誰もいない海に向かい、大きな声で馬鹿と叫ぶ。
俺に言ってるみたいに聞こえるからやめろと隣で非難の声を浴びせられても、構わず馬鹿と叫ぶ。
3度目の中止依頼でようやく絶叫をやめたは、砂浜に座り込み呑気に砂の城を作っている半田を見下ろした。




「死人に馬鹿はやめとけ」
「だってグラサン、つい昨日私に大きくなったら女帝になれって言ったのに」
「どんな遺言だよそれ。なに、は将来どっかの国のお妃様にでもなるのか?」
「なれるんならなりたいけど、そんなんじゃなくてもう、茶化すの駄目!」
「俺だってどう言えばいいのかわかんないんだよ、こういうの初めてだから!」




 緩やかに打ち寄せた波が城を崩す。
半田はのっそりと立ち上がると、やや離れたところで円堂やヒデたちと並んでいる鬼道へと視線を移した。
気を遣ったのか単に行きにくかっただけなのか、鬼道の元へ向かわずこちらを呼び出したの選択は外れではないと思う。
豪炎寺や風丸でもいいのではとも思ったが、選ばれたことに変わりはないので面倒な役は甘んじて受けようと腹を決めた。
が影山を嫌っていることは知っている。
の『馬鹿』はただの馬鹿発言ではない。
だから、ともすれば愛情表現の1つともなる馬鹿呼ばわりを影山が受けていたことには驚かされた。
いつの間に奴と心を通わせたのか、知られざる過去がそれなりに気になりもした。
しかし、いくら気にしたところでと彼との関係はこれ以上進展することはない。
影山はすでにこの世にはいない人となっているのだ。
どんなに願っても彼はこの世界には再び現れやしない。
あまりにも唐突な死だった。





「私、正直今でもそんなにグラサン親父のこと好きじゃないけど」
「その呼び方からして嫌ってるってわかるけどな」
「昨日ちょっと見直したけどやっぱり嫌いになった。約束、守ってくれなくちゃ」
「お前約束好きだなあ。人に守らせてばっかで自分は守ってんのか?」
「守れる自信ないからそもそも指きりしない。私、束縛されるのやなの」
「今の時点で考え方は一人前に女帝だよ。・・・俺、明日帰るけどとはこれっきりかあ・・・」
「明日お見送りしたげるからこれっきりじゃないよ。それにこっちに会いに来ればいいじゃん、お隣フィーくん家だからそこに泊まればオールでトークし放題」
「マンガみたいな家の造りだな、それ」





 宿福へ向かってとてとてと歩きながら、これからについて話をする。
は死ぬわけではないが、しばらく会えなくなることには変わりない。
あいつは近いうちに一気に大事なもんを失くしてくんだなあ。
半田が眼前の鬼道を見やりぽつりと呟くと、もつられたように鬼道へ視線を向けた。




「鬼道くんはグラサンのこと好きだったもんね」
「いい加減影山って呼んでやれよ、ゴーグルがグラサンって紛らわしい」
「あの人いなかったら私の話聞いてくれる優しい鬼道くんはいなかったかもしれないんだから、そこだけはグラサンに感謝してもいい」
「そういう言い方されても影山浮かばれないって」
「そう、今の落ち込み鬼道くん見ててもグラサンはいい気分にはならないと思うわけ。ああなっちゃうくらい悲しいってのはわかるけど、でも、なんか」
「ほっとけない?」
「うん」
「だよなあ、お前こんなんでもお母さんで、やり方はどうであれ慰め屋ポジションだもんなあ」





 行っていいかなあと珍しく気弱にこちらの意見を求めてくるに黙って頷く。
行きたいのであれば行けばいい。
いつもどおりの荒療治をしないとも限らないが、今しがたのの態度を見ていれば大事故は起こらない気がする。
それに鬼道の頭はの言葉であればなんでもいいという割と便利で単純な構造をしていたから、多少のミスも大目に見てくれそうだ。
半田のゴーサインを受けたが鬼道に駆け寄る。
何かを言うでもなく、膝を抱え座り込んでいる鬼道と背中合わせになるように腰を下ろす。
てっきり賑やかに騒いでお得意のシリアスクラッシュをするかと思いきや、意外すぎるの行動に半田は目を疑った。
あのが遠目からではあるが天使に見える。
天使とは褒めすぎだが、まっとうな思考回路を持つ女の子に見える。
おもむろにポケットから取り出したゴーグルを鬼道に差し出すまでは、至極普通の悩める少年に寄り添う心優しき女の子に見えた。





、これは・・・」
「返してるわけじゃなくてほら、泣きたいならこれ貸したげる。元々は鬼道くんのだったけど今は私のだから貸すで合ってるでしょ?」
「・・・ああ。・・・総帥は俺たちに夢を託したな。俺は夢を叶えたい」
「ちょっと押しつけがましかった気もするけど」
「それがあの人の話し方なんだ。・・・ありがとう、本当にありがとう。そしてすまなかった」
「こっちこそごめんね、あんなこと言っちゃって。でも、鬼道くんならできるってわかってて言ったんだからもっと自分を大きく評価すること」
と話していると涙も出ないな。女帝になる日は近いぞ」
「マジで? じゃあその時は鬼道くんは私の騎士だ」





 色んな嫉妬買って殺されたらやだから、その時はちゃんと守ってね?
否と答えようのない申し出もとい命令に、鬼道は背中越しに約束を交わした。






享年いくつなんだろう






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