木戸川フレンドも金遣いがなかなかに荒いいわゆるギャルめいた子だったが、リカの方が彼女よりも数段ギャル度が高い。
は言われるがままに店主との通訳続け渇いた喉にジュースを流し込み深く大きくため息をついた。
座っているベンチの周りには、リカが買い求めた大量の紙袋が置かれている。
鉄パイプよりも重い物は自分で持たず人に持たせることを信条としているにとって、紙袋持ちは苦痛以外の何物でもない。
サッカー観戦帰りに立ち寄る買い物では、荷物が増えても常に豪炎寺が持っていた。
気が付けば豪炎寺がいつも持っていた。
これは丈が短すぎるあれは茶より赤がいいとかなり口やかましく買い物に注文をつけていたが、荷物持ちの戯言だからと2割は聞き流していた。
しかしリカはどうだ。
あれがいいいやこれは駄目だと漫才のような会話を1人で繰り広げ、は彼女ほど独り言が多い人物を見たことはなかった。
もしかしなくてもリカは友だちが少ないのだろうか。
1人で好き勝手に喋り倒して満足してしまうから、友だちになろうとした人々はつまらなくて遠ざかっていったのではないだろうか。
自業自得だ。
無口なのもいけないが、饒舌すぎるのも良くない。
何事も程々が大事だ。
はリカを反面教師に認定した。





「あんた意外と使えるわ、やるやんご意見番」
「ご意見番暇じゃないからいい加減解放して」
「せやなー・・・。あ! あれ見てみ!」





 だらりとベンチで寛いでいると、リカに突然腕をつかまれ再び引きずられる。
今度はどこへ連れて行くつもりだ。
少しくらい休憩させてくれ。
同じ女子とはいえサッカー部で毎日体を鍛えているリカたちと違いこちらはただのか弱い乙女で、体力は常にカツカツの状態なのだ。
露店の前でしゃがみ込みアクセサリーを物色し始めたリカからそっと離れる。
リカの行動にげっそりとやつれている塔子になんとかしろと窮状を訴えるが、あたしにも無理だからここまで来ちゃったんだよと言い返される。
なるほど確かに塔子の言うとおりだ。
さすがは総理ご令嬢、相手の糾弾をのらりくらりとかわす技に長けている。






「見てみこれ、めっちゃ可愛いやーん!」
「えーそうか? 趣味悪くないか? なぁ」
「うん、そういうの私には似合わない。何つけても似合う私が言うんだからこれほんと」
「自分何様やねん。おっちゃん、これ何? ライオコットの民芸品?」





 特に気に入ったのか、ブレスレッドを取り上げたリカが2人の店主に尋ねる。
マントフードを被り笑う店主たちの顔は、笑顔のはずなのにちっとも心が温かくならない。
は露店から一歩後退すると、他人のふりに徹することにした。
触らぬ不審者に実害なしだ。
不審者予備軍にも係わらない方がいいに決まっている。
ブレスレッドのどこに気に入ったのか、店主から無料で譲り受け上機嫌のリカを良かったねぇと棒読みで称賛する。
由緒正しい品が露店で、しかもただで手に入るわけがない。
うさん臭くてきな臭くて、デザイン以上に気に入らない。
不満げにむうと眉根を寄せたは、店主からもしと声をかけられ渋々振り返った。





「何ですか」
「ほれ、お前さんにも何かやろう」
「いらない」
「何言うてんの、もらえるもんはもらっとき」
「ただより高いものはないっていうだろ。今のはさんが正しい」
「そう、私が正しい。例えばこのネックレス、修也から押しつけられたっきり外したら叱られるようになったまるで呪いの首輪」
「豪炎寺が? なんだか意外だな」
「みんな修也を買い被ってるだけなのよ。ネックレスもストラップもゴーグルも髪留めも間に合ってるから、もう当分貢いでもらわなくていい」





 後は指輪があれば貢ぎ物コンプと豪語するに、店主は笑みを深くするとマントフードの中から小さな箱を取り出した。
とっておきの掘り出し物と前置きしこちらへ差し出す。
可愛い指輪やんあんたもらわへんのならうちがもらったるわと横取る気満々で言い切るリカに、欲しいならどうぞと譲ってやる。
リカがうきうきとした手つきで箱を取ろうとした直前、店主がすっと手を引っ込める。
これはそちらのお嬢さんにと指名されリカがブーイングを上げる。
非難の声や視線を浴びせられるいわれはないのに、なぜ悪役じみた扱いをされなければならないのだ。
はじとりと店主を見据えた。
よほど受け取ってほしいのか、さあさあと押しつけてくる。
いらないと言うと、何か言ったかのうとここぞとばかりに老人スキルと引っ張り出し聞こえなかったこととして処理される。
どうやらもらってやるしかないらしい。
はのろのろと箱を受け取ると財布を取り出した。
いくらと尋ねるとただでいいと返される。
怪しい。
露店の商品は市場よりも割高というのが相場なのに、ブレスレッドも指輪もただとは怪しいとしか思えない。
はもう一度、先程よりも強い口調でいくらと尋ねた。





