67.ヒロト小暮の女神隠し










 寝苦しい夜だ。
1人で眠っているはずなのに、体の上や周りをもぞもぞと何かが這いずり回っているような感じがする。
這いずり回られたことがないのでこれが正しい表現なのかどうかはわからないが、明らかに気分は悪いので何か起こっているのだろう。
ああもううざったい、安眠妨害をするのはどこのどいつだ。
不快感に耐えかねがばりと身を起こしたは、反射的に右手を横に凪いだ。
暗闇の中であいたっと悲鳴が聞こえ、右手が確かな手応えを感じる。
何に張り手を飛ばしたのかはわからないが、確実に何かをぶちのめした。
犯人は誰だ、ベッドに転がっている細くて長いごつごつしたものは何だ。
は暗闇でうずくまっている侵入者に向かって声を張り上げた。




「誰! 夜這いしたの誰!」
「・・・・・・」
「私に何したの、場合によっちゃ張り手飛ばすから!」
「・・・やだ!」
「あっ、ちょっとこら! いだっ、何か踏んだ痛い!」





 扉を開け飛び出した侵入者を追うべくベッドから飛び降りたは、床に転がっていた刺々しい何かを踏みつけ思わずうずくまった。
こちらが痛みに苦しんでいる間に侵入者の足音はどんどん遠ざかっていく。
乙女を夜這いするだけに飽き足らず、安眠妨害をして更には床にまきびしを撒くとは侮れない輩だ。
明日、頬が腫れていた奴が犯人と断定していいだろう。
は開け放たれたままの扉を閉めると、むうとむくれたまま再び布団を被った。































 河童を見た。
本当の本当に河童を見たというのに、誰も信じてくれない。
円堂は昨晩見た河童の存在を風丸たちに興奮気味に話し、まったく相手にされない現実に落ち込んでいた。
自分でも何を言っているのかよくわかっていない行き当たりばったりな発言や迷言も激励の言葉だといつも都合良く解釈してくれる風丸や鬼道たちだが、
河童というフレーズはサポート対象外だったらしい。
いや、今日ははったりでも行き当たりばったりでもない。
確かにこの目で河童を見たのだ。
円堂は味方1人いない朝の食堂でがくりと肩を落とした。





「信じてくれよ・・・。みんな、いつも俺を信じるとか言ってるけどそれはサッカー限定なのか・・・?」
「円堂くん、河童なんているはずないだろ。河童なんて想像上の動物で、本当にはいないんだよ」
「そうかもしれないけど・・・」
「きっと何かと見間違えたんだよ」
「ヒロト・・・」





 理論的で真面目なヒロトにいないと断言されると、見間違いだったように思えてくる。
そんなはずはない。
俺は頭に皿を載せているあれを見たんだ。
自らの主張が認められずいじけていた円堂の耳に、おはようとやや不機嫌な声で挨拶するの声が入ってきた。




「おはよう。どうしたんだ?」
「昨日、私の部屋に侵入者がいたんだけど心当たりはなぁい修也」
「俺を疑っているのか。俺は何もしていないがどういう料簡をしているんだ鬼道」
「濡れ衣を着せるとは豪炎寺、お前も落ちたものだな。、俺は無実だ」
「見たらわかる、だって昨日私そいつに張り手飛ばしたもん」
、抵抗するのは逞しいけど相手が刃物とか持ってたら危ないからまずは叫んだ方がいいぞ?」
「はっ、そうすれば良かった! でも、夜中に大声出したら怒られるかもでしょ?」
「まさか。叫んだことでが無事でいられるならいくらでも叫んでくれ。でも心配だな、女の子の部屋に入るなんて・・・」
「でしょでしょ。もうびっくりして怖かったー」





 何もなくて良かったと呟きの頭を撫でていた風丸は、が持ってきた紙袋に目を留め首を傾げた。
袋から緑色の細長い物体が見え隠れしているが、あれは何だろうか。
風丸の視線に気付いたのか、が脇に置いていた紙袋を風丸に突き出す。
朝起きたら床とベッドにびっしり転がってたと言われ、風丸の脳裏に先程の円堂の河童発言が蘇る。
いやまさか、河童はヒロトが言うとおり想像上の動物だ。
宇宙人もパチモンだったこの世に、宇宙人よりも存在が疑わしい河童がいるはずがない。
こんなにたくさんあったら夕飯はキュウリサラダとカッパ巻き食べるしかないねと大量のキュウリ消費策を考え始めたプラス思考のを、風丸はあやすように抱き締めた。































