69.後発特急流星ダーリン










 わかりやすいのはトーナメント戦だが、チャンスが増えるのはリーグ戦だ。
何をどうすれば決勝トーナメントに進めるのか、秋や春奈たちから説明を受けるまでは考えたことがなかった。
目の前に差し迫った試合で少しでもいい結果を出せるように、淡々とアドバイスをしていく。
相手がイケメン揃いだろうがそうでなかろうが、戦う相手という事実は揺らがないのでやることは同じだ。
だが、今回の試合はどうやら今までと同じようにはいかないらしい。
背景が大きすぎ、試合の持つ意味が大きすぎ、自身もまたかつてない複雑な思いを抱く心を持て余していた。





「・・・ちゃん、ちゃん」
「へっ? あ、うん」
「どうしたのちゃん、ぼうっとしてたけど調子悪い?」
「ううん平気。ちょっと考え事してただけ」
「嘘でしょ、平気じゃない。手紙届いてから様子おかしいけど、半田くんと何かあったの?」
「いっそ何かあればいいのにってクレーム言いたくなるくらいにぱっとしない内容だったけど」




 はライン際へ足を運ぶと、皇帝ペンギン3号の練習に励む鬼道たちを見つめた。
帝国学園御用達のペンギンを使った新必殺技を初めて見せてもらった時は、ペンギンの新たな動きにきゅんとときめいたものだった。
平行飛行しかできないとばかり思っていたペンギンが、遂に垂直飛行にも成功したのだ。
鬼道たちが成長したのかペンギンが進化したのかよくわからなかったが、FWの豪炎寺たちだけに頼らず中盤からそのままシュートに持ち込める連携技には大いに期待していた。
負け知らずのオルフェウス戦でもきっと、鬼道たちの皇帝ペンギン3号が鍵を握るだろう。
あちらの監督が皇帝ペンギンシリーズを編み出した影山というあたりも、因縁めいたものを感じずにはいられない。
は不動の問いかけを無視して単独シュートを放った鬼道を見つめ、眉を潜めた。
心がざわついているのはこちらだけではないらしい。





「何だよ鬼道クンの奴、1人でかっこつけやがって」
「・・・・・・」
「鬼道くん」
「・・・
「やる気いっぱいってのはわかるけど、ちょっと力入りすぎじゃない? ペンギンさんの練習もした方がいいと思うよ」
「・・・だろうな」
「は?」
「誰が相手でも同じ感情で戦い、指示を飛ばせるにはわからないだろうな」
「おい鬼道クン、ちゃんに当たるのやめろって」
「勝ちたいじゃない、勝たなければならないんだこの試合は。そのためにはもっとパワーをつけなければならないし、今のようなシュートでは影山には勝てない」
「そりゃそうだけど」
「ほら、今認めただろう。今の俺の力ではオルフェウスには勝てないと。・・・素直だな、は」





 素直なのは好きだができればその言葉は聞きたくなかったと言われ、は思わず口に手を当てた。
確かに、生半可な付け焼刃の対抗策でフィディオ率いるオルフェウスに勝てるとは思っていない。
単独でのシュートでは太刀打ちできないし、下手をすれば必殺技なしにシュートを止められると危惧したから皇帝ペンギン3号の精度を磨くよう勧めた。
すべてを言葉にせずとも、聡明な鬼道にはわかってしまうのだろう。
だから鬼道は、これ以上また何か余計なことを言われる前に釘を刺した。
こちらの言葉が的を射ているとわかっているから、わかっていることをあえて言われるのが嫌だったから締め出した。
だが、いかに賢い鬼道でも間違っているところはある。
間違いを指摘する気はさらさらなかったが。





「気にするなよちゃん、こいつ少し気が立ってるだけだから」
「あっきー、私今日早退する」
ちゃん、ほんと気にするだけ損だし、そもそもなんで俺の言葉は総無視なのに鬼道クンの言葉は真に受ける?」
「鬼道くんだからでしょ」





