしゃあって」
「・・・ちゃん」
「なぁにあっきー」





 ことりと首を傾げこちらを見つめてくるの無邪気さが、今日ばかりは憎たらしくてたまらない。
人の気も知らずにいつでもどこでものほほんと構えていて、それで済まされないことも世の中にはたくさんあるのだ。
今はトマトもスーツもどうでもいい。
今大切なのはあの男の正体なのだ。
なぜはわからないのだ、自身が害されようとしていたことに。
不動は無意識のうちに唇を噛んだ。





「ねぇあっきーほんとにどうしよう。やっぱ当て逃げ良くないから、さっきのおじさんに謝ってくる」
「・・・よ」
「へ?」
「ふらふらされたら迷惑だって言ってんだよ!」
「ふらふらって、ふらふらしてないもんちゃんと歩けるもん! なんであっきー怒るの、私怒られるようなことそんなにやってない!」
「あんたのそういうところが!」





 何もわかっていないと、素直に不安だと言えない自分が腹立たしくなり不動はの両肩を乱暴につかんだ。
突然の乱行に戸惑ったらしいの瞳がわずかに揺れる。
あんたのそういうところがの後、何を言おうとしたのだろう。
嫌いだと言いたかったのだろうか。
確かにの無鉄砲なところには目を覆いたくなるが、それは嫌いという感情には直結しない。
嫌いな奴にここまで入れ揚げたりしない。
嫌いな奴にあっきーと呼ばせたりしない。
嫌いな奴をなにふり構わず庇ったりするはずがない。
好きなのだ。
好きだから心配になるし手を差し伸べたくなるし、あまりにも危険な行為に怒りを覚えるのだ。
だが、はきっとこれら心の葛藤には言われなければ気付かない。
そういう子を好きになってしまったのだと腹を括るしかなかった。





「あっきーさっきからどうしたの・・・? あのおじさん、あっきー知ってるの?」
「・・・・・・それは」
「不動、今すぐその手を離せ」





 不意に割り込んできた鬼道の声に、不動とは同時に鬼道を顧みた。
後を追いかけていたのか、やや息を切らした鬼道と佐久間が仁王立ちしている。
不動は小さく舌打ちすると、名残惜しげにから手を離した。





「不動、誰と会った?」
「はあ? 何のことだ?」
「さっき会ったのは誰かと訊いている!」
「おいおい、何興奮してんだよ。らしくないぜ鬼道クン?」
「俺たちは見た! お前があいつといるところを!」
「・・・ほう?」
「ちょ、ちょっと待ってよ鬼道くん佐久間くん。あっきーおじさんと会ってないよ、おじさんとぶつかったの私だよ」
「これは俺たちの問題だ。さんは黙っててくれないか」
「黙るも何もこれがほんとのことでしょ。あっきーなんでほんとのこと言わないの、ねえ」
「・・・ちゃん、悪いけど先帰ってて」
「あっきー」
「いいから! ・・・言っただろ、迷惑だって」





 ぴしゃりと、反論を許さない強い口調で不動が言い放つ。
まただ。また、何か厄介事が起こる前に情報をシャットダウンされる。
これではあの時と同じだ。
あの時も今日と同じように弾き出されて、そしてあんなことが起こってしまった。
ここは意地でも鬼道たちの会話に喰らいつくべきだと思う。
しかし、不動の発言は想像以上にの心を抉っていた。
信じていたのに、信じていたからこそ拒絶されたことが悲しかった。
どいつもこいつも人を使い捨てのように扱いやがってという怒りも覚えた。
そんなにいらないのならば、お望みどおり消えてやろうじゃないか。





「・・・あっきーの馬鹿、そんなんだからいつまで経ってもみんなと仲良くなれないんだ!」





 好き勝手する馬鹿どもの相手はもううんざりだ。
はくるりと踵を返すと、先程の零したトマトを回収すべく来た道を引き返した。






本当に迷惑なんだよ。あんたがいたら、あんたを巻き込みそうで怖いから






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