影山という人物の名前は何度も耳にしたことがある。
その男が影山という正式名称を持っていたことはつい最近知った新事実だったが、長髪ロリコングラサン男のド変態という蔑称ではしっかりと定着していた。
帝国学園で悪事の限りを働き鬼道を人形呼ばわりした奴が、今度はイタリアにいるらしい。
あくまでも鬼道の憶測に過ぎなかったが、影山をもっともよく知る鬼道の言葉なので信憑性は高い。
影山、いや、ミスターKはフィディオたちをどうするつもりなのだろうか。
鬼道たちは教えてくれなかった疑念をいともあっさりと話してくれたフィディオに相槌を打ちながら、は考えていた。





「むーん・・・」
ちゃん、危ないっ」
「へ? うわっ」





 歩いていると不意に体ががくりと崩れ、は意識を現実へと引き戻した。
腕をつかみ抱きかかえてくれたフィディオに礼を言うべく顔を向けるが、つかまれた腕が痛くて上手く笑えない。
ぎこちないあまり可愛くない笑顔になったことに悔しく思いながらも顔を上げると、フィディオがの腕を離しそっと撫でてくる。
痛みが少しだけ薄れ、ぎこちなさも解消され顔面筋肉にも柔かさが戻ってきた。





ちゃん、痛いの?」
「本音言うと痛い。ほら、私って超華奢でか弱い乙女だから」
「俺を庇ったからだよね? あの時に腕捻っちゃったんだろう? ・・・ごめん」
「湿布貼っとけば治るから平気平気。昔鬼道くんにボールぶつけられたことあったんだけど、その時は痣とかできてたからそれに比べたら何てことないよ」
「・・・君は鬼道に虐げられているのかい?」
「まさか。鬼道くんはいつだって優しいマジの紳士。鬼道くんいなかったら私とっくに死んでるんだし、鬼道くん私の命の恩人なんだ」





 思えば自分は優しい鬼道を怒らせ、困らせてばかりだ。
オニミチくん事件から鬼道に対する迷惑失礼千万の歴史は始まり、今も次々と歴史を作っているような気分にさえなる。
どう考えても悪いエピソードしかないだろうに、それでも好きだと告白してきた鬼道の気が知れない。
黒い歴史をもなかったことにしてしまえるほどに、セカンドインパクトが素晴らしく魅力的だったとしか思えなかった。





ちゃんは影山を知ってる?」
「ちょっとだけ。私の可愛さに目をつけて拉致監禁したり、私の天使のような可愛らしさに目が眩んで拉致監禁したり、ロリコンの変態不審者だった」
「彼はそんなに酷いことを!? ちゃん大丈夫だった? 怖いことされなかった?」
「うん、平気! 実行犯のアフロの羽は毟ったしあっきーも改心したから、次こそ本体をばちんと叩かなきゃ!」





 気合いを込めぐっと両手に拳を作ると、またもやぴりりと腕に痛みが走りは眉をしかめた。
気をつけようと思っていても、ついつい無茶をしてしまう。
頭が悪いとか学習能力がないとかいったマイナスな理由ではなく、頑張り屋さんだからやってしまうポジティブミステイクだ。
フィディオはの手に作られた拳をゆっくりと解すと、じっとこちらを見つめてきた。
イケメンに突然見つめられることほどドキドキするものはない。
見慣れぬイケメン、しかも訳あり(仮)とくれば尚更意識してしまう。
はフィディオの青い瞳にくらりとときめきを覚えた。






「なぁにフィーくん」
ちゃんの幼なじみって・・・どんな人?」
「イケメンだけど甲斐性なしの口下手サッカーバカ。必殺技がいちいち暑苦しくて夏はやってらんない」
「でも、ちゃんがここまでついて来るくらいだからちゃんはそういう彼のことも好きなんだよ。・・・俺にもいるんだ、幼なじみ」
「へえ! どんな子、女の子?」
「すっごく可愛い女の子だよ・・・って言いたいけど、最後に会ったのは5歳なんだ。本当にお姫様みたいに可愛くて俺、彼女のためにサッカーやってるようなところもあってさ」
「そんなに可愛いのかあ、私のライバルじゃんその子」
ちゃん」
「うん?」
ちゃんって言ったんだ、その幼なじみ。可愛い日本人の女の子で家は隣、いつも一緒に遊んでた。
 でも、ちゃんのお父さんのお友だちに不幸があってその引き継ぎみたいなので日本に引っ越しちゃった」
「・・・・・・」
「初めて君を見てちゃんって言うんだって知った時、俺の幼なじみのちゃんだと思った。
 だってちゃん、君の方だけど、君はすごく可愛くて魅力的で、なによりも俺の記憶の中のちゃんと色や雰囲気が似てたから」





 でも、と続けかけフィディオは言葉を切った。
の背後に回ったフィディオがの首筋へ手を伸ばし、服の中に仕舞われているネックレスを取り外し自身の手の上に乗せる。
何かを確かめるようにじっくりとペンダントトップを眺め、ややあって小さく息を吐き再びにつけてやる。
彫像のように固まってフィディオの一連の動作を見守っていたは、フィディオが突き出した手の中にある彼のネックレスを視界に入れ、
知らず知らずのうちにポケットの中の携帯電話を握り締めた。
似ている。色違いにしか見えない。
遠い昔、5歳での別れの時にもらった赤いキーホルダーとお揃いの青バージョンとしか思えない。
フィディオは寂しげに笑うと口を開いた。





