65.ターニングポイントにつき速度落とせ










 ハグは、風丸以外からは基本的には受け付けていない。
こちらも風丸以外にハグはせがまないし、一応基準は設けている。
虎丸のように親のぬくもりが恋しい子どもには聖母そのものの寛大さで接することができるが、年下でもなんでもないただの同級生にハグされても嬉しい気分になるのは風丸くらいだ。
風丸のハグが最高にして唯一の許容のハグなのだ。
そうだというのにこの道産子は、いったいどこから湧いて出た。
は人を抱き枕と思い違いしているのか、ぎゅぎゅうと身体を締めつけてくる吹雪から逃れるべく悲鳴を上げた。
あーっ、吹雪くんずるい私もちゃん欲しいと頓珍漢な非難の声を浴びせる冬花は味方ではない。
彼女はどちらかといえば吹雪寄りで、冬花の救いの手はただの触手だ。
やはりここは風丸に助けてもらい、そしてお口直しならぬハグ直しに風丸にぎゅっとしてもらうに限る。
は風丸に向かって懸命に手を伸ばした。




「酷いよさん、僕とさんの仲なのに」
「どんな仲でもない! 何なのその思わせぶりな言い方、吹雪くん泣き虫だけじゃなくて嘘つきさんとか駄目でしょ!」
「世の中嘘も適度についていかないと生きてけないんだよお」
「こら吹雪、変なことをに吹き込むな。大丈夫か、おいで」
「はぁん、やっぱ風丸くんのハグが一番癒されるうー。吹雪くんとかお呼びじゃないし、しっしっ」
もそこまで言わなくていいだろ? せっかく吹雪が怪我治して合流したんだから」
「む・・・」




 風丸に諭されれば、何か言わなければならない気分になる。
は風丸にしがみついたまま顔だけ吹雪へと向けた。
にっこりと勝ち誇った笑みを浮かべている吹雪のイケメン面が気に食わない。
イケメンで苛々させるのは豪炎寺だけで充分だというのに、吹雪も増えてしまうとはイケメンの無駄遣いだ。
ほらほらと風丸と吹雪双方に促され、は渋々おかえりと吹雪に向かって呟いた。




「いってきますとおかえりは俺の専売特許だっての」
「男の嫉妬は見苦しいぞ、不動」
「はっ、そりゃお決まりフレーズがない鬼道クンは悔しいでしょうよ」
「鬼道くんかっこいいと鬼道くん優しいと鬼道くん頭いいは2日に一度は聞いているが、お前もかっこいいと言われていたとは知らなかった」
「イケメン好きのちゃんの興味引いてるだけでいいんだよ。それに俺は公認だ」
「公認? 何の公認だ」




 家の両親にも保護者代理と認められているし、あのを手懐けた親友とやらからもよろしく頼むと言われた。
をどう頼むのかは指定されていないので、曖昧な部分は自分で勝手に決めていいのだと思う。
そのくらいの自由は許されてしかるべきだ。
なぜなら当方、何やかやと身も心もに振り回され続けており、彼女のことを考えない日は1日とてない。





「吹雪くん、ちゃんと強くなって帰って来たの? 前と変わってなかったら出てった栗松くんに申し訳ないでしょ」
「そのことなんだけど風丸くん、今考えてる必殺技があるんだ。それにはスピードが必要なんだけど」
「ああ、やってみよう。も手伝ってくれるかな?」
「もっちろん見る見る! 風丸くんがいるとこ絶対ついてくって決めてるもん!」
「ははっ、はやっぱり可愛いなあ。よしよし、ぎゅうー」
「じゃあ私もぎゅう返しするー、ぎゅうー」




 あれ、おかしいなあ。
僕も風丸くんと似たタイプのイケメンのはずなのに僕はハグに加われないし、僕の体からは花が出てこない。
風丸くんとさんの体ってどうなってるんだろう。
2人ともどこかから種を放出していて、でもって空気中で急速成長して咲いた花が舞ってるの?
吹雪は完全に置いてけぼりを食らい目の前に現れた楽園を眺め、小首を傾げた。


