 うんまあ俺、知ってる。
俺にも豪炎寺くんとこほどじゃないけどなかなかに辛辣なこと言ったりやったりする可愛い幼なじみいるからね、彼女たちの対俺限定特殊能力が何かくらい知ってる。
対俺限定で対俺専用であってほしいのに、人ばっかり見てきたから目が肥えちゃって他の人たちの特徴や弱点も見抜ける力を持ってるってことも知ってる。
俺の玲名がそうだから、きっと豪炎寺くんとこの彼女もそうなんだろう?
そうに決まってる、そうでないとさんのゲームメーク力は説明できないし。
ヒロトは生唾を飲み込むと、朝練を終え宿福へ戻りつつあったを呼び止めた。
幼なじみを初めとするサッカー選手たちを見続けていたならば、きっと今の自分に足りないところも的確に教えてくれるはずだ。
やや緊張したヒロトの声に反応したが、くるりと振り返りなぁにと口を開いた。




「どうしたの基山くん、基山くんだけおかか増量とか聞けないおねだりだけど|
「おにぎりの話じゃなくて、サッカーの話なんだけど」
「ああそっち。流星ブレード良かったよー」
「ありがとう。・・・じゃなくて、俺のプレイを見てどう思ったか率直に言ってくれるかな」
「基山くんの? うーん、流星ブレードに持ってくまでが大変だろうなとは思った」
「そう、それだよ! もっと具体的に、どう大変かとか教えてほしいんだ」
「・・・あのさ、もしかして基山くんは私を朝練サドンデスにナンパしてる感じ?」
「あれ、今の会話のどこでわかった? さすがさん、冴えてるね」
「マジで? えー、私も休憩したぁい、鬼道くんあたり誘えばいいじゃーん」





 鬼道くん超おすすめ、優しいし頼もしいしゲームメーカーだしマジ紳士だからほんとおすすめと熱弁するを宥めすかし、半ば強引に森へと誘う。
鬼道でもいいが、今回はを選んだのだから大人しく相手をしてほしい。
鬼道でなくてもがわかっているのだから、もったいぶらずに采配してほしい。
朝練サドンデスを強いられ観念したのか、が岩の上に腰かけ膝を抱える。
ドリブルが弱いと指摘され、ヒロトは同意の意味で頷いた。




「今のドリブルじゃオルフェウスのディフェンスは破れない」
「フィーくんの攻撃にばっかり見惚れがちだけど、DF陣がしっかりしてるからあんなにフィーくん動き回れるんだしね」
「フィーくん?」
「オルフェウスの10番、フィディオくん。フィーディオくんって呼びにくいからフィーくんって呼んでる」
「そっか。オルフェウスのDFは4人だけど、何度やっても最後の1人でスピードが落ちるんだ」
「動かない木相手にそれなら、まだまだ先は長そうですねえ」





 そもそも木を相手にして上達するもんなのと問われ、ヒロトはどうかなあと曖昧に答えた。
無理やり付き合わされた朝練サドンデスに興味がないと思いきや、見ているところはきちんと見てくれているのだから頼もしいことこの上ない。
さすがはご意見番、必要最低限のことをやろうという気概はあるらしい。
鬼道を誘ってのがっつり自主練もいいが、との程良く緊張感が抜けた練習もなかなかにいい。
あれやこれやと頭を使う必要がないので、やりたい練習に打ち込める。
頭の代わりにそれなりに気は遣うかもしれないが、サッカー少年の幼なじみというのは得てして1人遊びが得意だから放っておいても問題ないだろう。
それにきっと、もこちらに構ってほしいとは思っていないはずだ。





「ところで基山くん、ちょっと質問」
「何だい」
「私の前にいるのは誰? 基山くんの宇宙人時代の知り合い?」
さん、いい加減宇宙人とか言うのやめてくれるかな。俺たちこれでも反省してるんだ・・・って、え?」




 人を指差すのは良くないよと続けようとしたヒロトは、の指し示す先が自分とはわずかに逸れていると気付き背後を顧みた。
何かいる。
誰だこいつ、いつからいたんだこいつ。
すっごい眉毛お手入れちょっとはしたらいいのにと頓珍漢な感想を口にするの声をBGMに、ヒロトは見ず知らずの観客を凝視した。
君は誰、そう尋ねたヒロトの声は遠くから聞こえる叫び声でかき消された。







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