71.天下一天邪鬼決定戦










 一足も二足も先にイタリアへ帰ってしまった両親と交わした約束は、イナズマジャパンが大会で敗退次第帰国するというものだった。
早く両親に会いたいとは思う。
一人っ子で両親の愛情を常に独り占めして甘え甘やかされてきたから、肩が凝ってしまうご意見番という名の遊撃部隊生活から早く抜け出したい。
しかし今を抜け出すということは即ち豪炎寺たちが負けるということで、彼らとの別れを意味する。
帰りたくないわけではない。
向こうに帰ればフィディオと毎日会えるし、それはもう楽しいエデンライフが待っているに違いない。
日本で豪炎寺に毎週休日を潰されサッカーに付き合わされていた日々と比べれば、いや、比べるのも申し訳ないくらいに素晴らしい未来が拓けている。
そこまでわかっているにもかかわらず、は帰ることに寂しさを覚えていた。
できることならば大会がずっと続いてほしいとすら思うこともあった。
時間に永遠はない。
有限のものだからこそ人は限りある時間を大切に思う。
今日も、60分という極めて短い時間で豪炎寺たちがベストを尽くせるようにサポートするだけだ。
は関係者専用通路の入り口で待ち受けていた半田へ黙って近付いた。




「よう、
「おは。・・・どう?」
「俺にわかるわけないだろ。練習はしてた、俺は見てた。以上」
「フィーくんは1人で練習してたってこと?」
「そう。・・・はイナズマジャパンの、俺たちのだからな」
「何それ」
「円堂たちが勝つことだけを考えろ。あいつがの何だろうとはイナズマジャパンの大事なコーチだ」
「そんなこと言われなくてもわかってるってば。私だって今日は負けらんないの。
 修也を優勝させるためについてくって大見得切ったんだから、せめて決勝進んどかないとパパたちに何て言えばいいわけ」




 まるで、半田にではなく自分自身に言い聞かせているかのようだ。
半田の報告でオルフェウスの事情が少しだけわかった。
おそらく、オルフェウスはミスターKのこともありチームが一枚岩になりきれていない。
ミスターKを信用しようとするフィディオと信頼できない他の選手たちの間には深い溝がありそうだ。
フィディオが言いかけていた必殺タクティクスは知っている。
伊達に向こうに住んでいたわけでもないから、言葉の意味もわかっているつもりだ。
成功すれば脅威だが、成功さえしなければ脆い難度の高いフォーメーションだ。
オルフェウスを攻めるのは、チームがまとまらない前半か。
は結果的にスパイとなっていた半田にありがとと返した。





「たまには半田を召喚してみるもんだってわかった」
「呼ばれたんじゃなくて、俺がのこと心配で会いに来てやったんだから思い違いすんなよ」
「仕方ない、じゃあそういうことにしといてあげる」




 本当にこいつ、いつでもどこでも傲岸不遜でやりたい放題言いたい放題だよな。
ライオコットへ来てからもっと面倒になった気もする。
だが、勝負事になると無敵ぶっているところが頼もしく見えているのだから世の中上手くできていると思う。
半田は颯爽とフィールドへ向かう親友の何の変哲もない背中に、行ってこいと大声で呼びかけた。










































 ピリピリしているゲームメーカー。
いつものようにベンチスタートのジョーカー。
いつになく難しい顔をしているご意見番。
いつもは何かしら試合前3人で打ち合わせしてるのだが、今日は集まる気配が一向にない。
それぞれ、違う方向へ考えが向いているのだろうか。
選手である鬼道や不動はともかく、ふらふらとつかみどころがないならば大いにありうる。
どうせまた、フィーくんイケメンだなあとかいった下らないことでも考えているのだろう。
豪炎寺は険しい表情でオルフェウスベンチを眺めているの隣に並んだ。




「人に見惚れるのは試合が終わってからでもいいだろう」
「修也、男を上げるチャンス到来」
「どういう意味だ」
「私を賭けた新旧幼なじみ対決ってこと。言っとくけど修也、相当後ろ走ってるから」
「どういうことだ、幼なじみがいるのか?」
「いるからそう言ってんでしょ。修也昔からお喋り下手だったけど今も成長しないよねー」
「・・・その話は試合が終わってから詳しく聞かせてくれ。私情は挟むなよ」





