勝負に負けた者として、一時的にチームを率いた者として敗北の原因を考えることは当たり前だ。
何がいけなかったのかきちんと分析をして、次の戦いに繋げればいい。
ほんの数時間前に打ちひしがれる豪炎寺たちを励ますつもりで言った言葉が、これほど重いものだとは思わなかった。
現実と向き合えば向き合うほど後悔ばかりして、前を向く気分にはなれない。
は宿福の裏の海を臨む場所にあるサッカーグラウンドの真ん中に膝を抱え座り込み、じっと無人のゴールを眺めていた。
グランドファイアは不落の要塞と称される世界屈指の強固なディフェンスをも打ち破れる強力なシュート技だった。
これからの戦いでも大いに活躍する頼もしい必殺技で、それの精度と威力を実践で確かめる場としてはこれ以上ない舞台だった。
円堂不在で急遽出場した立向居の魔王・ザ・ハンドとやらが完成したのも心強いことだった。
技云々よりも、立向居や1年生たちが自分自身に自信を持てるようになったことは他の何にも勝る収穫といえた。
立向居の特訓に付き合っていたおかげで壁山たちはタフになった。
体格差でどうしても当たり負けしがちな海外勢との競り合いにおいて必要なのはタフさだ。
攻守共に優れたジ・エンパイアとの戦いで、イナズマジャパンのディフェンス陣もより強固なものになったはずだ。
負け戦でもそれなりの収穫と成長はあった。
これで終わりというわけではないのだから、成長は素直に喜び次に活かすべきだ。
理屈ではわかっていても、そうすんなりと納得できずにぐずぐずと燻っている己が心には落ち込んでいた。





「最初から見とけば、同じ方法でも2点は取れてたのかなー・・・」





 仮にキックオフの瞬間から見届けていれば、立向居の魔王・ザ・ハンドが完成していなくても失点は1点は抑えられたのではないか。
守るだけのチームじゃないから注意してと一言でも言っておけば、前半の統率力を欠いたちぐはぐサッカーはなかったかもしれない。
たらればの話をしてもどうしようもないとわかっていても、こちらに落ち度があったせいか考えてしまう。
大して痛くもない、湿布さえ貼っておけば治るような捻挫ごときのために3時間も病院で時間を潰し、挙句試合に遅れるなど最悪だ。
ミスターKのこともフィディオのことも鬼道のそっくりさんのこともジ・エンパイア戦のことも、何もかもが中途半端に放り出してしまって結局何ひとつとして完遂していない。
は視線を落とすと顔を膝に埋めた。





「最悪、ほんとばっかみたい・・・」
、ここにいたのか」
「・・・・・・」




 顔を伏せていても、耳は塞いでいないから声は聞こえてくる。
静かな声で名を呼ぶ鬼道には悪いが、今は笑顔で相手ができるだけの余裕はない。
どちらかといえば1人にしてほしい。
作戦に関するお小言は後で全部聞くから、今は好きにさせてほしい。
申し訳ないと思いながらも無視を貫き顔を伏せていると、ふと背中が温かくなる。
温湿布を背中に張った覚えはないのだが、鬼道が気を利かせて貼ってくれたのだろうか。
しかし服を捲られた覚えもなければ肌に触れられた気もしないので、湿布ではないらしい。
もう、別に何だっていいか。
湯たんぽだろうが焼きゴテだろうがどんとこいだ。
突っ伏したままやり過ごそうとしたの耳に、鬼道の声が入ってきた。





「影山・・・、ミスターKだが、奴らとの戦いには勝ったから安心してくれ」
「・・・・・・」
「イナズマジャパンの試合はテレビで観ていた。後半の途中まではいなかったみたいだな」
「・・・ごめん」
「責めているわけじゃない。むしろ責められるのは俺たちの方だ。アンデスのアリ地獄の突破策を授けたのはだろう」
「ごめん」
「どうして謝るんだ。1点取れたんだから謝る必要はどこにもない。・・・それとも、その謝罪は負けることを覚悟してあのフォーメーションを選んだことに対するものか?」
「・・・どっ」





 どうして知ってんのと言いかけ勢い良く顔を上げたは、すぐさま上げたところで見せる顔がないと思い直し再び顔を伏せた。
視界に鬼道はいなかった。
いないが、確かに声は聞こえている。
はもそりと背中を動かした。
自身よりも少しがっしりとした骨格に触れ、それが鬼道のものだと気付く。
今背中合わせに座っている鬼道はどこを見て、どんな顔で話しているのだろう。
気になるが、後ろを振り向く勇気はない。
あんなことを言われた後なので尚更顔を合わせにくい。
柵に囲まれた逃げ場のないサッカーグラウンドの真ん中で、は恐る恐る口を開いた。





