64.うーさぎうさぎ、誰見て笑う










 時間は残酷だ。
ようやく1点を奪い返しアンデスのアリ地獄を攻略して今から反撃というところだったのに、こちらの思惑などまるで無視して試合の終了を告げる。
今から、本当にこれからだったのにあまりにもむごい。
呆然とフィールドに立ち尽くす仲間たちと、ベンチで同じように座り込んでいるマネージャーたちを見つめる。
試合が終わったことと負けたことに対する衝撃で動けない風丸や秋たちと違い、は黙って俯いたままだった。
だけ、妙に静かで落ち着いている。
いつも何かと存在感を刻み付けてくるが、今は空気のような大人しさで佇んでいる。
違和感しか感じないが、具体的に何がどうおかしいのかまではわからない。
敗北と疲労で重い体を引きずりベンチへ引き上げてきた豪炎寺は、身を屈めるとの顔を覗き込んだ。
と名を呼ぶと、一度肩をぶるりと震わせのろのろと顔を上げる。
そしてこちらを見つめ返すと、寂しそうにはにかんだ。




「せっかく新しい必殺技完成したのにね」
「・・・負ける日もある。でも・・・、円堂たちには悪いことをした・・・」
「修也たちは悪くないでしょ。全力出して負けたんなら仕方ないって割り切らなきゃ」
「割り切る、か・・・」
「そ。修也だけじゃなくてみんなも試合お疲れ様! すっごく難しい戦いだったけど、負けてみて初めて知った自分の弱点もわかったんじゃない? それ克服したらもっと強くなれるよ!」





 本当はこんなことを人に言えるような大層な人間ではない。
本当は豪炎寺たちと同じように落ち込んでいて、上手く勝利へ導けなかった己が限界に歯がゆさを感じている。
いや、あの時は勝利へ導くつもりもなかったかもしれない。
そう考え、は今更ながらに背筋が寒くなった。
これでは試合を投げたのと同じだ。
勝つべくして負けたのではなく、負けるべくして負けさせた。
はともすれば溢れそうになる何かを懸命にこらえると、沈んだ表情を未だに浮かべている豪炎寺の背中をぽんと叩いた。


































 イタリアエリアへ出張に出ていた円堂たちが2日ぶりに見たイナズマジャパンイレブンは、初めての敗北に打ちひしがれ意気消沈しきっていた。
ベストメンバーではなかったにせよ、負けてしまったという重い現実を深刻に受け止めすぎ異様に落ち込んでいる。
謝らなければならないのは試合に出場できなかったこちらだというのに、豪炎寺たちは何を謝っているのだろう。
負ければ終わりのトーナメントではなく総当たりのリーグ戦なのだから、残り全勝すればいいだけなのだ。
そう励まし奮起を促した円堂は、ようやく笑顔を見せ始めた豪炎寺たちを見つめほっと胸を撫で下ろした。
きっと彼らは、試合中も一度は絶望してこのように落ち込んでいたのだろう。
どんなカメラワークか冬花とが映し出されて以降は見違えるように生き生きとしたプレイを見せるようになったが、今回の一戦で彼らは精神的にも強くなったに違いない。
これからも定期的に冬花に叱ってもらうべきかもしれない。




「俺、チームメイトがあんなにスッゲー戦いしてたの見てお前らを誇りに思った! それで、お前らのキャプテンできて幸せだと思った!」
「円堂・・・・・・。やっぱりキャプテンはお前じゃないと似合わないよ、これ返す」
「風丸もヒロトもみんなをまとめてくれたんだろ? ありがとな、風丸足は平気か?」
「ああ、が湿布貼ってくれたしもう大丈夫だ」
「そのはどこにいるんだ。俺はに訊きたいことがある」





 円堂が話している間もあちらこちらを見回していた鬼道が、腕を組んだまま静かに声を上げる。
なるほど確かに言われてみれば、の姿がどこにもない。
途中参加ではあったが、優れた戦術指南した影の功労者がいない。
一緒に戻ってきたはずなのにどこへ行ったのだろう。
鬼道はざわめく円堂たちから背を向けると宿福の外へ出た。
訊きたいことというよりも、確かめたいことがいくつかあった。
前半と後半の途中までどこにいたのか。
影山のことをどこまで知ったのか。
そして、あのフォーメーションの真意が知りたかった。
鬼道は鬼道なりにの考えを予測してはいた。
その答え合わせがしたかった。
答えが当たっていたとすれば事はもっと厄介になり、そしてのことがますます心配になる。





「鬼道クン、どこ行くんだよ」
を捜しに行く」
「捜してどうすんだよ。ちゃんを責め「られるわけがないだろう。・・・は聡明だ」
「意外にまともすぎること考えてるから不安なんだろ?」
「ああそうだ、だから早く会いたい。恋敵と話している時間はない」
「・・・・・・」
「知らないとでも思っていたのか? 俺もかなりわかりやすいと言われていたが、お前ほどじゃないと自負している」





 どっちもどっち、同じくらいに俺らはわかりやすくちゃんに惚れてんだよ。
不動は颯爽と夕暮れのライオコットへ消えていった鬼道の背中へぼそりと投げかけた。







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