 誰に向かって物を言っているのだ。
どこのメンタル弱キングが偉ぶっているのだ。
余計なお世話と言葉だ、今すぐ撤回しろ。
試合に私情を挟むプロに忠告されたは、むうと眉根を寄せると思いきり豪炎寺の背中を叩いた。
グーではなくパーにしたのは優しさと、彼の頭の中を表現したからだ。
グーで殴ったおかげで負けて、の拳骨のせいで負けたんだと言われないための保険でもある。
わがままで自己中心的、相手の心中を慮るということを知らない豪炎寺は何を言い出すかわからない。
こちらが不用意に傷つくことがないように事前にバリアを張っておくことが一番の対抗策だった。





「少し前から思っていたんだが、だんだん粗くなってないか?」
「気のせい気のせい。ったく、やってもらってるだけで満足できないわけ?」
「送り出すというよりも最近は本当に叩くだけの悪意を感じる。今日くらいまともにしてくれてもいいだろう。俺にとってもにとっても大事な試合なんだ」
「私は試合に順位はつけないことにしてるの」





 四の五の言わずにさっさと行け。
はもう一度豪炎寺の背を今度は先程よりも柔らかいタッチで送り出すと、定位置のベンチへと向かった。
ベンチの中でも座席指定がなされているのか、不動の隣が1人分空いている。
たまには小暮や立向居の隣に座りたいが、今でも敬遠されているのかいつも不動の隣しか空いていない。
選手たちよりも先にベンチに陣取っていても、狙ったように不動が隣へやって来る。
あまりにもしつこく、そして懐いてくる不動の奇怪な頭をそのうち猫か犬と勘違いして撫でてしまいそうだ。
撫でた先に待ち受ける結末は預言者でなくても簡単に思い浮かぶ。
叱られる一択だ。





「あっきー、鬼道くんずっとあんな感じ?」
「昨日も1人で粋がってたから俺と佐久間クンで付き合ってやった。3人の決着は3人でつけんだよ」
「あっきーはベンチスタートだけどね」
ちゃん、俺を苛めて楽しい? すぐに出てやるからその時はよろしく」
「またねあっきーさようならだっけ?」
「違うだろ。いってらっしゃ「カテナチオカウンターだ!」・・・は?」





 不動の声を遮り、フィールドいっぱいにフィディオの声が響き渡る。
突然の聞き慣れないかけ声に鬼道たちの動きが止まる。
話し続けていた不動すらフィディオを凝視している。
はひときわ深くベンチに寄りかかると、失敗とぼそりと呟いた。
オルフェウスイレブンの動きを見ただけでカテナチオカウンターが不発だとわかる。
フィディオがどんなに声を枯らして叫ぼうが、彼の願いは仲間たちには届かない。
流れ星は人の願いは叶えるが、自分の願いを叶えることはできない。
願いどころか、光り輝くことすらできない。
はチームの輪から弾き出された迷い星を見つめ両手を握り締めた。





「仲間割れしてんのか、あいつら。余裕じゃねえか」
「余裕で喧嘩してるあっちから1点も取れないんだから、イナズマジャパンも高が知れてる。グラサン親父はこんなチーム潰して楽しいかなー」
「素直なのはいいことだけど、俺らの士気下げるのはやめてくんねぇかな」
「カテナチオカウンターなんかなくたってフィーくんたちは負けない。勝てはしないけど負けもしない。フィーくんたちは負けなきゃいいのに、グラサンは勝つための作戦を持ってきた。それはなんで?」
「俺らを潰すためだろ」
「それはグラサンと絡んでる人たちが考えることでしょ。色眼鏡で見ない人は、オルフェウスの監督は消化試合じゃなくて勝ちにきてるって思う」