 イタリア代表と浅からぬ縁を持ってしまったのはこちらだけではなかったらしい。
は食堂のテーブルに映し出されるイタリア対イギリスの試合を熱心に観戦している鬼道たち帝国3人組を横目で見やり、彼らの並々ならぬ眼力にすぐさま画面へと視線を戻した。
ミスターKと名乗る金髪サングラスが影山だということは、フィディオからも聞き知っている。
無事に代表の座を守ったフィディオたちが試合に出場していることは嬉しい。
ナイツオブクイーンの無敵の槍に苦戦しているのも、出場できているがゆえの出来事だ。
防戦一方で押し込まれている戦いとはいえ、は初めてまともに見るフィディオのプレイに驚きとときめきを隠せないでいた。
さすがは白い流星の異名を持つヨーロッパを代表するストライカーだけはある。
無駄のないプレイができるのは、相手の行動を見切っているからこそ成せる業なのだろう。
無敵の槍の攻略さえすればもっと彼の活躍が見られるというのにもったいない。
遠くない未来に敵として戦うことになる相手を、は心の底から応援していた。






「なぁに鬼道くん」
「フィディオたちがどうすれば勝てるか、奴らの力を踏まえてわかるか?」
「ベンチの人たちがどんな感じなのかはわかんないけど、槍の折り方はわかってるつもり」
「一度は俺たちも攻略したフォーメーションだ、問題が簡単すぎたか?」
「ベースは一緒だけど、オルフェウス風にするなら前線に上がる時はドリブルじゃなくてパスにした方が良さそう。
 高いパスしたり低いパスしたりして揺さぶりかけたらカウンターも大成功ってとこ?」
「影山も俺も同じことを言うだろうな・・・」





 鬼道はそう予言すると、ハーフタイム中に影山からなにやら作戦を指示されているオルフェウスベンチを見つめた。
鬼道は今、どんな思いで見ているのだろう。
にとって影山は悪い思い出しかない不審者第一号に過ぎなかったが、鬼道にとっての影山は良くも悪くも絶大な存在感を誇る人だと思う。
帝国時代に鬼道にとって影山は、親と同じくらいに尊敬に値する人物だったという。
当たり前だ、自らにサッカーを授け楽しみ方、強くなる道を示してくれた人を嫌いになるはずがない。
こちらだって、甲斐性なしのダメンズだと断定しているが豪炎寺にはそれなりに感謝している。
彼と出会わなければ自分のサッカー人生は日本への引っ越しと同時に終わっていて、もちろん風丸や半田とも出会えなかった。
ライオコットにも当然行けず、高確率でかつての幼なじみと思われるフィディオともこのような形で出会えなかった。
影山はきっと、たとえ訣別しても鬼道の傍にまさに影のように潜みつきまとい続けるのだろう。
影山を振り切ることが果たして本当に鬼道のためになるのか、には判断がつかなかった。





「率いて間もないチームをこれほど劇的に変えてしまうとはな・・・。あの人は指導者として衰えていない。むしろ、以前よりも力は強大になっている」
「そんなの当たり前じゃん、だって鬼道くんをみっちり鍛えてくれた人なんだから」
「その言い方はやめてくれないか。俺はあの人と訣別すると決めている」
「決めたって昔は変えらんないんだから、あの人が鬼道くんのサッカーの親ってのはほんとのことでしょ。違う?」
「・・・どうやら本当に立ち直ったみたいだな」
「早く立ち直んないと、立ち直るようにしてくれた人に見せる顔ないじゃん。こないだはありがとう鬼道くん、今日はちゃんと真っ直ぐ鬼道くん見れる」





 初めは1人にしてほしいと思っていた。
鬼道など来なくていい、どうして来たのだと心中で毒づいてすらいた。
しかし、もしもあの時鬼道が来てくれていなかったら今でも落ち込んでいた気がする。
1人でぐずぐずと考えても考え導き出した結論を判断するのは結局自分自身なので、あれも駄目これも駄目と駄目出しばかりして負の堂々巡りばかりしていた。
鬼道が来て、感情論に走らず極めて冷静に分析してくれたおかげで目が覚めた。
奮い立たせるわけでもなく、思うようにすればいいと等身大のありのままの姿でいることを認めてくれたからやっと感情を爆発させることができた。
イナズマジャパンに帯同するにあたっての数少ない条件の1つだった『ありのままの変わらない自分でいさせてくれること』を知ってか知らずか、
ここぞという時に実現させてくれたのが鬼道だった。
鬼道はおそらく、自らの行為がどれほどの価値ある行動だったか気付いていない。
いや、気付かなくていい。
これは自分の中でだけ忘れられないとても大切な思い出にしておけばいいのだ。
は気難しげな表情を浮かべている鬼道に、先日向けられなかった分も込め心からにっこりと笑ってみせた。







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