練習には立場上付き合えないが、とにかく一緒にいてほしいらしい。
今までずっと離れ離れだったから少しでも長くちゃんを傍で感じていたいと熱弁されたは、元来の流されやすさも大いに作用した結果フィディオの自室へと上がり込んでいた。
流されて男の部屋に上がるのはやばすぎるだろと何がどう具体的にやばいのか教えてくれることもなく説教をぶちかましてきた半田も、ちゃっかりと一緒にいる。
はいそいそと段ボールに入っていたDVDを再生すべく準備しているフィディオの背後で、半田をちょんとつついた。





「半田、私適当なとこで切り上げないとほんと明日困るんだけど」
「困るってわかってんならなんでついてきたんだよ。なんで中途半端に心広いんだよ。いつも俺や豪炎寺の言うことは無視なのに、なんでこいつの言うことはあっさり聞いてんだよ」
「しっかたないでしょ、惚れた弱みってやつ」
「はあ? ついさっきまでうじうじカミングアウトできなかった奴に惚れてる? 初恋引きずってんならやめとけ、リセットしろリセット」
「私にリセットボタンはありませんんー。ばっかじゃないの、これだからゲーム脳は」
ちゃん? お待たせ、さあ観ようか」




 ゲーム脳とは何だ。
俺がゲーム脳ならはただの脳なしだと応酬しかけた半田は、フィディオの横槍に渋々口を閉ざした。
当然のようにの隣に座るフィディオをちらりと横目で見つめ、ぼそりとイケメンと呟く。
なるほど確かにイケメン好きのがリセットを躊躇うほどのいい男だ。
どこぞの豪炎寺と違い優しそうで気も利きそうで、こんなによくできた幼なじみを過去に持ちながらどうしてはこうなったのだと首を傾げたくもなる。
これからイタリアに行くは、彼と毎日過ごすことになるのか。
あっという間に日本での出来事を忘れられてしまいそうで、焦りめいた急いた感情が胸中を渦巻く。
隣にいるはずなのに、がどんどん遠ざかっているように感じられる。
物理的な距離ではない精神的な距離に、半田は無意識のうちにの背中を叩いた。
暗闇の中でが小さく声を上げる。
何すんのよと小声で非難され、半田はようやく我に返った。





「なんか大事そうな試合流れてんだから邪魔しないで」
、帰ろう」
「は? そりゃ早いとこ帰りたいけど、どうしたの半田」
「いいから。お前、ここにいたら駄目になる。明日の試合どころか自身が駄目になる」
「だからいきなり何なの。私がフィーくんと一緒にいるのかそんなに気に喰わないわけ? 半田まで私に焼き餅?」
「そうじゃない。そうじゃないけど・・・」
「半田の相手は後でいくらでもしたげると思うからちょっと黙ってて。試合興味ないならそこの雑誌でも読んでたら」





 やはり、こちらの言うことはとんと聞く気がないらしい。
帰ろうと言ったのはエゴだ。
はオルフェウスに、イタリアの幼なじみにどっぷりと浸かっているつもりはないかもしれないが、このままだと確実に埋もれていく。
埋もれて引きずられて、そしてこちらに帰ってこなくなる。
半田は段ボールの中から古びた雑誌を取り出すと、ぱらぱらと捲った。
送り主が律儀な性格なのか、付箋が張られたページを開く。
真っ先に目に入った見出しに、半田は再生されている映像へと視線を向けた。
魅入られたかのように一心に1人の選手を見つめているフィディオとが、同じタイミングで同じように頷く。
何がきっかけで頷いたのかゲームメーカーでもスター選手でもない自分にはわからないが、おそらくは彼―――、影山東吾は決定的なプレイをしたのだろう。
誰だって、代表にいるうちは明るく光り輝いている。
もフィディオも、立場は違えど同じ光り輝く存在として通じるものがあったのかもしれない。





「フィーくんたちは明日これをやるつもり?」
「これがミスターKが目指すものだとしたら、きっとそうなる」
、帰ろう。これ以上はやめとけ。そこに写ってる奴高確率でこいつだから」
「こいつぅ?」





 は目の前に突き付けられた雑誌に素早く目を通し、眉を潜めた。
影山東吾が誰かはわからないが、名字だけならばあのグラサン親父とビンゴだ。
は雑誌から目を離すと、再びテレビへと視線を戻した。
周囲を次々と抜き一気に攻め上がる華麗なプレイを見せている選手は、影山東吾にとてもよく似ている。
どうやら、思った以上に深くにまで係わってしまったらしい。
やめた、今日は半田の言うとおり帰ろう。
すべて見なかったことにはできないしリセットボタンも押せないが、セーブをせずに電源を切るスタイルでいこう。
もしも明日の試合フィディオたちオルフェウスがあれをやれば、イナズマジャパンは勝利が遥か彼方へ遠のいてしまう。
ミスターKが与えた必殺タクティクスはまだ完成していないという。
できればこのまま完成してほしくない。
地力に優れたオルフェウスがあれを使ってしまえば、いかにこちらに司令塔を2人擁していようと厳しくなる。
はおもむろに立ち上がるとドアノブに手をかけた。
ここからが本番なのにと引き留めるフィディオに、振り向くことなく帰ると言い放つ。
これ以上は手の内を見せてもらうわけにはいかない。
フェアなゲームをしたいし観たいから、敢えてアイマスクを装着したい。
は隣に立った半田をちらりと顧みた。





「半田、今日どこに泊まんの? あってもなくてもフィーくんと一緒にいること」
「はあ? なんでだよ、俺関係ないだろ」
「フィーくん日本語喋れるけど読み書きは下手っぴだから、そこの内容読んでついでに練習に付き合ったげて。半田私の親友でしょ、私の替え玉くらいできて当然」
ちゃん、彼の意見も聞いてあげようよ。ねえ?」
「いいのフィーくんそんなこと言って。あの鬼道くんに奇才呼ばわりされてるらしい私の親友よ? 私ほどじゃなくてもなぁんかいいかもしれないアドバイスするかもしれないよ?」
「『かもしれない』ばっかじゃねぇか。・・・俺がここにいることでがここから帰るんならそれでいい。読み聞かせだろうが子守りだろうが何だってしてやるよ」
「そうするつもりならぐだぐだ言わずに最初からそう言やいいのに」





 いつ、ぐだぐだと文句を言ったというのだ。
文句を言わせる隙も与えず独裁者ぶりを発揮したのに、まだ足りないのか。
もっとも、今はそんな愚痴はどうでもいい。
今半田が求め望んでいるのは、が最後の最後までイナズマジャパンのチームメイトで、日本のファンでいることだった。
幼なじみだろうが祖国だろうが、ぽっと出の連中にあっさりとを引き渡すわけにはいかない。
半田はを部屋から追い出すと、訝しげな表情でこちらを見つめてくるフィディオに鋭い視線をくれた。






月の使者に弓引くのは、1,000年前からお決まりです






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