66.乙女の連携必殺技










 負けられない、落とすことのできない対戦相手はとてつもなく強い。
スタジアムで直接観たわけでもなく、テレビ画面に映し出された録画を観ているだけで選手たちの気迫が伝わってくる。
気迫を生み出しているのは見慣れた少年で、彼を支えるべく強力なバックアップ態勢を敷いているのもこれまた見慣れた少年だ。
一之瀬くんと土門くん、青いイナズマジャパンユニフォームよりも白いユニコーンユニフォームの方が似合ってるう。
試合展開でもフォーメーションでもなく、単なる容姿の問題を口にしたを、隣で観戦していた秋が驚いたように見つめる。
ちゃんらしいねと笑顔で返され、もつられてへにゃりと笑みを浮かべた。




「元チームメイトとしては嬉しいような、でも戦う相手としては嬉しくないような、複雑な気持ちですね」
「秋ちゃんは幼なじみに喧嘩吹っかけるんだからほんと複雑だよねー。秋ちゃん喧嘩とかしなさそうだし」
「そんなことないよ、私も一之瀬くんや土門くんの大らかすぎるところ怒ったりするし」
「それは2人が悪いからでしょ。私らなんてさあ、喧嘩しない日なかったもん」
「あれ、過去形?」
「最近は修也にばっかり構ってらんないし、ほったらかしにしてすぐに駄目になるような奴なら修也もそこまでの男ってわかるでしょ」
「全部聞こえているからな、





 テレビに釘付けになったまま、豪炎寺が声を上げる。
席はそれなりに離れているというのによく聞こえたものだ。
の声なら聞こえるというのは嘘でも誇張でもなく、事実だったのか。
そうだとしたらなんと幼なじみへの執着心が強い男だ、気持ち悪い。
尽くされると付きまとわれるは違うのだ。
どうして私の周りは不審者ばっかりなんだろう。
不審者を呼び寄せるフェロモンでも出してるのかな。
あ、そうか、不審者は魅力的な子に付きまとうから私って相当魅力があるってことになるのか。
嬉しいような嬉しくないような、は秋の心情がわかった気がした。




「一之瀬くんすごく頑張ってるけど・・・」
「けど?」
「あんな目してる一之瀬くん、初めて・・・」
「そうなの? 実は私、土門くんはともかく一之瀬くんの試合は2回くらいしか観たことないからさっぱりで」
「一之瀬くん、雷門に来たのちょっと遅かったもんね。気のせいだといいんだけど、すごく一生懸命で、一生懸命すぎて不安・・・」





洞察力に優れ、かつ、幼なじみの一之瀬のことだから秋はきっと言葉にしないだけで深く考えているのだろう。
話さなくても見ているだけでわかる関係が羨ましい。
豪炎寺は言わなければわからないことも言わないばかりに不安をやたらと煽り、その癖人にはカミングアウトを強いてくるわがまま男だ。
一之瀬のように幼なじみを喜ばせる気の利いた言動もない。
わかってほしいのならばわかってもらうべく努力をすればいいのに、それをしないからいつまで経っても成長しないのだ。
一之瀬と土門に次会うことがあれば、豪炎寺に幼なじみとの付き合い方を伝授してもらうよう頼んでみよう。
アメリカ仕込みのフレンドリースキンシップを身につければ、あるいは我が幼なじみも少しは改善するかもしれない。
これで治らなければ諦めもつくというものだ。





「ていうか、私も一之瀬くんに訊きたいことあったりする」
「一之瀬くんに?」
「そ、一之瀬くん。一之瀬くんああ見えて結構海外のイケメンと仲良しみたいだから、ちょーっとイケメン紹介してもらおうかと」
「・・・さん、ほんとにイケメン好きですよねぇー・・・。男は顔じゃないって知ってますか?」
「やぁだ春奈ちゃんってば、それじゃ私が面食いみたいじゃん。半田を思い出してよ、半田のどこがイケメンよ」
「ああ、確かに・・・って何言ってるんですか、半田先輩さすがにそれは怒りますよ!?」
「怒るぅ? ほんとのこと言って何が悪いの。大丈夫、半田は自分がフツメンだって知ってる」






 そういう問題ではないとは知らずに言っているのだろうか。
ありうる、の手にかかれば風丸以外の男は形無しだ。
今までそれで何人の男たちが涙を流し、悲嘆に暮れたことか。
兄も砲に粉砕された男たちの1人だから、威力はよく知っている。
最近は自立したのかレベルアップしたのか、との仲が良好なようでとても安心して見ていられる。
すれ違いが多かった日々の中でどうやって親密度を上げたのか、早速兄に尋ね状況確認しなければ。
春奈は先程までの放言の数々を豪炎寺に糾弾され、彼から逃れるべく風丸の背に隠れているを見やり苦笑いを浮かべた。









































 改めて紹介されずとも、イケメンとはとっくにお知り合いになっているので今更仲介は必要ない。
そもそも、可憐な乙女をエキセントリックと悪びれることなく評するような男に紹介されたくない。
さんってエキセントリックでファニーな子だよねと笑顔で風丸や鬼道にのたまっていたあの日の雷門中学校の教室での出来事を、は1日とて忘れたことはなかった。
何がエキセントリックだ、何がファニーだ。
どちらも似たような意味でどちらもキチガイのような意味で、まかり間違ってもそれら単語は人を褒める時には使わない。
ちょっと英語を混ぜればぼかせると思ったら大間違いだ。
帰国子女と家庭環境を舐めるな。
エキセントリックではなくてエクセレント、ファニーではなくてファンタスティックと評するのが当たり前だというのに、これだからアメリカンジョークは性質が悪い。
あははと笑って済ませられるのはアニメと漫画の世界だけなのだ。
はテープの買い出しと誤魔化し練習を抜け出した秋に倣い、金髪碧眼のイケメンと金髪ゴーグルのイケメン希望が在籍するアメリカエリアを目指していた。
一之瀬と会ったと話してくれた日から、秋の様子が少しおかしくなった。
秋を大切に思っている一之瀬は、秋を困らせるようなことは言わない。
一之瀬が何を言おうと勝手だが、チームの大事なマネージャーのテンションを下げたとなれば見過ごしてはおけない。
地図と標識を頼りにアメリカエリアを彷徨っていたは、とあるグランドで金髪コンビと練習に励んでいる一之瀬を見つけおーいと呼びかけた。
あれ、ほんとに来てたんだと一之瀬が驚きつつも声を上げる。
はコートに入ると、一之瀬の顔をじっと見つめた。





