手紙は2通書いた。
一通は隣家に帰ってきたへ。
もう一通は、ライオコットで出会ったへ。
携帯電話やパソコンで簡単にメールでやり取りできるこの時代にあえて手紙を書いたのは、こうする以外の通信手段を持たないからだ。
齢4歳で別れて以来、今日までとは連絡を取ったことはない。
すぐに再会できる、仮に時間が2人の仲を阻もうともずっと覚えていて仲良しでいられると思っていたから、何の交換もしなかったのだ。
だからが日本へ行ってからは、彼女が日本のどこに住んでいるのかを調べる方法もなかった。
の両親がよりも一足先にこちらへ戻ってきて、またお世話になりますと挨拶してきたことで初めてと再会できると知った。
会いたくて待ち焦がれていたがようやく傍に帰ってくる。
そうだというのに、まるでの帰国に合わせたかのように目の前に心惹かれる少女が現れた。
奇しくも彼女もまたという名を持っていた。
だから、ひょっとするとひょっとするかもしれないという期待も込めライオコットのに尋ねてみた。
違っていて当然だったのに、予想以上に落ち込んでしまった己が浅はかさに嫌気が差した。
フィディオはそのような思いも込め、2人のへ手紙を書いていた。
幼なじみのには正直に、好きな人ができたと書いた。
そしてライオコットのには、悔いなく思いを伝えたいと書いた。
と一緒にいられるのは大会期間中だけだ。
できれば大会が終わった後も仲良くなり、できることならば近くで長くサッカーを見ていてほしい。
サッカーを通してでも構わない。
フィディオはの瞳の中で生きてもいいとすら考えていた。




「・・・ディオ、フィディオ!」
「・・・あ、ああ。悪い、練習を続けよう。早くこの動きをマスターしてカテナチオカウンターを覚えるんだ」
「フィディオ、なぜあの監督を信用できる? 必殺タクティクスもどこがすごいのかよくわからないし、本当の目的は俺たちを潰すことかもしれないんだぞ」
「なぜって、それは・・・」





 試合前日に突然新しい必殺タクティクスの習得を指示してきたミスターKには、確かに不審に思うところもあった。
イナズマジャパンに勝つために有効なフォーメーションなのかもしれないが、そうだとしたらもっと早い段階から教えてくれていても良かった。
はったりで思いついた必殺タクティクスには、しつこいまでに続けられる練習をする限りは思えない。
この練習が果たして何に繋がるのか、フィディオは未だにわからない。
わからないが、意味があるのだという予感はする。
煮え切らない返答ばかりするフィディオに痺れを切らしたのか、チームメイトが口々に毒を吐きながらグラウンドを去っていく。
今はチーム内で揉めている場合ではないというのに、キャプテンに代わり上手くまとめられないばかりに人心が乱れていく。
ミスターKのことを不安に思っているのは彼らだけではない。
見事な采配の裏にある深い底なしの闇に戸惑っている。
善人だとか悪人だとか、表面だけでは決めてはいけない気がする。
14年やそこらしか生きていない子どもごときでは考えもつかない深い世界を、ミスターKは生きているようにフィディオは感じていた。





「・・・駄目だ、今は試合に集中しないといけないのに・・・」





 先程から試合以外のことを考えてばかりだ。
イナズマジャパンは決して、手抜きをして勝てる相手ではない。
だからこそミスターKは必殺タクティクスにカテナチオカウンターを持ち出してきた。
そうでもしなければ勝てないとミスターKは見通している。
もっとミスターKのことについて知りたい。
鬼道や円堂、不動といった事件の当事者たちからだけではなくて、もっと客観的に教えてくれる人に話を聞いてみたい。
はミスターKのことを知っているだろうか。
以前の話ぶりから推測するに、いくらかの知識は備えていそうだ。
会ってくれるか、そもそもそこにがいるのかも定かではないが日本エリアにいるであろうに会いに行こう。
フィディオは宿舎から出ると周囲を見渡した。
宿舎の敷地の隅から帽子がちらちらと見え隠れしている。
耳を澄ませると、複数人いるのかなにやら囁き合う声も聞こえてくる。
誰だろうか。
どこかで見たことある帽子のようにも思えるが、遠くからなので確信は持てない。
彼らはあんな所でいったい何をしているのだろうか。
まさかスパイ。
フィディオは顔を引き締めると、スパイもどきへと歩を進めた。
近付くにつれ、話している内容もよく聞こえてくる。