「次いつ会えるかわかんなかったから、これと色違いのキーホルダーをちゃんにあげたんだ。
 俺は青でちゃんは赤、裏にお互いのイニシャル彫ってもらって世界で1つだけのペアキーホルダーにして。
 ・・・でも君が持ってたのはこれじゃなくて、君の幼なじみから贈られたものだった」
「フィーくん、あの」
「そのフィーくんって呼び方もちゃんと一緒。でも違うんだ、君は俺が捜してるちゃんじゃない。そして俺は、今でもちゃんが好きなはずなのに君に惹かれてる」
「フィーくん、私もちょっと言いたいことが」
ちゃんのこと本当に今でも好きで、こっちに帰って来てるから今すぐにでも会いたいんだ。会ってずっと抑えてた想いを伝えたい。
 でも君を見ていると、話しているとどうしようもなく君に惹かれる。心奪われる。ちゃんが好きだから」






 何をどう答えればいいのかわからない。
フィディオが恋焦がれている幼なじみがもしかしたら自分かもしれないという予感だけがある。
こうまで想われ、愛され続けている『ちゃん』が羨ましくてたまらない。
はフィディオのネックレスを手に取った。
今すぐポケットの中のストラップを見比べたい。
ひょっとしたら私がちゃんだよ超ビンゴだと言いたい。
しかし自信がなかった。
フィディオはいついかなる時でも名前や面影を覚えていたというのに、何ひとつとして覚えていないとカミングアウトすることも怖かった。
本当に目の前の少年が元祖幼なじみだったかどうかすら確証が持てなかった。
やはり記憶力もあまり良くはないのか。
無性には悲しくなってきた。
フィディオの想いへの応え方が見つからないのだ。






「フィーくん、私フィーくんに訊きたいことあるんだけど」
「あっ、俺ばっかり喋ってごめんね! 何だいちゃん」
「・・・女の子の涙ってどう思う?」
「宝石だよ」




 ああ、やっぱりこの人はあの人なのかもしれない。
意を決して携帯電話を取り出そうとしたの耳に、つい先程も聞こえた木材が崩れる音が飛び込んでくる。
また何かあったのか。
フィディオと顔を見合わせ、急いで音の発生源へと向かう。
木材の中で立ち竦む鬼道を発見して、は小さく声を上げた。
フィディオのこともネックレスのことも忘れ、は鬼道に駆け寄った。




「鬼道くん鬼道くん大丈夫、怪我とか痛いとことか悪いとことかなぁい!?」
「落ち着いてくれ、
「誰、誰にやられたの? 今ここにアイアンロッドないけどすぐにぶちのめすから犯人言って?」
「大丈夫だ。俺は影山に今の力を試されただけなんだ。だから危ないことはやめてくれ」
「やめられるわけないじゃん! だって鬼道くん、ほんとあのグラサン親父ロリコンだけじゃなくてショタコン!?
 鬼道くんよりも私の方が可愛くて襲いがいあるのにあの親父ほんとあったまおかしい、マジキチガイなんじゃない?」





 監督の方がまだロリコン一辺倒で分別ある変態じゃんと憤慨するを、鬼道は根気良く宥めた。
これではどちらが襲われたのかわかったものではない。
むうと眉根を寄せご機嫌斜めにはなったがとりあえずは落ち着いたを円堂に預けると、鬼道はに同道していたフィディオへ顔を向けた。





「フィディオ、さっきの話だがやはりお前たちのチームに俺たちを入れてくれ」
「さっきの話?」
が俺たちから気を逸らしている間に、イタリア代表決定戦の足りないメンバーに俺たちが入るという話をしていたんだ。影山のこともあって一度は断ったんだが・・・」
「ミスターKさんがロリコン変態親父だったから?」
「影山だ、間違いない。・・・この話はにはあまり聞かせたくなかったがな」
「・・・まさかあっきー、だから?」
「それはどうだろうな。、不動を信じすぎるのはやめた方がいい」
「そうなのあっきー。あっきー私騙してどうするの?」
「どうしてほしい? 駆け落ちでもするか?」
「やめろ不動! を巻き込むことは許さない」
「はっ、せいぜい王子様気取りしてることだな」





 鬼道と不動の視線が空中で火花を散らし、は思わず円堂の背中をちょんちょんと叩いた。
何だよ今はまずいってと難色を示す円堂にいいからとっとと仲裁しろと厳命を下すと、円堂が渋々2人の間に割って入る。
誰のために言い争っているのかはわかっているのだろうか。
何のためだかがいつまで経ってもずっとイタリアエリアにいるからこうなっているのだ。
本当に鈍感だ、今度はフィディオにまで迷惑をかけているのではないかと不安でたまらない。
そもそもいつの間にフィディオとは親密になったのだ。
何かが起こりそうでとても怖い。





「鬼道、お前がを巻き込みたくない気持ちはよくわかる。それは俺も同じだ、俺もがいればもっと厄介になりそうと思っててさ・・・」
「円堂くん? 円堂くん実は私のこと嫌いでしょ」
「嫌いじゃないぜ! 俺はのばすばす物言うとことか結構好きだぜ! 特に、うじうじしてる豪炎寺に何か言う時とかスッゲーマジでスカッとする!」
「なるほど、つまり円堂くんは弱っちぃ修也は面倒だと」
「あんなめんどくさい豪炎寺どうかできるのくらいだって」






 だからは豪炎寺がまた落ち込まないように背中叩いてやれよ。
そこまで言われたら全力で叩いてやるしかないか。
妙な説得に妙な納得をしたをイタリアエリアから追い出すと、円堂はふうと息を吐きフィディオたちの会話へと戻っていった。






どいつもこいつも王子様に立候補しやがって






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