同じ女の子で似たようなことをやっているのに、何だろうかこの違いは。
冬花が優しいとかが手荒だとかではないが、ついつい比べてしまうのは2人があまりにも両極端な行動をとっているからだろう。
円堂たちは、食堂の2か所で繰り広げられている2パターンの苦手克服大作戦を交互に眺めていた。
片や、ニンジンが苦手な綱海のために腕を振るいニンジンゼリーを作った冬花。
片や、不味いと思うから不味いんだから食べなさいとトマトを嫌がる不動にミニトマトを突きつける
トマト嫌いにジュースでもゼリーでもない生トマトを突き出しても、誰が翻意して食べるものか。
ましてや不動だ、飢饉になっても意地でも食べるわけがない。
大方の予想通り、トマトをトマトのまま食べろと強要されている不動はぷいと顔を逸らした。




「はは・・・、って案外漢らしいな・・・」
も一生懸命なんだ、健気で可愛いじゃないか」
「風丸がそう言うのもなんとなくわかってたけど、でも、さすがにあれじゃ不動は食べないと思う・・・」
「違うな。ああなったは不動が食べるまで諦めない。俺もあれはトラウマだ」





 豪炎寺はテーブルの向かいから身を乗り出して不動と戦っているを見やり、過去を思い起こし顔を歪めた。
ピーマン食べなきゃ必殺技なんて完成するわけないでしょと意味のわからない発破をかけられ、その言葉に奮起してピーマンを克服しようとした小学校低学年時代が懐かしい。
まさか中学生にもなってほぼ同じ光景を見ることになるとは思わなかったが、7年前と何ら変わらないの手口には安堵すら覚える。
今日もそうだが、がいると食卓がぱっと明るく華やかになる。
嫌いでもなんでもないトマトを貪りながらを見守っていた豪炎寺の隣に、笑いを堪えた表情を浮かべたヒロトがやって来た。





さんがいると本当に賑やかだね」
「うるさいくらいだろう? 俺は静かなところが好きなんだが、の声だけはそれほど辛くはないんだ」
「愛だね。俺の玲名は俺が話しかけても高確率で無視をするからさんのお手軽ボイスが羨ましいよ」
「嫌われているんじゃないのか? まあ俺は、昔はそれなりにの声がうるさいと思っていたし、今も小言や文句にはうんざりする」
「あはは・・・。・・・寝てるとあんなに静かなのに・・・」
「寝てると?」





 え、あっ、違うんだよ確かに隣で寝はしたけどあれは幻で365日にカウントされていないからとしどろもどろな弁明を始めたヒロトに、豪炎寺はどういうことだと詰め寄った。
先日がしきりにキュウリと侵入者について喚いていたが、犯人はこの男だったのか。
信じられないが、今のヒロトの様子は疑念を抱くには充分すぎるほどに不審だ。
と何をやったんだと詰問していた豪炎寺は、ヒロトの肩越しに見えた衝撃の光景に今度は己が目を疑った。
トマトを箸で摘み上げたが、あーんと言って不動の口にトマトを宛がっている。
何だあれは、何のサービスだ。
豪炎寺はヒロトを捨て置くとと不動を凝視した。





「はいあっきー、あーん」
「・・・いや、さすがにそれをされてもトマトじゃ食べにくいんだけど」
「こんなにサービスしたげてるのにまだわがまま言うわけ?」
「本気でわがまま言っていいんなら、口移しとかねだるぜ俺は」
「え、口移ししたらあっきー食べるの? じゃあする?」
「えっ、ちゃん日本語通じてる? してくれるんなら3分、いや5分待って。今から歯磨きしてくるから」
「なんでこれからトマト食べるのに歯磨き? あっ、人を待たせたまんま逃げるつもりだあっきー!」
「逃げねぇよ! 降って湧いたチャンスふいにするほど俺は聖人君子じゃねぇし!」






 ばぁんと椅子から立ち上がりトマト片手に言い争いを始めようとした不動とは、一足早く怒声と共に立ち上がった虎丸に先を越され中腰で固まった。
うるさいです静かにできないんですかと冷ややかに言い放つ小学生の至極もっともな発言に、うるさくしていた心当たりしかない不動とが押し黙る。
虎丸が言うとおり、確かに少しは騒がしかったかもしれない。
しかしそこまで冷たく言わなくてもいいではないか。
小学生にマジ切れされ本気で叱られる中学生の立場がないではないか。
それになによりも、今回は不動がトマトを食べなかったことから始まったので責めるなら不動だけを責めるべきだ。
不満げに眉を潜めたを見かねた綱海が、間に入り仲裁しようと声を上げる。
だからどうして静かにできないんですかと更に虎丸に糾弾され、食堂内の空気がぴりりと張り詰める。
賑やかに騒ぐよりも、ぴしゃりとした物言いの方が人を苛つかせると虎丸は知らないのだろうか。
虎丸に慕われ同じポジションとしても面倒を見ている豪炎寺が、虎丸を窘めた。





