イケメンがいっぱいやわぁ。
どの男から物色してアドレス交換したろかな。
金髪碧眼もええけど長身紳士もええわぁ。
きゃあ見てみ、あれってもしかしてイタリアの白い流星とちゃう!?
あーおい瞳にうちを映してとか言ってみたいわあー。
留まることを知らないリカのイケメンマシンガントークを、ははいはいと相槌を都合20回以上打つことで8割方聞き流していた。
リカに言われずとも、海外のサッカー少年たちが約1名除いてイケメンだということは存分に知っている。
イケメンたちととっくの昔にお知り合いですとカミングアウトしたらリカはどんな反応をするだろうか。
は指をひたすら石鹸で洗いながら小さく息を吐いた。
上には上がいるとはよく言ったものである。
冬花よりも扱いにくい。




「ほんまあの人らイケメン軍団やーん! ダーリン失ったうちにこんなイケメン授けてくれるやなんてさっそくご利益あったあー! あんたもそない石鹸で擦らんでこのままにしとったらええのに」
「したくもない指輪はめてる人がどこにいるわけ。ったくあっきーってばマジで私で練習するんだもん。サイズ合わなかったのか取れなくなったし」
「ええやん可愛いやん。あんたのアクセ貢ぎもんばっかりやん、憎いわあ」




 指が太かったとは信じたくないが、不動が練習と言って強引に嵌めた指輪はぴたりとフィットしたまま外れてくれない。
石鹸で擦り外そうと試みて早2日なのだが、一向に外れる気配はない。
どうせはめるのならばもっときらきらとしたプラチナリングが良かった。
ただで無理やり押しつけられた指輪が大事な左手の薬指を占拠しているなど洒落にならない。
中指ならばまだ許せたが、ダーリン特等席の薬指をダーリンでもなんでもないただの保護者代理が勝手に侵略したことがの苛々を増幅させていた。
リカと出会ってからというもの、本当にろくなことがない。
ろくでもないことが起こりそうな前触れが次々と発生していて、いっそ開き直ってカウントダウンでもしたくなってきた。





「なあ、あんたどこのイケメンが好きい? うちはなあ・・・」
「フィーくん」
「はあ?」
「だからフィーくん。そりゃマークくんもイケメンだけどあの中だったらやっぱフィーくん一択でしょ。愚問」
「あんたもうちょっとオブラートに包まんと豪炎寺泣くで? ダーリン大切にせなあかんで」
「だから修也はダーリンじゃないってば」




 乙女フィルター全開で気味の悪い妄想をするリカから遠ざかり、イケメン軍団へと歩み寄る。
ちゃんレーダーが反応したのか、ばっと顔を上げたフィディオがこちらを見るなり満面の笑みを浮かべる。
ぎゅうと抱きつかれ挨拶代わりのキスを贈られ、はへにゃりと相好を崩した。
背後で聞こえるリカの悲鳴と裏切り者といういわれのない誹謗中傷は、ただの雑音にカウントしておく。





「フィーくん今日はスパイごっこ?」
「そうだとしたらこの間のちゃんとお揃いだけど、今日は守たちとサッカーしたくて来たんだよ」
「へえ、円堂くん」
「もちろんちゃんに逢いたかったから来たっていうのもあるけど」
「へえ」
ちゃん怒ってる? ほら、ここにちょっとだけ皺が」
「む」





 フィディオに眉間をすすすとなぞられ、くすぐったくなり身を捩る。
ちゃんがいるからこっそり早く来たのに途中でみんなと会っちゃってと口を尖らせて言うフィディオに焼き餅と尋ねると、当たりと返される。
とてつもなく素直で模範的な解答には感動した。
焼き餅を妬くくらいならスルメを焼くだの、そんなわけねぇしだのと素っ気ない返答しかしてこなかった連中に比べフィディオはどうだ。
素直に愛情表現をされると、こちらも可愛らしい反応ができる。
さすがはフィディオだ、元祖の力を見せつけられた。
こほんめりめりぱしん。
不意に体を後ろに引かれ、フィディオの顔が思いきり歪む。
サッカーをしに来たんだろうと冷ややかに言い放つ声に、は思いきりジャンプした。
頭頂部にがつんと確かな手応えを感じた直後に、痛いと豪炎寺が呻く。
何をするんだ痛いだろう舌を噛んだと叱責する豪炎寺を、はくわっと睨みつけた。





