私じゃないよと前置きすると、突然の悲鳴にがきょろきょろと周囲を見回す。
助けを求める声の主を捜すべく、ヒロトは森の中を駆けだした。
待って基山くん、わわっ靴に草入ったと賑やかに騒ぎながら追いかけるが心配になり、ええいままよとの右腕をつかむ。
良かった、振り払われなかった。
ヒロトはを連れ、救難悲鳴の発生源へと躍り出た。




「助けてくれー!」
「小暮くん・・・っ、・・・何、やってるの・・・?」
「え、えへ・・・、それよりも早く助けてくれよ」
「うっわあ小暮くん、何をどうしたらそんなに絡まっちゃうのー?」
「いいから早く! 大体なんでヒロトさんとさんが一緒にいるんだよー!」
「仕方ないじゃん、イケメンにナンパされたんだから」
「えっ!? ヒヒヒロトさん、お、俺、音無に言いつけちゃうぞ・・・?」
「うん、2人とも落ち着こうか。あと、俺は豪炎寺くん派だから」





 蔦に絡まれていた小暮を助け出すと、が小暮の頭についていた葉っぱを取り払う。
怪我してなぁい大丈夫と声をかけるは、それはもう鬼道や不動が時折評する女神そのものの優しさだ。
のいつ終わるともわからない聖母待遇に調子を狂わされたのか、小暮は珍しくもこくりと殊勝に頷いた。




「怪我してないなら大丈夫か。でも小暮くん、こんなとこまで来て悪戯のネタ探し?」
「うっ・・・」
「あれ、当たった?」
「違う! その、どっちかっていうと逃げてきたんだよ・・・。染岡さんがさ・・・」





 小暮の口から染岡という単語が出てきただけで、何があったのかうっすらとわかってしまう。
ヒロトとは顔を見合わせ苦笑いを浮かべると、しょぼくれている小暮を見やり帰ろうと促した。
基山くんが一緒に謝ってあげるからと言ってヒロトをスケープゴートに捧げれば、小暮の表情に明るさが戻る。
ヒロトのごめんなさい1つで朝練サドンデスも早く終わると思えば安いものだ。
こちらの腹もちっとも痛まない。
は勢い良く立ち上がると、一方をびしりと指差した。





「よし帰ろう! 変な虫に刺されて痒くなる前にさっさと帰ろう!」
「帰るってなったら急に元気になったね、さん」
「当ったり前でしょ。ほら、小暮くんも帰ろ。歩き疲れたら基山くんがおぶ「らないから頑張って歩こう、小暮くん」
「あ、あ、あ・・・。河童、河童!」
「「河童」」




 に逆らうように真逆の方角を指差した小暮につられ、ヒロトとが振り返る。
そうか、あれは河童だったのか。
キチガイの友だちだから基山くんパスと呟き、ヒロトを前面に押し出し盾と矛代わりにする。
何がキチガイだ、目の前の河童(仮)と俺に謝れ。
ヒロトは背後で息を潜め成り行きを見守っているに心中で毒づくと、河童(仮)へ一歩足を踏み出した。
何か用かと尋ねると、ずいっと色紙を差し出される。
害意がないと知った小暮がひょこひょこと近付いてくる。
ヒロトは求められるがままにサインを書き亀崎河童と名乗る河童に手渡すと、ふうと息を吐いた。





「何だったんだ、今のは・・・」
「でもあいつ、俺らにキュウリくれたんだよ! はいさんにも!」
「キュウリ・・・? 昨日私の部屋に大量のキュウリあったんだけど、んん?」
「落ち着いてさん。なんでそんな物持ってきてるんだ、いつから持ってたんだい!?」
「人食い河童だったら返り討ちにしなきゃいけないでしょ? あーあ、次会ったら返事次第ではぶちのめそ」
「逃げて亀崎くん、地の果てまで沼の底まで今すぐ全力で逃げて」






 ねぇねぇさん、それどこから出したのー!?
ハイキングには必要かなと思って、物干し竿から本来の役目に戻してみたの。
暗器みたいでかっこいいと目を輝かせる小暮と品種改良を遂げているアイアンロッドG4を自慢するを見つめ、ヒロトは立て続けに5試合ほど戦い抜いた時以上の疲労感を覚えた。





























