68.茶髪さんゆうびん










 拝啓、様。
あなたがいなくなって、こちらはとても平和になりました。
毎日半田と呼び捨てられ扱き使われることも扱き下ろされることもなくなり、俺はとても平穏な日々を送っています。
この静けさは懐かしくて落ち着きます。
本当の本当に、本来の俺らしい当たり障りのない日々が戻ってきたと実感しています。
寿命も延びそうな気がします。




「・・・けど、」




 平和だから楽しいわけではない。
静かだから好ましいわけでもない。
何もない1日に幸せを感じているわけでもない。
がいた頃は、少なくとも退屈した時間を送ることはなかった。
毎日、今日はどんな無理難題を押しつけられるのかとドキドキしていた。
何を言われるのかわからないパンドラデイズが、いつしか日々の楽しみにもなっていた。
気付けばまた空っぽになってしまった隣席を見てしまうのも、今がつまらなくて刺激を求めているからだと思う。
そうだ、やっぱり俺はあいつがいないから寂しいんだ。
寿命が延びたって、あいつがいないんじゃ意味がない。
あいつがいない人生を10年長く生きるよりも、あいつがいる人生を5年生きた方が楽しいに決まっている。
それに、彼女に振り回され続けることで心も体もタフになって、それはそれで強心臓になれるかもしれない。
ペンを机へ置き、引き出しの中からごそごそと紙切れを取り出す。
どんなに回しても引いても良くて3等止まりだったはずなのに、どんな風の吹き回しか1等を射止めた商店街大抽選会の戦利品が手の中にある。
ぐだぐだと堅苦しい近況報告はもういい、やめた。
決意を胸に再びペンを手に取り、手紙の末尾に走り書きを残す。
俺にしては完璧だ、誰にも文句は言わせない。









































 人柄が出ている味だと、ふざけるな。
は冬花お手製のサンドイッチをもしゃもしゃと咀嚼しながら嘘つきと毒づいた。
何が優しいマネージャーの味だ、冬花のどこが優しいというのだ。
味覚で男を騙すとは冬花も侮れない女だ、味に騙されるなと声を大にして叫びたい。
ねぇねぇどうかなちゃん、ちゃんには特別フルーツと生クリーム詰めて私の愛情を表現したんだよすり寄りながら告白する冬花から、はすすすと身を引いた。
甘い、甘すぎる。
疲労とストレスが溜まり糖分を欲している体には優しいが、暑苦しい日差しの中で生クリームは少しどころかかなり重い。
冬花の愛と同じ扱いにくさだ。





「美味しいけど重たい」
「私の愛が? やっぱり気付いてくれたんだ! 炎天下での生クリームの重さは、私のちゃんに対する愛情と比例してるの」
「はた迷惑ってあたりも忠実に再現してるよ冬花ちゃん」
「やだ、ちゃんってば照れて可愛いやっぱり大好き!」
「私は冬花ちゃんのことそこまで大好きじゃあない」





 嫌いではないが、大好きではない。
冬花がもっとまともな考え方をする子であればもっと仲良くなれたのだが、冬花がこの性格を貫き通す限りはこれ以上の関係は抱けない。
いっそ一度リセットボタンを押して頭の中を初期化してみればいいと思う。
初期化をすれば、春奈や目金を困らせるパソコンのウィルスのような冬花の脳内思考欠陥も帳消しになるに違いない。
はなんとなく、冬花の頭のてっぺんを指で押してみた。




ちゃん、それはツボ押しマッサージ?」
「いや、ここに冬花ちゃんのリセットボタンがあればいいのになって」
「リセットなんてできるわけないよ、だって私は人間だもん。それに、仮にリセットされても私はちゃんのことだけは絶対に忘れないから安心して」
「一番の不安要素なんだけど」




 少しおかしい冬花だ、リセットされても本当に覚えられている可能性もある。
そうなってしまえば冬花の中で自分はますます運命の人ポジションを不動のものとしてしまい、今よりも更に逃げられなくなる。
こんなモテ期はいらない、イケメン紳士にモテるだけで充分だしなによりも身が保たない。
カムバックイケメンからのモテ期と嘆きの声を上げたの肩を、秋がちょんちょんとつついた。





「はい、そんなちゃんにラブレター」
「マジで? えっ、イケメン? 紳士?」
「うーん、どっちだろう。はい、2通も着たよちゃん人気だね」
「2通! うっわー、やっぱ私の人気は世界規模とかうっすら気付いてたけどどうし・・・・・・」





 封筒をひっくり返し差出人名を見たの手がぴたりと止まる。
マジのラブレターと小さく洩らしたに、秋がそうなのと疑問の声を上げる。
秋の声にはっと我に返ったが慌てて、けれども丁寧な手つきで手紙の1通をポケットに突っ込む。
2通とも予想外の人物からの手紙だったが、うち1通は正真正銘のラブレターにしか思えなかった。
自惚れだったらそれはそれで笑ってしまうが、自惚れてもおかしくはない内容だろうと乙女の勘が告げていた。




「なんだ、半田からとか全然ラブレターじゃないじゃーん」
「ほんとは嬉しいくせに」
「イケメンでも紳士でもない半田からもらってもねえ・・・。どうせ下らないことしか書いてないって」
「それにしては、さん封筒開けるの滅茶苦茶早いんですけど」
「気のせい気のせい」
「・・・と、がっつり文面読みながら言われても説得力ないですよ」
「春奈ちゃん、お姉さんからかった駄目よふむふむやっぱりぱっとしない内容」
「私がさんをお義姉さんと呼ぶのは、お兄ちゃんがさんと結婚したその日からです」





 なって下さいよ絶対です約束ですからねと何かにつけてしきりに念を押す春奈にわかったわかったと返事を返すと、は読み進めてもちっともユーモアを感じない半田の手紙を
3度目のリピート読みをし始めた。
半田はどうやら、雷門でぱっとしない生活を無事に送っているらしい。
こちらがいないことがよほど嬉しいのか、やたらと平和だの落ち着くだのと書かれている。
極めつきは寿命が延びるときた。
まるで、自分とつるんでいると早死にすると言わんばかりではないか。
これは酷い、いくら親友でも言っていいことと悪いことがある。
5回読み直しても結局ぱっとしなかった手紙を折り畳み封筒にしまうと、はグラウンドから背を向けた。
もう1通は後で1人で読もうと思う。
同じ島にいるのだからわざわざ手紙にせずとも会ってくれればいいのにと思い、すぐにその考えを打ち消す。
会ったら会ったで、何を話せばいいのかわからない。
話さなければならないことはあるのだが、切り出し方がわからない。
まず、顔を見ただけでドキドキして平常心ではいられなくなりそうだ。
イケメンも紳士も見慣れているのというのに、ここまで人との対面に不安になるのは初めてだった。





「半田くん、何て言ってた?」
「私がいなくてせいせいしてるってそこらじゅうに書いてあった。もう、だったら送るなっての」
「お返事書くでしょ? 便箋あげようか? 可愛いのとかいくつか買ったんだ」
「・・・ん、書く」





 半田にあげるのだからルーズリーフの切れっ端とかでいいんだけどそんなの半田家に届いたら半田の親御さんに私がセンスわかってないずぼらな子って思われるかもでそれは嫌だから、 半田にぴったりな地味なのがいいな。
どこのツンデレのテンプレートかと思われるような長台詞をブレスなしで言い切ったに、秋はにっこりと笑顔でいいよと答えた。







目次に戻る