8.人生山なし谷なし










 は基本的に面倒事は引き受けないタイプである。
人生、苦労ばっかりするよりも適度に楽して生きていきたいというのが彼女のモットーで、現にそれを実践しながら生活している。
サッカー部のマネージャーにならなかったのもそのせいだったし、豪炎寺と学校ではあまり係わらないというのも、女同士の厄介事に巻き込まれないようにするための措置だった。
もっとも、最近はそのスタイルも形骸化してきている。
席が近い以上そうなるのだ。これはもう諦めるしかなかった。
しかし、これは回避できたのではないか。
は、『理事長の言葉として受け取って』とやたらと上から目線で夏未に指示され、渋々サッカー部の練習を眺めていた。
大切な放課後が潰れていく。今日は再放送のドラマを観ようと思っていたのに雷門さんめ。
マネージャーになどなったことがないは、秋たちの仕事を手伝うこともせず、ぼんやりとサッカー部員を眺めていた。




「どうかしら、何か気になることはある?」
「いや全然。あのー、帰っていい?」
「駄目よ。先日の試合のように、今日は雷門イレブンを分析なさい」
「私監督じゃないしそんなの無理無理。監督ならあそこにいるじゃん、冬海先生」
「あらほんと。自分から現れるなんて馬鹿な人ね」




 急に怖い顔つきになり冬海を睨みつけた夏未につられるように、も冬海へと視線を移した。
名ばかりの監督がやって来ただけなのに、何をそこまで睨みつける必要があるのだろうか。
厄介事なら巻き込まれる前にとっとと退散したいところだ。
冬海という教師を、はあまり好きではなかった。
何の必要があるのか、試合の時には名前を尋ねられた。
たまに目が合うと気味の悪い笑みを浮かべすぐに目を逸らされるし、これはもしかして妙な好かれ方をしてしまったのではないだろうか。
いくらなんでもロリコンには好かれたくない。
あまりの可愛さに見惚れるのは仕方がないにしても、冬海のような親父にだけはそう思われたくなかった。
どうせならイケメンに好かれたい。




「雷門さん、私帰っていいかな。私あの先生苦手なんだよね、人の名前訊いてきたりして気持ち悪い」
「駄目よ。さあ、さんも一緒にいらっしゃい」



 有無を言わさぬ口調でそう告げられ、仕方なく夏未の後をついていく。
きつい口調で冬海を問い質している夏未に気付き、円堂たちの視線がこちらへと集まる。
そんなに一斉に見つめられて照れちゃうとか言っている場合ではない。
だいたい何なのだ、どうして物騒な話を部外者に聞かせるのだ。
完全に抜け出すタイミングを失くし、イレブンたちと一緒に車庫まで向かう。
バスを発進させろと言われても一向に動かそうとしない冬海に、夏未が決定的証拠のようなものを突きつける。
何がどうなったのか話についていけずにしばらく考え込み、ようやく冬海がバスに細工を施し円堂たちを亡き者にしようとしていたと知る。
思わず最悪と呟くと、隣にいた豪炎寺も珍しく声を荒げる。
彼が人よりも激昂するのも当たり前だ。妹だけでなく今度は仲間までもとは、怒らない方がおかしい。
サッカー部を追放された冬海が残した言葉に動揺した土門が飛び出したのを見送ると、はくるりとイレブンたちから背を向けた。
やはり厄介事に巻き込まれてしまった。
夏未は初めから巻き込むつもりだったのだろう。
これでまた理事長命令とやらでマネージャーに就任を言い渡されたらどうしよう。
命令されて動くのは好きでない。何かに縛られていないからこそ動け、得られるものがあるのだ。
例えば放課後家でのんびりドラマの再放送を観たり、ゆっくりお風呂に入ったり。




、待て」
「あれ、部活は?」
「今日はそれどころじゃなかっただろう。どうしてあそこにいた」
「雷門さんに強制召喚されてさ。厄介事に首突っ込むつもりなかったんだよ」
「・・・にとっての厄介事はどっちだ?」
「冬海先生の方に決まってんじゃん。土門くんのことなんて、野生中で見た時から帝国の何かだってわかってたし」




 伊達に試合観てるわけじゃないんですと言うと、は河川敷で子どもたちとサッカーに興じる円堂と土門を見下ろした。
いい笑顔だと思う。
やはりサッカーは楽しんでやるべきで、こそこそと細工をしながらプレーするものではない。
隣で並んで見下ろしている幼なじみだって、雷門に転校してきてから初めてサッカーをした帝国戦よりも、今の方がずっと楽しそうに見える。
今日練習を眺めて改めてそう思ったことだった。




「・・・ねぇ修也、私ね、実は」
「おっ、豪炎寺! サッカーしようぜ!」
「ああ! 、何だ?」
「・・・・・・う、ううん、なんでもない。私もサッカー混ぜてもらおっかな!」
「・・・スカートでやるのは目に悪い」
「あっそー! ま、修也は足よりも胸の方が好きだもんね。あ、腰もだっけ?」
「・・・!」



 足も嫌いじゃない・・・ではなくて、どうしてそういう事をさらっとぶちまけるのだこいつは。
豪炎寺は顔をしかめて駆け去るの背中を見つめ、大きくため息をついた。







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