「・・・知ってたんだ?」
「冷静な判断だったと思う。残り少ない時間で強引に突破を図り跳ね返されるよりも、着実に攻略し1点を奪う方が堅実的だ」
「ほんとにあれで良かったのかわかんないの。私、知ってた。私が言ったやり方だったら取れても1点止まりだって」
「その道を選んだのはだ。俺がいたら・・・、いや、俺がいたらは別の策を考えていたか」
「こうすれば勝てるっていうのはなんとなくだけどわかってた。
 でもそれをするには鬼道くんやあっきーみたいなゲームメーカーが必要で、2人の代わりをしてくれてた基山くんにはグランドファイアさせたかったから無理だった」
「そこまで判断した上でのあの指示なら悪いところなどないじゃないか。いつでもベストなフォーメーションが築けるわけではないとわかったことが今日のの収穫だ」





 勝つだけがサッカーじゃないと知らなかったのかと問われ、は見えているわけでもないのに首を横に振った。
伊達にサッカーに付き合ってきたわけではないから、負け試合ももちろん見たことはある。
豪炎寺がシュートを打っても負ける試合は何度もあったし、彼のせいで負けたこともあった。
雷門イレブンの初めての帝国戦は事実上大量失点を喫しての大負けで、カビ頭率いるキチガイ集団とのファーストコンタクトでは地獄を見た。
あれらと比べれば今回の戦いはとてもレベルが高く、得るものも多い有益な試合といえた。
わかっている、これもまた1つの貴重な経験だとわかっている。
だが、傍観者だったあれらと今回は立場が違うのだ。
信じてくれていた人々を裏切ったという思いがを追い詰めていた。





「私ってさ、サッカーは好きだけど観るのが好きだったわけ。スタンドでみんなのプレイ観る専門のサッカーファンでね」
「知っている。だからマネージャーの誘いは断り続けていたんだろう? 俺はずっともったいないと思っていたが」
「尽くすよりも尽くされる方が好きだから、秋ちゃんみたいにくるくるみんなの面倒見るのとかほんと無理。修也1人で11人分手間かかったし」
「豪炎寺が甘えすぎてるだけだ。一度崖から突き落としてみたら、意外とあっさり自立しそうだぞ」
「そうかも。・・・なぁんか、鬼道くんに慰めてもらったら涙出そう」
「慰めているつもりはない、俺は当然のことを言ったまでだ。の作戦についていけないようならまだまだだな」





 まさしくそうだ、不甲斐ないぞイナズマジャパン。
何をやっているのがイナズマジャパン。
どうにかこうにかスカウトに成功して一流の戦術家をチームに迎え入れておきながら、彼女の必勝の策をお蔵入りにさせてしまうような技量しかないとはどうなっているのだ。
ゲームメークに見合った動きができないなど、これではの才能を埋もれさせてもったいないにも程がある、
鬼道は自らの後頭部に手を伸ばすと、ゴーグルを取り外しタオルで拭い後ろ手でに差し出した。
ややあってなくなった重みに手を引っ込めると、鬼道はゆっくりと立ち上がった。





「泣きたい時は我慢せずに泣いた方がいい。泣いてすっきりすることもある」
「鬼道くんってばあの人と真逆のこと言う。このゴーグルは?」
が泣き顔を見られたくないから意地を張って、いつまでもここにいると不安だからな。少し目が腫れてもそれで隠せるし、他の奴らにも誤魔化せるだろう」
「鬼道くん優しい、でもってあったまいー! ・・・ありがと、ほんとにありがとう・・・って顔見て言うべきかな、やっぱ」
「このままでいい。実は俺も、ゴーグルを外した顔をに見られるのは恥ずかしい」
「へえ。じゃあお揃いだ、私たち」
「ああお揃いだ。が泣いたら目の色もお揃いだ」
「へへっ、いつか見てみたいな、鬼道くんのあかーいお目目」
「いつか、な。そうだ・・・、俺も今、と話していて将来の目標ができた。ありがとう、俺に目標をくれて」
「どういたしまして」





 一度もと目どころか顔を合わせることもなく、来た時と同じように1人でグラウンドを去る。
ゴーグルはスペアもたくさんあるから1つくらいなくなってもまったく支障はない。
これでが心置きなく感情を露わにすることができると思えば特注品も安いものだ。
大人になったら、の才能を最大限まで活かすことができると共に戦うサッカー選手になろう。
に妥協をさせない選手になろう。
鬼道が壮大な夢を抱き宿福へ戻った一時間後、ジャージーの上着をマント代わりに首で結びゴーグルを装着したが、選手たちの視線を一身に浴びていた。






そろそろ春奈ちゃんから独り立ちした方が良いかなと思って






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