73.めがみさまとめがみさまやで










 帰る気満々で準備していた荷造りが無駄になってしまった。
は空港で搭乗手続きにもたついている半田の背中を苛々しながら見つめていた。
旅行をしたことがないのか、手荷物1つ預けるのにも苦労している。
あぁだのうぅだのと日本語ですらない呻き声ばかり上げ、グランドスタッフも困惑の表情を浮かべている。
隣のカウンターの土門を見てみろ。
半田よりも5分も遅く来たのにもう手続きを終えている。
半田はいったい何をまごついているのだ。
もたついていた半田がくるりとこちらを振り返る。
必死の表情で手招きされ、は渋々カウンターへ向かった。





「いつまでやってんの? まだるっこしい」
さん、お願いがあるんですが」
「何なのその喋り方、人に頼みごとある時は様づけでしょ」
「そっちか!? ・・・この人が言ってることがわかりません」
「なんでそのくらい自分でできないわけ。土門くんできたのに」
「土門はアメリカ育ちの帰国子女だろ。日本生まれ日本育ちの俺にはハードル高すぎるんだよ」
「ったく、めんどくさい」






 半田を脇に押しのけスタッフと相対する。
どこにまごつく要因があったのかわからないほどあっさりと終わり手に入れた搭乗券を半田に握らせる。
だから半田は半田なのよ、日本語ほんと下手だなお前。
恩人に対して感謝の言葉ひとつ口にしない半田の頬をぎゅうとつねると、堪らず半田が悲鳴を上げる。
くすくすと笑い声が聞こえ、声のした方へ視線を向ける。
一之瀬の身を案じて一足先にアメリカへ帰る土門と、彼の見送りにやって来た円堂と秋がおかしげに笑っている。
変わんねぇな2人はと土門にからかうように言われ、はむうと眉を潜めた。





「まさかライオコットでもお前らの漫才聞けるとは思わなかったなー」
「どつき漫才にでも見えたか?」
「いや、夫婦漫才」
「土門くんは私に恨みでもあるわけ? なぁんか昔っから土門くんちょくちょく私に酷いこと言ってる気がする」
「いやいやまさか。俺はただ観賞用はあくまでも観賞用として見られる距離で付き合いたいと思ってるだけで」
「秋ちゃん、秋ちゃんの幼なじみに張り手飛ばしていい?」
「えっ!?」




 土門も、一之瀬と受診する科は違えど入院して口の悪さを治してもらった方がいいと思う。
本人には悪気がないのかもしれないが、土門の発言は時々毒素がある。
観賞用という単語が必ずしも褒め言葉でないことは知っている。
どこの誰が観賞用と言い出したのかわからないが、犯人を見つけた暁にはそいつに弁解の余地を与える間もなくアイアンロッドでぶちのめそうと決めている。
だから、いつ犯人を見つけてもいいようにアイアンロッドもライオコットへ持ってきた。
さすがに今日は持ってきていないが、あれは部屋のベッド脇に立てかけられている。
いつぞやのキュウリ夜這い事件(とヒロトが名付けた)以来、は夜に警戒心を抱くようになっていた。
怖くなったらいつでもおいでと風丸も申し出てくれているので、怖くなくても近いうちに枕持参でお邪魔しようと思う。
優しい風丸のことだ、きっとぎゅうと抱き締めたまま眠らせてくれる。
は土門や円堂を見送ると、忘れ物でもしたのか鞄を漁っている半田を見やった。
お目当ての物を見つけたのか、引っ張り出したそれを手渡される。
お土産にしてはタイミングがずれにずれている。
お土産というのは出会った時に渡すもので、別れ間際に渡しはしない。





頑固だから、やっぱ豪炎寺に言わないんだろ?」
「言ってどうかなるもんでもないし、下手に言って監禁とかされたら嫌じゃん」
「・・・じゃあそれ、豪炎寺に土産だって渡しといてくれ」
「開けていい?」
「なんで豪炎寺宛てのをが開けんだよ。お前はだろ、いつ豪炎寺の嫁になったんだおめでとう」
「気味悪いこと言わない! んー何だろ、本?」
「何だろうなー」
「はっ、まさかエロ本か。そっちかそっちでビンゴか」
「あぁもう黙って渡せ!」





 おぞましい想像を始めたに開けるなと何度も念を押す。
しつこいうるさいそんなんだからモテないんだとまたもや暴言を吐き散らすを叱り飛ばすと、元はといえば半田が悪いと責任転嫁される。
馬鹿にされ貶されているはずなのになぜだろう、思ったよりも怒りが湧いてこない。
これで最後だとわかっているから、苛々せずにギリギリまで騒いでいたいと心が願っているからかもしれない。
半田はこちらのセンチメンタルな気持ちも知らず、暢気に預かり物の包みを天にかざし中身を透かし見ようとしているを見つめた。
最後くらいこちらを見てほしい。
半田はを大声で呼んだ。
突然の指名にがばっと顔を上げる。
思い出したように手を大きく振り始めたに、半田は同じように手を振ると飛行機へと消えていった。

