「どうしたんだ、虎丸」
「なんでもありません」
「待て、虎丸」




 よほどうるささに耐えられなかったのか、虎丸が食堂を後にする。
虎丸を追う飛鷹を見送ると、は椅子に腰を下ろし頬杖をついた。
トマトの、いや、不動がわがままを通したせいでこうなってしまった。
とばっちりも受けたし小学生には叱られるし、いいことが1つもない。
トマトを食べさせる気も失せてしまった。
今日のところは不動の食べ残しはお咎めなしとしてやろう。
はトマトを不動の代わりに豪炎寺の口に突っ込むと、ラブレターを読むべく部屋へと引き返した。


































 たかが手紙、されど手紙だ。
は半田からではないもう1通の手紙の封を丁寧に切り、ゆっくりと文面を読み進めていた。
日本語で書いてくれた手紙はところどころ文法や文字が間違っているが、一生懸命さが伝わってきて却ってきゅんとする。
日本語で書かずともそちらの言葉で読めるのに、そうしてこないのは彼の中では『ちゃん』が『』ではないからだろう。
当たり前だ、こちらが伝えない以上相手はずっと切ない勘違いを続ける定めにある。





「・・・やっぱ、早く言わなきゃなー・・・」
「何をだ?」
「ほんとのこと」
「ほんとのこと?」




 オウム返しに話しかけてくる声の主が幼なじみと気付き、は慌てて手紙を隠した。
ゆっくりと紅茶でも飲みながら優雅に手紙を読もうと思い食堂にいたのが間違いだった。
豪炎寺はの向かいに座ると、災難だったなと口を開いた。





「うるさいって叱られるのは、目の前にいる怒りんぼによーく言われてたから慣れてる」
「虎丸を悪く思わないでくれ。あいつも色々あるんだろう」
「別にどうとも思わないよ、人の機嫌なんてころっころ変わるし」
「まったくだ。おかげで俺はいつも振り回されっぱなしだ」
「嫌なら私が木戸川転校した時に縁切りゃ良かったのに」
「切りたくても切れないのが腐れ縁だ。ここまできたらあと10年でも20年でも付き合おうじゃないか」
「何事も程々が大事だってば」





 豪炎寺がどんなに願おうと覚悟しようと、近い将来この腐れ切った縁も千切れるのだ。
1年どころか1か月、ひょっとしたら1週間で終わる縁かもしれない。
国内ならまだしも、海を隔てた先にいる幼なじみといつまでも幼なじみのままいられるとは思わない。
付き合いが長く続くとも考えていない。
現にフィディオがそうだった。
再会する今日まで、手紙1通寄越さない完全なる沈黙の仲だった。
だんまりを続けていたツケが今になって回ってきて、とんでもない化学変化をもたらした結果こちらが意図せぬところでフィディオが同一人物に二度恋をする事故が起こってしまっている。
運命の人とはまさに、彼のような人のことを言うだろう。
少女漫画やアニメではよくあるパターンだろうし、実際、漫画や携帯小説のネタにでもなりそうな道を歩いているように感じられる。
ヒロインと王子様も美少女とイケメンだし、役者は超一流だと自負していいだろう。





「そういえば、俺にも手紙が届いたんだ」
「夕香ちゃんから? 良かったじゃん、縮小コピーしておみくじみたいにネックレスに結び付けとけば?」
「それも考えたが、途中で落ちそうだからやめた。父さんからも手紙と差し入れをもらったんだが・・・」
「差し入れ」
「『かぐや姫』の絵本だ。説明も何もなしに送られてきた」
「医者と中学生の発想って一緒なんだ、へえ」
「意味がわかるのか?」
「まあ、うん。読めばいいんじゃない? 読めばわかるでしょ」




 は差し出された子供向け絵本の『かぐや姫』をぱらぱらとめくった。
優しくて大好きな家族や友人の元を離れ、月の使者に伴われ故郷へと帰る宇宙人の話だ。
私を嫁にしたくば宝石の枝を持って来いだのネズミの服を持って来いだのと無理難題を突きつけ続けた、クレーマーでもある。
いつの世も宇宙人はキチガイばかりだ。
かぐや姫と自身の共通点などアジアンビューティーさだけだ。





「私と結婚したいんだったら、世界で一番くらいすごいサッカー選手になってみてよ」
「・・・かぐや姫に比べたら易しい要求だな」
「そ? ここが宇宙人と地球人の違い」
「その要求、応えるから約束は守ってくれるか?」
「どうしよっかなー」
が守る気がなくても、もしもがかぐや姫みたいに遠くへ行ったとしても、俺は月だろうが地獄だろうが取り戻しに行く」
「私が行くのはヘルじゃなくてヘブンですうー」
「じゃあ天国にも迎えに行く。今更そう簡単に俺から離れられると思うなよ」
「今度、高枝切りハサミじゃなくて鉈で縁切りチャレンジしようっと」





 話していたらお腹減ったな、何かないのか?
キュウリ大量にあるからキュウリ挟んでキュウリサンドイッチでも食べる?
並んでキッチンに立ち夜食をこしらえ始めた2人の元に、虎丸を従えた飛鷹が入ってきた。






「飛鷹の雷雷丼に比べ、俺たちの夜食の惨めさ・・・」「ピーマンもあるけど追加する?」「美味しいな、キュウリサンドイッチ」






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