61.61話目のプロローグ










 の機嫌が悪い。
今日はまだ何も言ったりしてもいないのに、朝から機嫌が悪い。
そういえば、ここ最近はあまりと話せていない気がする。
昔は毎晩電話で語り合っていたのだから、その頃に比べると噛み合わないコミュニケーションタイムが格段に減った。
もっと近くで見てもらえると思いイナズマジャパンに誘ったが、これはとんだ誤算だった。






「何」
「何かあったのか?」
「別に?」
「何かあったからそんな顔してるんだろう。何もなくて人は不機嫌な顔はしない」
「・・・わかるんだ?」
「見飽きるくらいにずっと見てきたんだ。何に対して怒っているのかは置いても、機嫌が悪いことくらいは見ればわかる」
「・・・変なの、なんだか」





 はグラウンド脇の草むらに座り込むと膝を抱えた。
隣に腰を下ろすと、ぞんざいな手つきでタオルとドリンクを渡される。
あれだけマネージャー業はやらないと言い張っていたのに、なんだかんだで秋たちの手伝いをしているようだ。
春奈が立向居の特訓にかかりきりで手が足りていないことからの応急措置かもしれなかったが、形や事情がどうであれ目に見えるサポートをしてくれることが豪炎寺は嬉しかった。
できればもう少し優しくしてほしいが、それは言わない方が良さそうだ。





「鬼道くんやあっきーがちょっと変」
「・・・練習にも集中していなかったしな」
「でしょ? アルゼンチン戦近いからいつも以上に気合い入れてすごく細かい練習指示してるはずなのに、今日は空回りしてた」
「心当たりはないのか?」
「あるんだろうけど・・・。・・・よくわかんない、ごちゃごちゃする」
「わからないことを悩みすぎるのは良くない。あまり気にしない方がいい」
「でもほっとけなくない? どう見たって鬼道くんたち変なのに」
「だからだ。当事者の鬼道たちもおかしくなっていることがにわかるわけがないだろう。そうでなくても、ただでさえは難しく考えるのは苦手なんだ」
「なぁんかその言い方酷くない?」





 胡乱げな表情を浮かべ尋ねてくるに、事実を言ったまでだと嘯く。
の眉がむうとしかめられるが、ややあってはあと気の抜けたため息を吐く。
そんなもんなのかなあと呟くと、は豪炎寺の手からサッカーボールを奪い取った。
相変わらず憎まれ口しか叩かないが、ずばり的確に悩みを指摘してくれた気がする。
伊達に10年近く幼なじみをやっていたわけではないということか。
幼なじみ第2号ではなく、そろそろこっちを正幼なじみに認定してやるべきなのかもしれない。
付き合いの長さで言えば、豪炎寺の方が5倍ほど長いわけだし。





、俺たちの特訓も見てくれないか?」
「何かやってんの?」
「虎丸とヒロトと3人でシュート技を練習してるんだ。鉄壁の守りを破れるような強力なシュートだ」
「へえ、それは楽しみなことで。でも私が見てもどうにもならないって知ってるでしょ」
「そんなことはない。行こう、ほら」
「しっかたないなー、付き合ってやるか」





 一足先に立ち上がった豪炎寺から差し伸べられた手を握ると、ぐいと力強く立たされる。
のんびりしている時間がもったいないと言わんばかりの速足で虎丸とヒロトの元へ向かう豪炎寺の背中を、は笑いを堪えて見つめた。
いつだって、昔からずっと彼の背中を見て、引っ張られていてばかりだ。
サッカーのことになるとすぐに走りたがる幼なじみに何のためだか手を引かれ、できもしないサッカーを見せつけられてここまできた。
今も、面子こそ変わったがやっていることはほとんど変わらない。
ボールを追いかけ蹴り飛ばし、ゴールにより強力に突き刺さるように技の精度を高めていく。
その一連の動作に、果たして自身の存在は必要なのだろうか。
がいないと駄目だとあの時泣き言のように洩らしたが、目の前で必殺技の特訓に励んでいる豪炎寺を見ていたら、その言葉は嘘だったのではないかと思ってしまう。






「見てるだけで完成するもんかねー、必殺技って」
、ちゃんと見てるのか!」
「ああもううるっさい! 人がせっかくセンチメンタルモードに入ってんのに大声上げないで!」
「何がセンチメンタルだ、そういうのは俺との用が終わってからにしろ!」
「ご、豪炎寺くんそれは横暴だよ、さん切れるよ」
「そこの基山くん! 私の悪口こそこそ言い合わない! もう、そんなんだから真っ直ぐボール飛ばないんでしょ! ほら見てなぁにこの焼け跡。ミミズの行進、ええ!?」
「なんだ、見てるじゃないか」





 平然とした顔での罵声に頷く豪炎寺を、陰口の濡れ衣を着せられたヒロトはぎょっとして見つめた。
これが幼なじみの操縦方法なのか。
こうやって、俺の玲名とタイマン張れるくらいに凶悪なさんをコントロールしているのか。
すごいよ豪炎寺くん、師匠と呼びたい。
できれば今度は、もう少し穏便かつ愛情溢れるコミュニケーションの取り方をご教授いただきたい。
センチメンタルモードをあっさりと捨て去りぷくぷくと手厳しい注文を飛ばし始めたとそれに素直に耳を傾ける豪炎寺を、ヒロトは心の底から羨ましいと思った。







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