が言う拉致監禁サバイバルとは、いったいどんなサバイバルだったのだろう。
どんな命知らずがを拉致したのだろう。
ヒロトは小暮と並んで寝そべり健康的な寝息を立てているを見やり、ふと笑みを漏らした。
起きている時は何かと賑やかで騒がしい小暮とだが、眠っているととても静かで少し寂しくもある。
昨晩も散々キャンプ談議で盛り上がり、喋り疲れたのか寝転がった途端に眠りに就いてしまった。
年下と女の子を連れた中での野宿だから油断はできない。
何が起こっても対処できるようにしっかりと見張りをしておかなければ。
から無断拝借した鉄パイプを脇に置いたヒロトの夜は、とても短いものだった。
ファンから差し入れられたキュウリに睡眠導入剤が混入されていたのではと思うほどにあっけなく意識が飛んだ。
おかげで早起きはできたが、ヒロトは自身の意志の弱さに衝撃を受けていた。





「今日はなんとかして森を抜けないと・・・」





 ずっと寝かせてやりたいが、そろそろ起こして出口を探したい。
眠り続ける2人を起こすべく体を動かしたヒロトは、薪にばしゃりと水をかけられる音を聞き身を竦ませた。
誰かいる。
振り向いて確かめたいが、怖くて振り向けない。
仮想の敵に背を向けたまま硬直していたヒロトの前で、物音で目を覚ましたらしい小暮がぱちりと目を開けた。




「何の音・・・・・・、わっ、ヒ、ヒロトさん、河童!」
「河童・・・?」
「起きて起きてさん、さんってば!」
「む・・・、うるさぁい、もちょっと寝てても間に合うってば修也・・・」
さん、生々しい寝言は小暮くんに聞かせたくないから早く起きて」
「・・・はっ、そういや今日は野宿してたんだった」





 道理で背中と腰が痛いばっきばきじゃんと文句を呟きながら、がうーんと背を伸ばす。
背や腰を痛がる割には熟睡してたねと言える雰囲気ではない。
そもそも今は、ではなくて亀崎の相手をするべきだ。
ようやく亀崎へと視線を合わせたヒロトは、こっちと誘われる声につられ立ち上がった。
さすがはファンだ、きっと出口を教えてくれるに違いない。
亀崎の後に続き森を駆けたヒロトは数分後、己がいかにお人好しかを痛感した。





「基山くんさあ、ここから出る気ある? なんか後ろめたいことしたからあっちに帰りたくなくて、私たち巻き込んでわざとハイキングしてんじゃない?」
「そんなわけないだろ。・・・とりあえず今は彼らの相手をしてあげよう、キュウリをもらった恩もある」
「私の部屋、キュウリまみれだったんだけどそれはどっちかってったら仇じゃない?」
「とにかく、今は早くここから出ることを考えよう。彼らはもしかしたら出口を知ってるかもしれない」
「だったらいっぺんびびっと脅しゃいいのに」
さん」





 ちょっとだけサッカーに付き合ってやろうと言っているだけなのに、何を不穏なことを言い出すのだこの子は。
どういう教育をすればこんな発想をしてしまう子になるのだ。
やっぱり俺の玲名の方がさんの3万倍くらい魅力的だ。
ヒロトは今にも河童コンビを脅そうと鉄パイプを構えているを懸命に宥めグラウンドの外に追い出すと、改めて亀崎たちに向き直った。
ここはひとつ、が再び爆発する前に片をつけなくては。
ヒロトの安易な考えは、次々と突破され積み重ねられた10対0という得点差の前に脆くも崩れ去った。
どうしよう、予想以上の強さと想定外の必殺技に日本代表の心折れそう。





「ねーえ2人ともまだー? 基山くんドリブル弱いよー」
「そうなの、ヒロトさん」
「うん。ドリブルの特訓をするためにさん誘って森に入ったくらいだから、自分の弱点はわかってるんだ」
「もっと体捻ってみたら? あ、これは今まで見てきたイケメンのプレイ見ての感想なんだけど」
さん、俺のことイケメン認定しなかっただろ!」
「だって基山くん超顔色悪かったんだもん。ほら、1点くらい取って小暮くんにキャンプの先輩の貫録見せてあげてよ」




 イケメンだとはそうでないとか、いったいこの2人は何を話しているのだろう。
ドリブルと顔は関係ないと思うのだが、これが鬼道や春奈が口にするの奇才ぶりというものなのだろうか。
話にまったくついていけず突っ立っているだけの小暮にとって、ヒロトとの会話は難しすぎた。
知りたいとも思うがなぜだろう、知らなくていいことだよとヒロトに言われてしまう気がする。
から理解不能な指示を受けたヒロトが再び前線へと走り出す。
先程までよりも大きく体を捻ったヒロトがフェイクボンバーを回避し、がら空きのゴールの前へ躍り出る。
わあ、無人のゴールにわざわざ必殺技を叩きこむって容赦ないし大人げないなあ。
それでも1点は1点だし、ヒロトさんがフェイクボンバーかわせたのは嬉しいや。
小暮はスコアボードへ駆け寄ると、とハイタッチを交わしでかでかと1の数字を書き込んだ。





「ほー、やっと1点入ったー。いやあ、河童コンビが強いのか基山くんたちが弱いのか」
「どっちもだよ。お待たせさん、さあ帰ろう」
「ん。ったく、勝っても負けても帰り道教えてくれるんなら初めっから教えてくれれば良かったのに」
「でも俺は楽しかったよ! ヒロトさんのすごいドリブルも見れたしさ!」
「小暮くんは健気だよねえ、ほんと。私が小暮くんの歳の頃はサッカー見せられまくって飽きっ飽きのマンネリ状態でさあ」
「俺の歳って1年前だろー。へへっ、さんそれじゃばばあみたいだ!」

「・・・ばばあ、とな?」
「やめるんだ小暮くん、俺も一緒に謝ってあげるから今すぐ発言の撤回を」
「嘘嘘、さんはお姉さん! ねね、帰ったら俺の練習も見てよ!」
「ふむ、それなら良し。じゃあ小暮くんには大量のキュウリあるからカッパ巻きでも差し入れするか!」




 それって音無のおにぎりとどっちが美味しい?
くったくたに疲れて食べたらなんでも美味しいんだよー。
間食代わりのキュウリを齧りつつ並んで帰り道を歩く小暮との後ろ姿を、勝手に小暮のお兄さんを自任したヒロトが柔らかな笑みを浮かべ見つめた。






「「河童はほんとにいたんだよ!」」「はいはい、小暮くんもさんも今日早く寝ましょうねー」






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