 サッカーやーめた、休憩休憩!
練習が始まりまだ1時間も経っていないにもかかわらず早々とグラウンドから抜け出そうとするの背中を、不動は呆然と見送った。









































 どんなタイミングで外に出たのだろう。
明日は決勝トーナメントの進出がかかった大事な試合だというのに、練習を放り出している。
しかも、向かおうとしている先は明日の対戦相手のキャプテンの元ときた。
いくら手紙に会いたいと書かれていても、今日は会ってくれないに決まっている。
イナズマジャパンと同じように、オルフェウスイレブンも最後の調整に余念がないはずだ。
いかにこちらが可愛かろうと、敵チームのご意見番とほいほいと会いたがる心境ではない。
そうわかっていても訪ねてしまうのは、自チームの居心地が悪かったというのもあるかもしれない。
自分と周囲の温度差がたまらなかった。
サッカーは好きだが、熱狂して観るタイプではなく淡々と黙って観戦するスタイルをとっていたから熱さについていけなかった。
勝ってほしいとは思うし勝たせたいとも思っているが、だからといって気迫充分で何かをするとは考えられなかった。
所詮は外野からの応援が抜けきっていない、ふわんふわんの中途半端な思いしか抱いていないのだと思う。
だから試合前日に緊張をぶち切ることできるし、平気で抜け出すこともできるのだ。
そんな思いでグラウンドに立っているのは、真面目に練習している円堂たちに失礼だ。
一度頭をリセットして、それからご意見番に戻ろう。
はイタリアエリアへ向かうバス停へ立つと、鞄の中から手紙を取り出した。
一通は読みすぎてくしゃくしゃになっているが、もう一通はもらった時そのままの美しさで丁寧に封筒に仕舞われている。
我ながら凄まじい贔屓だと思う。
今この手紙の姿を半田に見られたら確実に叱られる。
アイロンをかけて出直してこいと言われそうだ。
言いそうだ、呆れ声で片手を腰に当てながら言いそうだ。
海の向こうの親友を思い浮かべ小さく笑う。
あのーと背後から控えめに声をかけられ振り返った時も、笑みが消せないくらいに楽しい想像だった。





「あのー、ちょっと道を訊きたいんだけど・・・・・・、俺の言葉通じてる? アーユーOK? ユーアージャパニーズ?」
「ノン、ひょっとしたらイタリア国籍もらうかもしれないからグレー」
「通じてんのかわかんねぇな、こいつ・・・。・・・あれ? ?」
「あ、ナンパするならもちょっとイケメンになってからお願いしまぁす」
「そのふざけた言い方やっぱだろ。おまっ、こんなとこで何やってんだ!?」
「はっ、この声とお前呼ばわりは半田!?のそっくりさん!?」
「いや、本人だよ。何してんだよ、明日試合じゃなかったっけ?」
「かくかくしかじかボイコット中。いやあ、やる気起きないから自主休憩?」
「あのなあ・・・」





 集団生活で好き勝手するなよ他の奴に迷惑かかるだろと説教を始めた半田を、はむうと眉をしかめ見上げた。
半田の分際でこちらを見下す発言をするとは、いつから半田は立派になったのだ。
言葉だけでなく視線も見下されているようでますます気に食わない。
はストップをかけなければ延々と話し続けそうな半田をやって来たバスに押し込めると、口元に人差し指を当て静かにと声に出さず呟いた。





「私は集団生活してるようでしてないプチVIP待遇なの。だからたぶん今日も叱られないって信じてる」
「どうせまたわがままばっかり言って豪炎寺たち困らせてんだろ。現に今もわがまましてるし」
「そんなの半田の思い込みですうう。それよりも半田こそなんでこんなとこいるわけ。代表に呼ばれるほど巧くもないのになんで?」
「・・・手紙、届かなかったのか?」
「どこもかしこもぱっとしない手紙なら届いたけど」
「ちゃんと読んだのか? 俺書いてただろ、福引当てたからこっち来るって」
「はあ? そんなの見てない」
「書いたって。最後の紙の裏に書いたって」
「うっそだあ。確かめたっていいよー?」





 読みすぎてくしゃくしゃになった手紙を取り出しかけ、はぱっと手紙を鞄に仕舞った。
手紙のなれの果てを見てしまったのか、半田の目が鞄に注がれている。
まずい、これは差出人に見せられる代物ではなかった。
は誤魔化し笑いを浮かべると、座席へと腰を下ろした。





、今の」
「なぁに? 私なぁんにも出してないけど?」
「俺の手紙、なんで持ち歩いてんだ?」
「え、そっち? 気にしたのそこから?」
「他にどこ気にすんだよ。手紙だぞ? さっき自分でどこもかしこもぱっとしないって馬鹿にしてた手紙を、なんで持ってる?」
「そういやなんでだろ。むー、わかんない」
「まあいいけど・・・。なんか嬉しいような恥ずかしいような、こんなに大事にされるんならもっとまともに書けば良かった」





 大事にしているならばもっと丁寧に扱っているのだが、フィディオの手紙との比較は話さない方が良さそうだ。
世の中知らなくていいこともたくさんある。
現状で満足している半田をあえて不快にさせようとも思わない。
半田が単純な思考の持ち主で良かった。
は親友のポジティブさにほっと胸を撫で下ろした。
叱られないとわかると現金なもので、半田の顔もまともに見れるようになる。
相変わらずのフツメンだが、一応顔色でも見てやるか。
隣に座る半田の横顔を盗み見たは、わずかな違和感にことりと首を傾げた。
何だろうか、この違和感は。
再会した時から不思議に思うことがあったが、それが何なのか具体的にわからない。
イタリアエリアに到着しバスを降りたは、当然のようについてくる半田を見上げた。
見上げる。
そうか、これか。
これが違和感の原因ならば仕方がない。
少し見ない間に人は成長するものだ。
できれば中身も成長してほしいのだが、中身も伴っているかはこれから吟味していくことにしよう。
は自身が被っていた帽子を、少し背伸びして半田の頭に突き刺した。







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