「・・・なあ、なんで俺?」
「半田こそいつまで私にくっついてきてんの。来てって言ってないんだからさっさとどっか観光しに行きゃいいのに」
「そう思ってんならなんで俺に帽子被せてんだよ。見られちゃまずいのは顔割れてるの方だろ」
・・・、ちゃんだ・・・!)
「あ、そっか。じゃあ私も変装する? ほら、ここにちょうどゴーグル」
「おい、それいつどこで鬼道から分捕ってきた」
「違いますう、これは鬼道くんがくれたんですう。私の今、大事な物ランキング暫定トップ3に入る、あ、ずっと昔からトップはストラップだけど」
「ああ、昔の幼なじみにもらったってあれ? すげぇよ、イタリア行ったらめでたく再会してハッピーエンドじゃね?」
「・・・いや、あっち帰らなくてももう会ってる、と、思う」
「は?」





 は?と言いたいのはこちらだ。
フィディオは壁に張りつき、と見ず知らずの少年の会話を一字一句聞き漏らすまいと耳をそばだてて聞き入っていた。
少年は、がイタリアに行くと言った。
もまた、あっちに帰ると答えていた。
昔の幼なじみということは、イナズマジャパンの選手以前にも幼なじみがいたということになる。
そして、もう会ってるときた。
フィディオは大きく、そして早く鼓動を刻み始めた心臓に手を当てた。
早く続きが聞きたい。
誰と既に会ったのだ。
イタリアに帰るとはどういうことだ。
ストラップを見せてほしい。
イタリアに帰った先で待っている幼なじみとは、もしかしてそれは。
フィディオの無言の催促に応えるように、がぽつぽつと話し始めた。





「フィーくん・・・、イタリア代表のキャプテンなんだけど、私、見たの」
「見たって何を」
「フィーくんがつけてたネックレスのトップ、私のストラップと色違いだった」
「それって、もしかして」
「フィーくんの幼なじみ、超可愛いマジ天使みたいなちゃんっていうんだって。・・・私、フィーくんの幼なじみだ」
「今、何て言った?」
「だから、私はフィーくんの幼なじみのちゃんなんだって! ・・・あれ? 半田?」
「俺じゃないよ」
「じゃあ誰」
「・・・俺だよ、ちゃん」






 我慢できなくなり、今にも鬼道のゴーグルを装着しようとしていたの前へ姿を現す。
さあっと顔色が変わったに、首から外したネックレスを差し出す。
たっぷり10秒間じっとペンダントトップを見つめていたが、ポケットの中から携帯電話を取り出す。
ネックレスとストラップ、使用用途は変わってしまったが色以外はすべて同じだ。
試しに裏返しにしてみると、ストラップの裏はやけに傷が多いが微かに自身のイニシャルが彫られているとわかる。
ちゃんと、フィディオはゆっくりと声をかけた。





「大きくなったら、俺と結婚してくれる?」
「・・・世界で一番くらいにすごいサッカー選手になったら考えてあげてもいいよ」
「ほんとに、本当にちゃんだ。ずっと探してたちゃんが俺の前にいる」
「お、怒らないの? 黙ってたのに怒らないの?」
「怒る? そんなわけないだろう、だってちゃんは俺の」





 今も昔も、世界で一番好きな女の子なんだから。
ふわりを全身を包み込むように柔らかく抱き寄せられ、逢えて嬉しいと囁かれる。
ああ、私はこの人の温もりを知っている。
とてもあたたかくて懐かしい、大好きだった人の優しい匂いだ。





「・・・フィー、くん」





 あれ、こいつってこんなに健気で乙女で、なによりも可愛かったっけ。
今までそれなりにこいつとつるんできたけど、今日ほど殊勝なの姿を見たことはない。
かぐや姫にお迎えの使者どころか王子様が来やがった。
半田は躊躇いがちにフィディオの背中に腕を回し安心しきった表情で彼に身を委ねている悪友を見つめ、黙ってその場を後にした。






あんなに幸せそうなあいつの顔、初めて見たな






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