こいつ、やっぱりやりやがった。
観客席からはもちろんフィールド上の声は聞こえないが、半田はがオルフェウスの選手たちに向かって声を荒げていることでうっすらと事の次第を悟っていた。
しつこいまでにあれほど言い含めたにもかかわらず、こちらの話をてんで聞かなかったは恐れていたことを平然とやってのけた。
いや、仮に話を聞いていたとしてもならば同じことをやっていたかもしれない。
なぜなら、は仲間という一見強固に見えて実は他の何よりも脆い関係性に興味の欠片も抱かないからだ。
自分がどんな立場にいようが、理性ではなく感情で動くから今のがいる。
半田は隣でぼんやりと試合を見下ろしているの背中をばしりと叩いた。




「後悔するようなことなんでしたんだよ」
「後悔はしてない。だってフィーくんたち、さっきよりもきらきらしてるもん」
「そりゃあんなプレイできたら光りもするだろ。カテナ・・・なんだっけ? あれだろ、あいつがやりたくてが見たかったのは」
「動いてるフィールドプレイヤーみんなの動きを見切ったゲームコントロールと、いつでも一歩先を読んでる戦術眼。さっすがフィーくん、私の幼なじみ」
「幼なじみのせいで幼なじみが苦しんでんだけど。・・・これで負けたらどうすんだよ」
「勝とうが負けようが私はもうあそこにはいられないんじゃないかな。だって私、みんなを裏切ったんだし」
「裏切り者、ねえ・・・。それにしちゃあっさりしてんな、お前」
「言っちゃったもんは仕方ないでしょ。ここに立てるのはサッカー少年の0.1パーセント。
 半田はもちろん、みんな行きたくても行けなかった夢の舞台で全力出さないでぐずぐずしてるなんてここに来れなかったその他大勢に失礼じゃん」





 はオルフェウスに肩入れしたつもりは微塵もなかった。
どちらかといえば、彼らには憤りを感じていた。
苛々していた。
1人1人に張り手を飛ばしたかった。
だから励ましたつもりも発破をかけたつもりも、ましてや鬼道がいうように焚きつけた覚えもなかった。
怒りに任せて叱責したと言った方がしっくりする。
しかしそれはあくまでもだけの解釈で、周囲にはそうは見えなかったかもしれない。
ご意見番があろうことか試合中に寝返ったとしか見えなかったはずだ。
そう見えてしまったことを弁解するのも面倒だった。





「あーあ、鬼道くん囲まれちゃった」
「もしも、もしもの話だけど」
「んー?」
「もし、がカテなんとかの結果がこうなるって知ってて、でもってその攻略法も知ってるとしたら、俺はは将来どっかのチームの監督になってると思う」
「半田、割と前からそれ言ってる気がする」
「それだけお前の才能を認めてんだよ。だって考えてみろよ、あの影山が作った必殺タクティクスをたった5分10分で攻略できるんだぜ? それってすげーことだよ」
「私がご意見番になってわかったこと教えたげる。潰し方知ってても、実際に潰すのは修也たち選手だから所詮は私の想像止まり」





 このことに関しては、サッカーができれば良かったと悔やんだことは一度もない。
人には向き不向きというものがあり、仮にサッカーをやっていたとしても世界で戦えるだけの技量が身についていたかといえば答えはノーで即答できる。
は完成した必殺タクティクスカテナチオカウンターに気圧されあっという間に同点に追いつかれた豪炎寺たちを見やり、次いで影山へと視線を移した。
これほどまでに素晴らしい作戦を思いつくことができるというのに、なぜ彼は今までずっと変態ロリコン親父でいたのだろう。
本当は誰よりもサッカーが好きなのに嫌いなふりをしてヒール役になって、彼ほどわかりにくく、そして裏表が激しい天邪鬼は見たことがない。
の天邪鬼ランキングの暫定1位が不動から影山へと変わった。
おそらくこれから先、影山を超える天邪鬼は現れないだろう。
そう簡単に天邪鬼が量産されても扱いに困るだけなので、できれば今後天邪鬼を名乗ろうとする連中は目の前に現れないでいただきたい。






「やあ、ここは空いてるか?」
「はいどうぞ」





 大事な一戦に遅刻してしまったらしい新たな観客のために、席を詰めてやる。
隣に座った見ず知らずの少年に面白いゲームになったなと問われ、はこくんと頷いた。
今は試合観戦に忙しいのでナンパは後にしてもらえないだろうか。
顔と性格が良ければ話を聞いてやらないこともないから、あと1時間あまりは静かにしていてほしい。
の願いを聞こうとはまるで考えていないのか、少年はと同じようにフィールドを見下ろし口を開いた。





「フィディオのゲームメークはさすがだな。ここにきて彼の才能が一気に開花した」
「フィーくんが中心にいるからできるカテナチオカウンターだし、やればやるほどフィーくんってば強くかっこよくなるからやんなっちゃう」
「あれは、一見すると隙だらけに見えるけど果たしてイナズマジャパンは引っかかるかな?」
「やりはすると思う。私も実のところはいっぺんやってほしいなあとは思ってる」
「ほう? なぜ?」
「インターセプトされてからのフィーくんの動きが見たいの。ひょっとしたら合鍵があるかもでしょ」
「・・・やっぱり君はすごい才能を持っている」
「へ?」
「俺は強い相手と戦いたい。イナズマジャパンの強さはこんなものじゃない。彼らを強くできるのは君だ、イナズマジャパンのご意見番さん?」
「・・・新手のストーカーさんですかこの野郎」





 天邪鬼の増殖阻止を祈る前に、ストーカーの絶滅を願うべきだった。
初対面の美少女を親友から引き剥がすべく立ち上がらせフィールドへと繋がる関係者用通路へと導く少年の背中を、は刺殺さんばかりの視線で睨みつけた。







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