63.ヤマネコのなく頃に










 夜遅くまで1人で出かけて何してるのと叱られるのは生まれて初めてだ。
日本にいる頃は遅くなる時は豪炎寺が盾と矛代わりのSPを買って出ていたから、単独でのナイトウォーキングは初体験だ。
ちなみに、豪炎寺が消息を断っている間は遅くなることもなく夕方帰宅をしていた。
あれに付き合うと意外に遅くなるから困る。
遅くまで何をしていたのかといえば何も思い出せないのだから、かなりの時間を無駄にしたに違いない。
は若気の至りで失ってしまった貴重な時間を思い、悔しくなった。




「遅くなるなら一言言ってくれないと、世の中ストーカーとか不審者とか誘拐犯とかたくさんいるんだよ」
「その全部に会ったことあって、今もストーカーが私の隣にいる時はどうすればいいですか秋ちゃん」
「えっ、どこにいるのちゃん。まさかお父さんがまたちゃんの部屋に忍び込んだの!?」
「ライオコットも110番でいいのかな秋ちゃん。あと119番して今すぐ冬花ちゃんを病院送りにしたい」
「えっと・・・・・・、冬花さん、ちゃんも疲れてるだろうし今日は寝かせてあげましょう?」




 秋の言うことならば素直に受け入れる冬花から解放されると、はふわあと欠伸をし体を伸ばした。
今日はなんだかとても疲れた。
アルマーニのセレブリティ男に漂白剤を進呈するはずが木材を落とされ、危うく大怪我を負うところだった。
鬼道には心の底から心配されるしアルマーニがグラサンロリコン親父と名高い影山で、更にはフィディオが元祖幼なじみ(仮)かもしれないという奇跡も起こった。
影山のことよりも、はフィディオと彼のネックレスのことが忘れられなかった。
かつての自分は何と呼んでいたのだろうか。
フィーくんだっただろうか。
何もかも思い出せず、にもかかわらずストラップとなったキーホルダーだけは持ち続けていたことが腹立たしくてたまらない。
中途半端な記憶力にほとほと嫌気が差す。





「あっ、さぁん!」
「宇都宮くん・・・と、おまけの修也。私のお出迎えするには遅すぎ」
「遅く帰ってくる方が悪い」
「円堂くんたちみたいに外泊するよりはましでしょ」
「今日は円堂も鬼道も帰らないのか?」
「そ。佐久間くんとあっきーもお泊まり」
「そんなことよりも聞いて下さいさん! 遂にできたんですよ、あれ!」





 小学生でまだまだ甘えたい盛りの人恋しい年頃なのだろう。
ぴったりとくっついてくる虎丸の自身よりも少し低い位置にある頭を撫でてやると、あれってなぁにと尋ね返す。
あれと言われても、四六時中虎丸と一緒にいる訳がないのでわからない。
伝える気があるのかないのかはっきりしてほしい。
は眠気と疲れと痛みでやや機嫌が悪くなっていた。
虎丸ではなく豪炎寺が話しかけていたら、うるさいと一喝していたかもしれない。
虎丸はを見上げると、きらきらとした大きな瞳を更に輝かせ口を開いた。




「この間豪炎寺さんとヒロトさんとやっていた必殺技ですよ! 今日もずっと練習してたんです、そしたら!」
「課題だった一斉にボールを蹴るタイミングは、合図を入れることで克服した」
「ふーん良かったじゃんおめでと2人とも。後は明後日のアルゼンチン戦で実物見せてもらうだけかー」
「あんまり強力だから、さんびっくりして俺のこと好きになっちゃうかもしれませんよ!」
「それはない」





 えー、なんで決めつけるんですかぁ俺本気出しちゃいますようとぐずり始めた虎丸を引き剥がすと、は自室へと戻るべく階段を上がった。
大丈夫かと後ろを歩く豪炎寺に声をかけられ、階段を上がりきったところで振り返る。
大丈夫じゃないかもと正直に答えると、豪炎寺の眉間に皺が寄る。
何があったんだ、厄介事には首を突っ込むなと矢継ぎ早に質問と忠告をする豪炎寺にうるさいと言い放つと、は部屋のドアノブに手をかけた。
大丈夫ではないのは事実だが、それを豪炎寺に話したからといって事態が好転するわけではない。
むしろ、お世辞にも強心臓とは言えない彼に何かを話すことは未だに気が進まない。
必殺技もようやく完成し心身共に充実している今の彼に、余計な心配はさせたくなかった。





が俺に何も言わないことはわかっている、俺が不甲斐ないからな。だが、俺じゃなくてもいい、風丸や木野にでもいいから困ったことや悩んでいることがあれば相談してくれ」
「・・・いや、そうだ修也ならひょっとしたらひょっとするかも」
?」




 はドアノブから手を離すと、怪訝な表情を浮かべている豪炎寺を見上げた。
そうだ、今も変わらず10年近く前の台詞を言える幼なじみなら覚えているかもしれない。
嫌いだ大嫌いだと事あるごとに拒絶してきた相手の愛称を知らないわけではないだろう。
これを訊けばきっと、いや必ずこの男はまた嫌な顔をする。
嫌な顔も嫌味も皮肉も覚悟の上だ。
はそれほど、フィディオのことが知りたかった。




「・・・変なこと、私にとっては超大事なこと訊いていい?」
「何だ」
「昔、ずっと昔、修也に会ったばっかりの頃に私がいっぱい呼んでたあの人の名前、覚えてたりする?」
「・・・それを俺に訊くのか? 本人が忘れていることを俺が覚えていると?」
「だって修也、今も昔と同じこと言えるじゃん。ねぇどう、覚えてるの覚えてないの?」
「覚えているとして、俺が素直に言うと思うか? 俺がそいつのことを嫌っているのはも知ってるだろう」
「御託はいいから覚えてるかどうかだけ言って」





 豪炎寺はいつになく真剣な顔で尋ねてくるを見下ろし、小さく息を吐いた。
なぜ今になってそんなことに固執するのだろうか。
今の今まで昔の友人のことなどほとんど口にしなかったというのに、今日のはどこかおかしい。
以前は覚えていないことに開き直ってすらいた。
覚えていないけどそれが何と、堂々と忘却の事実を受け入れていた。
センチメンタルモードにも程がある。
豪炎寺は、不意に湧き起こった不穏な考えをふと口にした。




「ストラップだかキーホルダーだかがお揃いの奴と会ったのか?」
「あー・・・」
「誰だ、どこで会った。・・・いや、そいつはのそれなのか?」
「わかんないけど、すごくイケメンでときめいた」
「イケメンにときめくのはいつものことだろう。たまたま同じキーホルダーを持っていただけに決まってる」
「修也夢がない! 夢持って追っかけられるのは若い頃だけだよってパパいつも言ってる!」
「夢に赤の他人を巻き込むなと父さんは言ってる!」
「嘘だぁ! おじさん修也のライフプランに私組み込もうとしてた!」
「それは当たり前だろう、父さんはを他人とは思ってないからな」





 どいつもこいつもわからず屋のキチガイばかりだ。
自分の考えばかり押しつけて言葉を濁して、結局はこちらが知りたいことは何も教えてくれない。
知らないから言わないとぶっきらぼうな口調で言い切った豪炎寺にはもう用はない。
は豪炎寺にくるりと背を向けると、わざと大きな音を立て部屋のドアを閉めた。







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