 サングラスなだけにと付け加えると、はオルフェウスイレブンに一瞥をくれた。
イナズマジャパンが勝つためには、前後半通してずっと生温いプレイをしていてもらった方が都合がいい。
しかし、サッカーを楽しんで観る者の心情としてはより完成度の高い試合を期待する。
FWをマークするのはどこのチームだってできる。
FWをマークしたばかりに後方から上がってきた吹雪に気付かず、ようやく気付き慌てたために豪炎寺から注意を逸らしクロスファイアを受けることも、そこらのチームならばやりがちな失敗だ。
オルフェウスはそこらのチームではない。
世界大会へ出場を果たし、並み居る強敵に敗北を喫することなくフィールドに立つ世界屈指のハイクオリティチームだ。
不甲斐ないプレイを白熱のバトルと錯覚することができるのは熱に酔いしれる観客だけで、観客としてのレベルが高いこちらの目は騙せない。
イナズマジャパンは、この程度の戦いしかできないチームのために河童に出くわしセンチメンタリズムになっていたのか。
勝てやしない既存のスタイルを守ることに固執した挙句意思疎通を図ることを捨てた、秩序なきチームと戦い続けるのか。
ふざけるな。試合を、世界を馬鹿にするな。
1人懸命に戦うフィディオを無視するな。
追加点を狙った豪炎寺のシュートを間一髪でフィディオが防いだのを見届けると、はゆらりと立ち上がった。
半田がしきりに言っていた意味がやっとわかった。
半田は何もかもわかっていた。
ただ闇雲に訳のわからない言葉を連ねていたわけではなく、こうなると薄々気付いていたから警鐘を鳴らしていた。
恐るべし親友、あれの目はどこを見ているのだろう。
はライン際まで進み出ると、ゆっくりと口を開いた。





「ばっかじゃないの?」
・・・? 何言ってるんだ
「修也たちに言ってんじゃない。あんたらさあ、イナズマジャパン舐めてんの? ここまでの戦いでよーくわかったでしょ、今のままじゃ勝てないって」
「な、何を言ってるんだお前・・・。フィディオ、こいつはお前の・・・?」
「おいちゃん、余計なこと言ってねぇで帰って来いって! ハウス・・・いや、ベンチ!」
「自分らあのグラサン親父に何かされた被害者ぶってるけど、痛い目遭ったのいっぺんだけでしょ? 私なんて未遂も入れたら3回くらい拉致されてんだから1回の意地悪くらいでめそめそ言わない」
、ベンチに戻ってくれ。こいつらを焚きつけるな・・・!」
「鬼道くん、こんなに湿気た人たちに火なんてつくわけないじゃん。それに鬼道くんだってほんとは興味あるんじゃない? カテナチオカウンター」
「それは・・・! ・・・たとえそうだとしても、俺たちは勝たなければならない。だから頼むの発破は効きすぎるからこれ以上はやめてくれ!」





 鬼道に言われずとも、これからどうすべきかくらいきちんとわかっている。
言葉通り、やめなければならない。
あろうことか敵を鼓舞してしまうとは、本当に半田の予言通りになってしまった。
もしかしたら、予想以上の事態を引き起こしてしまったかもしれない。
は久遠を見つめた。
無言で見つめ返してくる久遠に小さく頭を下げ、ベンチを後にする。
これでいい。今回はここにいるべきではない。
あの場にいたとしても何かができるわけでもない。
誰もが皆、影山零治という1人の男の呪縛から逃れるべきなのだ。
鬼道も不動もフィディオも、そして本心では他の誰よりも熱いサッカーを望んでいる世界一の天邪鬼影山自身も。





「久遠、俺は長い目で見れば彼女の離脱は吉にはならんと思うがな」





 響木に言われずとも、こちらも一応は人を見る目を買われ監督に座に就いているのだからわかっているつもりだ。
はチームという枠に組み込むには大きすぎる。
彼女は単にサッカーが好きなだけなのだ。
好きだから許せない、それだけの思いが発露した結果が目の前の光景に繋がったのだ。
たかが1人の女の子がチームを劇的に変えてしまうのだから、言葉はまるで魔法だ。
先程までのちぐはぐなプレイを見せていたチームと同じとは思えないオルフェウスイレブンの緻密な動きに、久遠は静かに息を吐いた。







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