74.おきのどくですが あなたはのろわれました










 人には、程度の差こそあれ学習能力がある。
過去の経験を踏まえ学ぶから、次に似たような出来事に遭遇した時は同じ轍を踏まないようにと回避行動をとる。
が14年近く生きてきて学んだことは、必要以上に厄介事に首を突っ込まないということだった。
豪炎寺と深く係わらないのも散々学習していて彼に近付かないように努力はしているのだが、あちらが接近してくるのでいつも面倒なことになっている。
そのくせ本人はもっと学習しろだの前も同じ目に遭っただろうだのお小言を言ってくるのだから、たまったものではない。
誤解をされているが確実に知識と対処法は蓄えているは、今日また1つ新たな事例を学んだ。
リカには近付かない、係わらない。
彼女のペースに巻き込まれるとなかなか抜け出せない。
万事事なかれ主義で面倒臭がりで流されやすい性格のにとって、リカの性格は危険以外の何物でもなかった。
触らぬ自称勝利の女神に祟りなしだ。
自分のことを女神や神と称する人間がろくでもない連中ばかりだということをは身をもって知っていた。
彼らは確かにある意味では神だ。
他人を自身のテリトリーに引きずり込みこれでもかというくらいまで痛みつけたり振り回し、奴らはまさしく破壊神だった。
は早速破壊神の片鱗を見せ、何の罪もない春奈に取れなくなる腕輪の呪いを押しつけたリカを風丸の背に隠れ眺めた。





「ほーらだから言ったのに。ただで人から押しつけられる物には大体いいことないって」
「うーん、俺はに髪留め贈ったけどあれも迷惑だったのか? ごめんな?」
「まさか! 風丸くんがくれるものなら髪留めでも鉛筆でもユニフォームでも喜んで家宝にするよ!」
「ストラップのことだろう。気障で軟派な男だな、小さい頃から」
「どこぞの修也が縊りつけたネックレスのこと言ってるんだけど?」
「豪炎寺何て言って渡したんだよ。せっかく可愛いの選んだのにもったいない」
「そうだそうだ! もっと言っちゃえ風丸くん!」





 豪炎寺にぶうぶうと非難の声を浴びせていると、ふいに腕をぐいと引かれる。
あんた何たらったらしてんねんおっちゃんに突き返し行くでと息巻き、人形を振り回すかのような乱暴な手つきで腕を引っ張ってくるリカに痛いと叫ぶ。
女の子は繊細にできているのだ。
リカも同じ女の子だからわかっているだろうに、この子は馬鹿力の持ち主なのか。
はリカの拘束から全力で手を振り解くと豪炎寺を盾にした。
風丸を盾になどできない。
たとえ向こうが傷ついても叩かれてもこちらの心はちっとも痛むことがない豪炎寺を身代わりにするに限る。
豪炎寺は呆れたように息を吐くとリカを見下ろした。




「今は俺に用がある。後にしてくれないか」
「うちかてその子に用があるんや。そこどきや豪炎寺、大人しくハニー渡したって」
「聞いたか、これが世論だ」
「可愛い幼なじみ1人守れない人の言い分なんて聞きませんんー!」




 悔しかったら私を守ってみなさいよ守れないのが修也だけどねいーだと罵詈雑言を浴びせ背中から駆け去るを、豪炎寺は目で追った。
痛いところを容赦なく突かれぐうの音も出ない。
本当は守ってほしいという願望の裏返しによる発言と受け取れないこともないが、そうだとしても今まで長く一緒にいながらろくに守り切れていない現実があるのでただの非難にしか聞こえない。
さすがはだ、盾を貫く鋭利な矛は自身が持っていた。
豪炎寺はリカに追われきゃあきゃあと逃げ惑うを見やり口元を緩めた。
言われたすぐから守れてないなあと呟いた風丸が苦笑いを浮かべた。
