「むーん、やっぱりわっかんないなー」
「えっ、何が?」
「秋ちゃんが一之瀬くんの顔つき変わったって言ってたから見てみたんだけど、全然変わってないなあって」
「あはは、相変わらずさんはやることなすこと突拍子だなあ! まさか本当に来たとは思わなかったよ」





 コートの隅で話していると、突然背後からぎゅうと飛びつかれはぎゃあと叫んだ。
はぁい久しぶりだね元気かいと早口で喋りかけてくるやたらとフレンドリーな背中の荷物に、元気元気と適当に返す。
さすがはアメリカン、ボディランゲージで危うく転倒するところだった。
やめないかディラン、が困っているだろうとマークが荷物を引き剥がす。
やはりイケメンはやることもイケメンでなくては。
はディランたちとあまりにも打ち解けていたことにまた驚いたのか、ぽかんとしてこちらを見つめている一之瀬にもう一度おーいと声をかけた。





「一之瀬くん、今日はちょっと訊きたいことあるんだけど」
「チームのことなら言わないよ。俺はさんの怖さを知ってるからね」
「カズヤ、は怖いのかい? こんなにキュートなのに?」
「土門は観賞用と言ってたよ。豪炎寺といいフィディオといい、2人ともすごい幼なじみを持ったものだよ」
「やっぱりそうなのか。フィディオ、喜んでいただろう? なんせあいつはずっとを捜し求めていたから」
「そのことなんだけど、フィーくん私のこと知らなかったよ。マークくんもディランくんも私のこと知ってたのに、あれって一之瀬くんがリークしたんじゃなかったの?」
「ああ、フィディオだけアドレス変えてたのか送れなかったんだ。でもそんなの大したことじゃなかっただろ? 君、そろそろ帰るんだし」






 なんとびっくりどっきりだ。
なぜ一之瀬がこちらのスケジュールを知っているのだ。
半田にしか話しておらずイナズマジャパンメンバーには誰にもカミングアウトしていないというのに、なぜ部外者の一之瀬が当たり前のように知っているのだ。
よほど混乱した表情を浮かべていたのか、女の子の扱いに慣れている一之瀬が気を利かせマークたちを追い払う。
2人きりになったところで、はぼそりとどうしてと呟いた。





「なんで一之瀬くんがそんなこと知ってんの、一之瀬くんいつ私のスケジュール帳覗き見たの」
「人聞きの悪いこと言わないでくれるかな。フィディオが言ってたんだ、ちゃんがこっちに帰ってくるって。ちゃんってさんのことだろ?」
「そうかもしれないしたぶん99パーセントそうだろうけど、まだそうなってない」
「日本語がおかしいよ」
「私、フィーくんに私がちゃんですって言ってない。でもフィーくんには告白されてマジどうしよう、完全にカミングアウトするタイミングどっか行った」
「それを俺に言われても困るよ。ていうか、フィディオはさんがちゃんだって気付いてないのにさん好きになったってこと? フィディオの中ではさんとちゃんは別人じゃないか」
「そう、そうなの! そりゃ私風丸くんに教えてもらったから分身ディフェンスっぽいのできるけど、マジで分身ディフェンスしないとフィーくん混乱するよね!?」
「いや、さっさとフィディオに言えばそれで全部解決すると思うけど」





 なんでさん俺のとこに来たの、秋以外はお呼びじゃないから帰ってよ。
一之瀬くんがフィーくんのアドレス追求して私を送っとけば、こんなことにならなかったんだもん、これは一之瀬くんが悪い!
責任をなすりつけ合うという不毛な争いを繰り広げていると、ふと、一之瀬が寂しげな表情を浮かべる。
さては勝ち目がないとようやくわかってしょぼくれているのか。
一足早く勝利宣言代わりの勝利の笑みを浮かべようとしたは、俺たち似てるかもと呟いた一之瀬の言葉にはぁと問い返した。





「どこも似てなんかないし」
さんはどうして円堂たちについてきたの? マネージャーとか嫌いって言ってたのに」
「頼みに頼まれたからついてきてあげたの」
「みんな昔から頼んでたじゃないか。イタリアに帰ったらもう豪炎寺や鬼道たちと会えなくなる。それで、最後だと思ってついてきたんじゃない?」
「・・・それもあるけど、でも一之瀬くんとは似てないじゃん。次で一之瀬くんのサッカー人生が終わるわけでもないんだし」
「・・・そう、だね。何にせよ、俺もさんもいい試合にしていい思い出にしたいって思ってる。ここは似てるどころか一緒だ」
「一之瀬くんとお揃いでも全然嬉しくない。ああそうだ・・・、秋ちゃん一之瀬くんのこと心配してたよ、あんまり秋ちゃん困らせないでね」






 秋ちゃんの気を引きたいなら、心配じゃなくてサッカーで惹きつけること。
腰に手を当てなにやら偉そうに言い残し去っていった嵐のようなを見送り、一之瀬は棘しかない観賞用とひとりごちた。







目次に戻る