 ぶちのめす順番を変えた方が良さそうだ。
は堂々と先頭を歩きながらも帰り道を見失ったヒロトをむうと睨みつけた。
何が早く帰ろうだ、何が一緒に謝ってあげるだ。
謝るどころか、これでは森を出ることすらできないではないか。
空も薄暗くなってきたし、これはもしかすると野宿コースだろうか。
企画された上でのキャンプならまだわかるが、何が悲しくて裏山で遭難の挙句野宿をしなければならないのだ。
こんなことになるのならば、携帯電話を持ってきておくべきだった。
は開けた河原まで出ると、歩き疲れた足を休めるべく早々に岩に腰かけた。
ジャージーが汚れるとかいった心配はちっともしないらしい。
が潔癖症でなくて良かった。
砂埃や汗臭さに慣れている子で良かった。
ヒロトは小暮とを河原に残すと、夜を越すための薪を拾うべく再び森へと入った。
裏山がここまで広く、複雑だとは思わなかった。
昔おひさま園の仲間たちと一緒に行ったキャンプ場は、もっとわかりやすかった。
宇宙人時代に通った樹海も、慣れさえすればなんてことはなかった。
来た道を逆走しているはずだったのに、ちっとも出口に辿り着かないことに焦りはあった。
自分1人ならまだしも、小暮とという連れがいることが更に焦りを増大させていた。
特に、彼女は女の子だ。下手をすれば抹殺されかねない。
どうしようかと悩みつつ河原へと戻ったヒロトは、不機嫌と思いきや意外とご機嫌だったにおかえりと笑顔で出迎えられ拍子抜けした。
てっきり鉄パイプで刺されるとばかり思っていた。
あまりに手がかかるようなら気絶でもさせて大人しくさせようと思っていたが、とんだ思い込みだった。
そうか、そういえばは不測の事態も割とすんなりと受け入れる性格だった。
宇宙人を目の当たりにしても騒ぐことなく至って平常心で接してきたし、出会って間もない南雲を扱き使うという荒業もやってのけた。
他人には理解不能はの順応力の高さを前にしては、遭難の末の野宿など大したことではないのだろう。
豪炎寺と違って精神がタフな子だ、羨ましい。
ヒロトが慣れた手つきで火を熾すと、小暮とはぱちぱちと手を叩いた。





「すっごい、そんなことできるんだ!」
「ああ。おひさま園のみんなとキャンプに行ってて、その時覚えたんだ」
「キャンプに?」
「うん」
「キャンプかあ、楽しそうだなあ。さんはキャンプしたことある?」
「ないない。拉致という名のサバイバルならあるけど」
「へえ。俺もないから、一度でいいからキャンプとか行ってみたかったんだよなあ・・・」




 いいなあ楽しそうだなあとにこにこと笑いながら口にする小暮を、ヒロトとは柔らかな笑みで見守った。
ご飯を炊く係がやりたいと熱弁する小暮の目は、悪戯を働く時とは違う輝きを放っている。
迷子になり、宿福へ帰れないというのにわくわくと楽しそうだ。
キャンプも野宿もしたことがないから、今日のような日が珍しくて仕方がないのかもしれない。
一応こちらも野宿初体験なのだが、完全にはしゃぐタイミングを失くしてしまった。
まあいいか、小暮は年下だしここはお姉さんぶっておくか。
むずむずと大人しくしていたを、ヒロトが意味ありげな笑みを湛え見つめる。
何だ、その含み笑いは。
の波立つ心を知ってか知らずか、ヒロトがキャンプの先輩風を吹かせたように滔々と語りだした。





「キャンプ初心者の君たちは薪拾いからだよ」
「「え!」」
「2人とも、今面白くないとか地味だとか思っただろ? でも薪拾いも大切な役割だ。薪がないとご飯が炊けないからね。キャンプもサッカーと同じ、不要なポジションなんてないんだ」
「そりゃそうかもしれないけど・・・。でも薪拾いは・・・」
「大丈夫、私も初心者だからその時は2人でめいっぱい薪探そ。キャンプファイヤー用のタワー作れるくらいにたくさん集めてグランドファイアでイグニッションとか!」
「うわあ、すっごい! じゃあさじゃあさ、壁山に背負ってもらって高く積み上げようよ! 五重塔みたいに!」
「小暮くんそれ超ナイスアイデア! エッフェル塔かあ、超かっこいい!」
「五重塔だよ!」
「うん、2人とも変なところで盛り上がらないで俺も混ぜて」





 小暮とに薪拾いを任せたらキャンプファイヤーどころかフォレストファイヤー、即ち山火事を引き起こしそうだ。
山火事に加担するようなグランドファイアなんて発動するものか。
イグニッションのかけ声はちょっとかっこいいけど。
日も暮れすっかり暗くなっても夢のキャンプ像を語り続ける小暮とに、ヒロトはそろそろ寝ようかと声をかけた。







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