 王子様とお姫様が出てこないおとぎ話に興味はない。
魔王が出てくるのはいいが、魔王を倒す勇者か王子様がいなければ楽しくない。
欲を言えば魔王に囚われたお姫様もいてほしいが、お姫様即ち自分が危険な目に遭うことは避けたいので多くは望まない。
ライオコットに伝わる昔話には、果たして王子様は出てくるのだろうか。
天使と悪魔という異種族が戦う展開に、人間の王子様が出てくる余地はあるのだろうか。
は夏未が語るライオコット昔話をうつらうつらしながら聞いていた。
聞き始めて10分ほど経つが、王子様の名前はまだ一度も出てこない。
不毛な戦いを繰り返すのは結構だが、戦いにイケメンという潤いを求めることはなかったのだろうか。
は大きく口を開け欠伸をすると、無造作にポケットに手を突っ込んだ。
指にかつりと固い物が触れ、怪しい露天商から押しつけられた指輪の存在を思い出す。
リカと春奈の腕輪は外れなくなったので、これも呪われているに決まっている。
人に呪いのアイテムを押しつけるとはいけ好かない店主たちだ。
観光客を馬鹿にするとはライオコット島そのもののイメージダウンに繋がるとわかっていないのか。
最近はグローバルでインターネットが充実している世の中なので、良いことも悪いこともあっという間に世界中に拡散するのだ。
たった2人の観光客に対するぞんざいな扱いが、サッカーアイランドのブランドに傷をつけた。
夏未の話に飽きたはテーブルの上に箱を置くと突っ伏した。





ちゃん、お疲れ?」
「うんお疲れ。見りゃわかるでしょ、あっきー頭の中はすっかすかじゃないでしょ」
ちゃん、ガキじゃねぇんだからもうちょっとオブラートに包んで物言おうな? 何だよこの箱」
「不審者から押しつけられた指輪」





 隣に座っていた不動が箱へと手を伸ばし、勝手に蓋を開けおおと小さく感嘆の声を上げる。
サイズは何だ、どんな宝石が好きなんだとやけにしつこく尋ねてくる不動に突っ伏したまま知らなーいと答える。
やっぱ給料3ヶ月分なのかとぼやいている彼は、誰かに指輪を贈る予定でもあるのだろうか。
まだ中学生だというのに将来のライフプランをしっかりと立てているとは、どこまでも見た目と中身のギャップが激しい男だ。
愛媛から東京まで電車を乗り継いでやって来た点も計画性の高さがわかる。
財布の紐も固そうだし、不動はひょっとすると将来いい男に化けるかもしれない。
はちらりと不動へと目を向けた。




「あっきー」
「眠たいなら部屋連れて行こうか?」
「ううん。あっきー、指輪渡す相手まだ見つけてないのに見栄張ってるだけなら私にいっぺん渡して練習すれば?」
「ぶっつけ本番じゃねぇか、それ!」




 突然のの申し出に不動は思いきり声を上げた。
食堂がしんと静まり返り、夏未や円堂たちの視線が一斉に不動へと注がれる。
最前列で淀みなくライオコットの伝承について話していた夏未が、それと変わらぬトーンでの名を呼ぶ。
なぜ不動ではなくこちらなのだ。
はのろのろと顔を上げるとはーいと言って手を上げた。




「今のは私悪くないもん、あっきーだけが悪い」
「私は不動くんのことはよく知らないけれど・・・。不動くんが心を乱す原因はさんということは間違いないでしょう?」
「はあ? なんであっきーが私のせいで心ぶれっぶれになるの。あっきー、私の身の潔白を晴らすために今すぐ1人で騒ぎましたすみません俺が悪うございましたって謝って」
ちゃんのそういうとこも好きだけどさすがに傷つく」
「とにかく! 2人ともちゃんと話を聞きなさい。これは理事長の言葉と思いなさい」
「俺、雷門中生じゃねぇから関係ないし」
「右に同じく」
「いや、ちゃんは違うだろ」
「・・・ああそっか、うっかりしてた」





 ちゃんと話を聞けと言った傍からこれだ。
も怪しい露天商から物を押しつけられたと聞いたからのためを思い話しているのに、一番聞いてほしい人が聞いてくれていない。
いつだってはそうだ。
冬海の時も秋葉名戸中との試合でも、こちらが頼んだ時はは常にやる気を欠いていた。
フリーだった当時と違い今はイナズマジャパンの一員となったのだから、もう少し真面目になるべきだ。
夏未はに憧れに近い感情を抱いていた。
チームに係わる者として、のように厳しくも温かく大切な人を見送り励ます存在になりたかった。
今のは厳しいを通り越してただの暴言マシーンだったが。





「イケメンか王子様が出ないおとぎ話に興味なーい。ねえねえもっとロマンチックな話にしてよう、オーダー恋バナ!」





 恋バナはまさしく不動がしようとしていたのだが、はまた気付かなかったのか。
円堂たちは苦笑いを浮かべると、に代わり机に突っ伏している不動から視線を逸らした。







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