前半に何が起こったのかはわからない。
タクシー内でのラジオ中継ですべてを悟れるほど想像力は豊かではないし、サッカーにも詳しくない。
しかし、とんでもなく苦戦していることはわかった。
薄々感付いてはいたが、円堂や鬼道たちはやはりいない。
当たり前だ、彼らは今もまだフィディオたちと戦っているから豪炎寺たちと合流しているはずがない。
鬼道や不動がいないということは、作戦にも限界がある。
グラウンドに来るまでにちらりと見たモニターに映っていたジ・エンパイアの必殺タクティクスを突破するには、鬼道と不動が考えたあれを使えばいいのだと思う。
しかしそれをするには相手の動きを的確に読みきる司令塔が少なくとも2人は必要で、残念だが今のチームに台風の中心となりうる選手はいない。
だとしたら、やるべき手段は強引ではあるが1つしかないではないか。
は冬花の隣に立つと豪炎寺へ視線を向けた。





「修也、あれはほんとに完成してんの?」
「ああ。・・・打たせてくれ、俺たちに」
「打つのは修也たちで、私は見てるだけ。修也と宇都宮くんと基山くんはゴール前に待機してて」
「じゃあ、誰が俺たちにまでボールを運ぶんだい?」
「いつだったか監督言ってたでしょ、DFは守るだけじゃ駄目だって。どう壁山くんたち、やってみる?」





 に尋ねられた壁山や栗松、小暮たち1年生が顔を見合わせ頷き合う。
やるっスやりたいでヤンスやらないとねと三者三様の返事を聞いたが、満足げに頬を緩める。
先程まで戦意喪失したとは思えないいい返事だ。
やはり男というのは短絡的で即物的な生き物だ。
ちょっと可愛い女の子に発破をかけられればすぐにやる気になるのだからちょろいものだ。
冬花が顔だけは良くて良かった。
は出会って初めて冬花に感謝した。





「ゴールは立向居くんいるからカウンター決められても大丈夫だけど、ボールを戻すことは考えないで。足踏みしたらアリの巣に嵌まるばっかりってことはわかってるでしょ」
「ああ。いくぞ、反撃の始まりだ」





 今日だけは、このチームの監督は久遠道也ではなくだ。
気迫充分、いつになく真剣な表情を浮かべグラウンドとテレスたちジ・エンパイアを見据えているを見ていると、不安や絶望といった負の感情が嘘のようになくなっていく。
これから2点を返し、更に逆転することも不可能ではない気がしてくる。
豪炎寺は前線へ戻ると、必ずやって来るであろうパスを信じ前を向いた。



























 今日のカメラマンは、スポーツ担当からアイドル担当に異動しても充分にやっていける逸材だと思う。
鬼道は、画面いっぱいに映し出された愛しの彼女の姿に瞬きすることすら忘れ見入っていた。
いつも見慣れているへにゃりとした人懐こい笑顔ではなく、決意を秘めた挑戦者の笑みを浮かべている。
何と頼もしく、そして美しい笑みだろうか。
今のに可愛いという形容詞は似合わない。
戦いに赴くは美しかった。
画面の中、グラウンドのがどんな指示を出しているのかはわからない。
わからないが、たとえどんなものであろうとの采配を信じていた。
身を乗り出してテレビを眺める鬼道の隣で、円堂がぽそりと呟いた。





「俺ら、結局最後は全部に任せるんだな」
「守?」
「風丸もいるし豪炎寺もいるから大丈夫だと思うけど、たぶん今日もは・・・」
「言うな円堂。・・・俺が一番悔しい。フォーメーションを見ただけでわかる、は俺たちがいないことでかなり無理をしている」
ちゃんがやりたかったのはデュアルタイフーン。でもできないからあえてアリ地獄に足突っ込ませたってとこか」





 はおそらく、自らが編み出した作戦の功罪をもすべて覚悟した上で指示を出したのだろう。
来るのが遅かったと自らを責め、どうせ責めを負うならばせめて少しは収穫も得るべきだと考えこの道を選んだのだろう。
しかし、誰もの真意に気付くことはない。
チームが自分を信じてくれているとわかっているから、本音を隠して戦っている。
そう、はこの戦いの行く末を誰よりも冷静に見通している―――。
鬼道は誰も知ることがない悲壮感を胸に戦うに思いを馳せ、次戦へ繋がる戦いを繰り広げるチームメイトへ声援を送った。
