「いいから持っておゆき」
「商品ただでもらったらこっちがカツアゲしたみたいでしょ。私不良になりたくないもん」
「強情なことよ・・・。わかったわかった、後で金額分の働きを頼もう」
「何それ、変なバイトはやだ」
「もうええやんもらっとき! しつこい女は嫌われるで」
「浦部さん軽すぎ。そうやってふらっふらしてるといつか絶対厄介事に巻き込まれるって」
「あんたが心配症やねん。豪炎寺の首輪つけとんのやったら何かあっても豪炎寺が助けに来るやろ。もちょっとダーリン信頼し!」
「来てくれたことないし、そもそも修也ダーリンじゃない」




 ああもう、どうしてこの2人はすぐに衝突しちゃうんだろう。
どうしてお互い火に油を注ぐようなことしか言わないのだろう。
聞いているうちに漫才に聞こえてきたのだが、当事者2人にそのつもりはあるのだろうか。
塔子はつーんとそっぽを向き早足で日本エリアへと向かうリカとの後を慌てて追いかけた。







































 今日はがいつも以上に甘えただ。
風丸はグラウンドに着くなりぎゅうと抱きついたまま離れようとしないの背中をあやすように撫でていた。
どうしたのかと尋ねても、顔を押しつけてくるだけで何も答えない。
また豪炎寺に意地悪をされたのかと思い豪炎寺へ視線を移すと、俺は何も言っていないしやっていないと即座に弁解される。
まだ何も言っていないのにこちらの意図をいち早く読み取り返事をするあたり、実は何かやったのではないかという疑念が拭えない。
豪炎寺の趣味は苛めだ。
たまに口を開いたかと思えば三度に一度はへのお小言だ。
豪炎寺の頭の中は5割が夕香、3割がで占められているのだと思う。
サッカーはもちろん別枠だ。
風丸はを少しだけ離すとむすうとむくれているの顔に自身の顔を寄せた。





、今日はご機嫌斜めかあ」
「うん」
「そんなに顔しかめてたら変なとこに皺できちゃうぞ。可愛い顔が台無しだ」
「いつも可愛いわけじゃないもん」
「前も言っただろ。はいつも可愛い。今のむくれっ面ももちろん可愛いけど、ずっとそうしてたら可愛さレベルが下がっちゃうだろ」
「だって浦部さんが」
「リカ? リカと何かあったのか?」
「私のこと心配症って。しつこい女は嫌われるって。私しつこい? しつこすぎる?」
ほどあっさりしてる子はいないと思ってたけど」






 お世辞ではなく、風丸は本気でを淡白な子だと思っていた。
何かに対する執着心というものが恐ろしく欠如している。
サッカーも基本的に淡々と観戦し、淡々とゲームメークをしている。
半田と遊んでいる時も、飽きたのかいつの間にか半田が置いてけぼりを喰らっている。
豪炎寺が絡んだ時だけ少し粘っているが、それは豪炎寺が不甲斐なくて見ていられないからだろう。
ただ、が心配症というのはわかる気がした。
雷門中サッカー部に係わるようになってから、はあまりにも多くの事件に巻き込まれ続けた。
厄介事の中には自分のせいでそうさせてしまったものもある。
だからは鉄パイプを身近なところに置くようになったのだと思う。
守ってくれる人、守ると言った人、守ろうとした人たちすべてが使い物にならず誰にも頼ることができないと悟ってしまったから、自分の身は自分で守るという強すぎる自己防衛意識が芽生えてしまった。
を心配症にさせてしまったのは周りの人々のせいだ。
風丸はを抱き締めた。
初めこそリカに対する文句をぶうぶうと呟いていたが、すぐにえへへと笑いぎゅっと抱き返してくる。
本当に可愛い。とても可愛い。
楽園の入口に足を踏み入れようとした風丸との耳に、ぎゃー取れへんどないなっとんこのブレスレッドと叫ぶリカの怒声が飛び込んできた。






関西弁がわからへんねん






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