 別れの最後までぐずぐずともたついていた半田を見送り、宿福へ戻るべく踵を返す。
クビにもならずチームも決勝トーナメントへ残れたのだから、これからは少しだけ心根を入れ替えて練習に取り組もうと思う。
当初の予定通り、中学校に進学した去年から何かと苦労ばかりで厄年真っ最中の豪炎寺に優勝トロフィーを抱かせるために発破をかけ続けようと思う。
FW繋がりで染岡や虎丸にも厳しく接しそうだが、染岡は短期間とはいえ耐性があるので大したことはないだろう。
虎丸はこちらにすぐに甘えたがるので、撫で撫で1回と引き換えといえば何だってやる。
何かとセクハラをしてきた吹雪はDFに転向したので安心だ。
佐久間はポジションがどこなのかもはやわからない。
帝国戦で見た時のFWは幻覚だったとさえ感じてしまう。
とりあえず帰ったらまずは風丸にお帰りのハグと頑張ろうのハグをしてもらおう。
脳内といち早く風丸色に染め歩いていると、背後からぐいと腕を引かれ通路へと連れ込まれる。
すわ不審者か、私を狙ってくるとは見る目があるではないかそこだけは褒めてやろう。
対不審者戦をシミュレーションしていたは、腕の次にがくがくと肩を揺さぶられ舌を噛んだ。





「あんたや! あんたイナズマジャパンのマネージャーやろ?」
「ひはう」(違う)
「リカやめなって。びっくりしてるじゃないか、彼女」





 イナズマジャパンのレプリカユニフォームを身につけた2人の少女ががやがやと騒いでいる。
どこかで見たことがある気がするが、話したことがないのでこれといった印象がない。
揺さぶりから解放されたは改めて不審者(仮)を観察した。
まったく面識がないのにまるで知り合いのように接してくるフレンドリーさに若干の警戒心を抱く。
冬花も初めはこうだった。
半田と日本代表選抜戦を観戦していた時に突然会話に割り込んできたのが冬花だった。
冬花のその後はあれである。
あれが前例として君臨している以上、今回も警戒心は抱いたままにしておかなければ。
ああだが、その前にマネージャーでもなんでもないただのファンだと言っておこう。
彼女たち、特に関西弁の方とは係わるとろくなことがないと乙女の勘が告げている。
はこほんと咳払いするとあのうと声を上げた。





「お宅ら誰?」
「あんたうちらのこと知らんのん? イナズマジャパンの勝利の女神っちゅうんはうちらのことやで!」
「女神? はっ、もしかして同業者か」
「はあ? あんたはマネージャーやろ、女神やあらへん」
「ノン! 私もマジ女神とかマジ天使とか風丸くん鬼道くんに言われっぱ人生歩んでる! 近いうちには女帝にもなれるって太鼓判押されてる中学生とか私くらいだってば」
「なんやて? ・・・あんた、ただのマネージャーやあらへんな? おもろいやん、あんた名前何?」
「イナズマジャパンのご意見番にして風丸くん位置のファン、とは私のことよ!」
「へえ? うちは浪速のビューティープレイヤー、イナズマジャパンの勝利の女神浦部リカや!」





 どーん、ばーん、はぁ・・・。
うわあ、なんだか会っちゃいけない2人が出会ってしまった運命の瞬間に立ち会ってしまった気がする。
あの子テレビで観たから関係者やで捕まえれば鬼に金棒やと意気込み捕獲したのはいいが、これほど変わった子だとは思わなかった。
しかもあのだ。
宇宙人を倒すためにイナズマキャラバンに乗っていた時に聞かされた鬼道の想い人その人ではないか。
下手なことをしたら鬼道と風丸に叱られるどころでは済まない。
頼むリカ、その子は宇宙人よりもお前のダーリンよりも扱いに困る貴重品だ。
塔子は祈る思いでリカを顧みた。
どこに興味を抱いたのか、リカが面白そうに笑いまたもやの腕を引いている。
美少女が増えればエロ親父が値引いてくれるかもしれないから連れて行くと言って聞かないリカに、必死に翻意を迫る。
の顔を見てみろ、心底迷惑そうな表情を浮かべているではないか。
行くで塔子エサ使って節約観光やと息巻くリカに連れられ、塔子とはライオコットショッピングエリアへと連行されていった。







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