オルフェウスは作戦のネタ切れというものを知らないらしい。
鬼道はようやく突破できたカテナチオカウンターがオルフェウスのキャプテンにして天才プレイヤーヒデ・ナカタの出場によって進化を遂げたことに焦りを感じていた。
フィディオを突破することができても、進む先には必ずヒデがいてボールを奪われる。
奪われたボールは奪い返せばいいが、彼が加わったことによりさらに隙がなくなったオルフェウスイレブンの怒涛のカウンター攻撃に晒されてしまう。
一度は死守したゴールも、立て続けに攻められれば円堂も耐えられない。
ヒデの必殺技ブレイブショットにより再び勝ち越しを許した鬼道は、新たにチームの柱となったヒデを凝視した。
今日は何としてでも勝ち、本気の恩師を越えなければならなかった。
そうすることが今まで鍛え上げてくれた影山に対してできる最大の恩返しだと思っていた。
今日を逃せばもう次はない。
が自身の去就と引き換えに与えてくれた機会を、鬼道は大切にしたかった。





「キャプテン、やっぱりあなたがいるといないとでは大きく違う」
「そうかな。・・・だが、そろそろ彼女が戻るはずだ」
「彼女? ・・・まさか」
「彼女は彼を本当によく見ている。それは決して、フィディオにとって良いことではないが」




 ヒデは言葉を切ると、ちらりと通路へと視線を向けた。
別れた時と変わらず、壁にもたれかかったまま試合を眺めている。
はフィディオを見ているようで見ていない。
何かと比べなければフィディオを見ることができていない。
それは、長い間離れていたがゆえ仕方がないことかもしれない。
少なくとも今のはまだ、フィディオよりもイナズマジャパンをより深く見ている。
深く見ているからこそわかることもあるはずだ。
そしてきっと、の考えは誰も思い浮かばない。
技術や物理的なものではなく、精神的に支えるのがご意見番の真の役目なのだと思う。
人を平気でストーカー呼ばわりする子が女神なのだから、世の中は面白く恐ろしいことで溢れている。





「豪炎寺、は根に持つ性格だろうか」
「こっちが驚くほどに割り切る。3を2で割った時に出るはずの余りを真っ二つにしてでも割り切る潔さだ」
「俺は一度、を拒絶した。それでもは俺に手を差し伸べてくれると思うか?」
「たった一度邪険に扱ったくらいで終わる仲なら、俺とは8年前にとっくに終わっている」
「それもそうだな。・・・言葉が、聞きたい」





 気の利いた優しい言葉なんて高望みはしない。
いつも通り歯に衣着せぬ率直な意見を聞かせてほしい。
豪炎寺に浴びせるような罵詈雑言でも構わない。
風丸へのエールも、間接的には元気になれるからそれで妥協する。
いつまでもカテナチオカウンターを攻略しきれない不甲斐ないゲームメーカーだが、今だけは気まぐれでいいから言葉が欲しい。
1人じゃないでしょとどこからともなく聞こえてきた声に、鬼道は勢い良く顔を上げ周囲を見回した。





「前も言ったじゃん、今のままだとまず無理だからペンギンさんの練習すればって。鬼道くんあの時はわかってたのに今は忘れんぼ?」
「忘れてなどいない。忘れるものか、あの日も俺はに当たり散らしたからな・・・。ありがとう、これで俺は戦える」





 届くはずのない小さな声で感謝の言葉を呟いたにもかかわらず、視線の先のの表情がふっと緩む。
鬼道はの背を向けるとオルフェウスイレブンを見据えた。
1人で戦っているわけではない。
仲間と考え生み出し、育てていくサッカーに雷門中で出会った。
誰かに決められたシステム的サッカーのように完璧ではないが、柔軟で勢いのある雷門サッカーが好きになった。
好きなサッカーを今日もやればいい、ただそれだけのことだったのだ。
鬼道は全員が繋いだパスを受けると、カテナチオカウンターを受ける覚悟で前線へ持ち込んだ。
案の定囲まれるが、フィディオの動きを読み切りかわす。
次いで現れたヒデに向かいにやりと笑うと、鬼道はぴたりと背後につき従っていた不動と佐久間と目配せを交わした。
影山を破るために編み出した皇帝ペンギン3号がコロッセオガードを破りゴールに突き刺さる。
初めて恩師を破った高揚感が全身を駆け巡る。
これでやっと追いついた。
追い越すためにはあと1点、勝ち越しの決勝点を挙げなければ。
残り時間わずかとなったフィールド上を一心不乱に駆ける。
フィディオとボールを奪い合い、高くボールが宙に舞う。
空を泳いででもパスを繋いでやる。
ジャンプの体勢に入った鬼道の耳に飛び込んできたのは、観客の声援でもの喝でもなく、試合終了を告げるホイッスルの音だった。






そのうちストーカーイレブンができそうな予感






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