 破られたことがない自信の必殺技が突破された時、チームには動揺が走る。
鉄壁の守りを敷いていようが化け物アリを飼っていようが、先程までいたぶり続けていた格下相手に崩された時はチームの呼吸が乱れる。
待っていたのはそれだった。
走らされ続け、考えなしに挑み続け体力を消耗し体格でも劣るイナズマジャパンがジ・エンパイアに一矢報いるにはありとあらゆる手段を講じる必要がある。
は即席メガホンを通し絶叫しながら、必死にボールを豪炎寺たちへ繋ごうとしている1年生DFたちを見守っていた。





「アンデスのアリ地獄がホントに突破できるなんて・・・。さんやっぱりすごいです」
「すごいのは小暮くんたち。さすがにご自慢のアリ地獄が2回も潰されたらあっちの動きも粗さ出てきたでしょ」
「確かに、ちょっと荒っぽくなりましたよね」
「ラフプレーには負けちゃう小暮くんは、一番最初にアリ地獄行ってすばしっこさであちらさんをびっくりさせる役。
 壁山くんはちょっと乱暴になったチャージにも勝てるがっしり体格だから2番目。栗松くんは、いざとなったらまぼろしドリブルあるから3番目」
「みんなの特徴をちゃんと把握して指示出していたのか。ありがとう、俺たちに力を貸してくれて」
「私にできることなんかちょーっとだけ。アリ地獄潰せたのは壁山くんたちがいっぱい練習してたからだよ」
「それでもがいるのといないとじゃ違った。がいるだけで安心するんだ」
「私の石像作ってもいいよ! 見た目どおりの可愛い服着たヴィーナス像にしてね」
は正真正銘俺たちの守り神だな」




 
 風丸の最大限の賛辞に頬を緩めながらも、は注意深く試合の成り行きを見守っていた。
今の自分にできるのはこれが精一杯で、今のイナズマジャパンにできる精一杯もここだった。
誰かがいなかったからできなかったというのは、ただの言い訳でしかない。
誰かが欠けていてもそれをフォローしうる体制を整えるのが指導者のあるべき姿だ。
ご意見番だのコーチだのと持てはやされていても、所詮はこの程度なのだ。
自らもフィールドで戦いながら臨機応変に状況にあったゲームメークをしていく鬼道とは格が違う。
限られた時間いっぱいを使ってなんとか1点を取ろうとする展望しか描けず、なおかつその道を示してしまった駄目なコーチを許してほしい。
じっくりとあり地獄を突破するから1点しか奪えないのだ。
次々とジ・エンパイアの強固なディフェンス陣を突破する選手たちに釘付けで時計の存在を忘れてしまった秋たちとは違い、は遅参者ゆえか誰よりも的確に時間を把握していた。





「豪炎寺くん、虎丸くん、新必殺技だ!」





 体勢を崩されながらも諦めず必死にボールに食らいついた栗松からのパスを受けた豪炎寺が、必殺タクティクスを一度ならず三度までも攻略され動揺を隠せないテレスを睨みつける。
さっきはよくも小学生以下のシュートと馬鹿にしてくれた。
俺の小学生時代を知りもしないくせに好き勝手に言うんじゃない。
俺のサッカーの歴史を語っていいのはこの世界でただ1人、ずっと隣で見てくれていただけだ。
ヒロトの合図を受け、特訓に特訓を重ねた必殺の炎をボールに纏わせる。
小暮が、壁山が、栗松が、そしてが繋げてくれたボールは無駄にはしない。
これは3人の必殺技ではない。
チーム全員で1点を掴み取るシュートだ。





「「「グランドファイア!」」」





 3人の叫び声と同時に放たれた業火の球が世界一の鉄壁を打ち砕きゴールへ突き刺さる。
本当に決まった、これで本当に必殺技をものにした。
無失点記録に終止符を打ってやった。
次々と駆け寄ってくるチームメイトたちに揉みくちゃにされながらも、大好きな人の喜ぶ顔がいち早く見たくて顔をベンチへと向ける。
なぜだろう、点を入れて喜んでいるはずのの表情が冴えない。
むしろ、辛そうに俯いているようにも見える。
どうして喜んでくれないんだ。
が望み示したゲームメークで反撃に成功したというのに、どうして辛そうな顔をしているのだ。
頭で答えを弾き出すよりも早く、フィールドに試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。






ヤマネコで泣いちゃうほど、素直じゃない






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