「それはこっちの台詞でしょ。人がフィーくんといちゃついてたのになぁんで邪魔してんの。修也が一番邪魔なのわかんない?」
「フィールドの中で突っ立っている方がよっぽど邪魔だ」
「まだサッカーやってないからいいじゃん。ねえフィーくん」
「あはは、落ち着いてちゃん。彼は嫉妬してるだけなんだよ」
「勝手に人の感情を決めつけるのはやめてくれないか。そっちこそ、普段と一緒にいられないからといって見境なく甘やかして見苦しいものだな」
「いつも一緒にいるはずなのに言い争いばかりしてる君はちゃんに向いてないんじゃないか?」
「・・・わかったか、これがこいつの本性だ」
「やっぱフィーくんかっこいい。私の代わりに修也苛めてくれてありがと」
!」
「そうやって呼び捨てにするのも良くないよ。もっと優しく呼んであげないとちゃんが怖がるだろう。そうだろうちゃん」
「え、う、うーん?」
「ボロが出てるぞ




 がたかだか呼び捨てくらいで怖がる軟弱者なものか。
宇宙人相手にも仁王立ちで受け答えした強心臓がそう簡単に縮み上がるわけがない。
人の心臓を縮み上がらせてこそのなのだから逆はありえない。
豪炎寺は必死にボロの修正を図っているをさらに手元に引き寄せるべく手を取った。
薬指にきらりと光る輝きが忌々しくてたまらない。
まだ外れていなかったのか。
せっかくだから練習させろ、えーこの指輪はやだよぅあーっと騒いでいる中強引に装備させられたそれは、不動の粘着質な信念を受け継いでいるのかちっとも外れない。
指を一度千切ったら外れそうだが、は人形でもぬいぐるみでもない生身の人間なのでできない。
豪炎寺が視線を落としていたの手を、フィディオもつられるように覗き込んだ。





「綺麗な指輪だけどどうしたんだ?」
「不動にはめられたきり取れないらしい」
「大変じゃないか。サイズが合わなかったとか?」
「私の指太いみたいに言わないで」
「そういうことを言ってるんじゃない。そもそもどうして怪しい物をもらったんだ。どうして捨てなかったんだ」
「人からもらったもんって捨てにくいじゃん。私物持ちいいから尚更こんなの捨てるなんてとんでもない」
「貧乏性もいい加減にしろ」
「仕方ないじゃん。うちはお医者さんやってるパパもサッカー選手やってたパパもいない普通のお家なんですう―」





 むうと顔をしかめ反論するとどこまでも淡々としている豪炎寺を見ていると、心の中がもやもやしてくる。
焼き餅を妬き嫉妬をしてと、を見ている間は感情に平穏が訪れない。
どんなに諍いをしていても別れずにいるのは、お互いがギリギリ許されるラインを知っているからだと思う。
たとえ暴言を吐き散らかし叱責を浴びせても、大人しく聞き入れるラインを超えることはない。
フィディオはのことをもちろん可愛いと思っている。
大切にして甘やかしたいと思っている。
しかしそう思うのは、そうするより他に道がないからだ。
空白の時間が長かったフィディオは、についての知識は豪炎寺に遥かに及ばない。
だから踏み込んだ対応ができない。
どこまでをが許容してくれるのかわからないから、不用意な言動でを不快にさせないように当たり障りのないことしかしていない。
甘やかし可愛がればは決して嫌な思いはしない。
それはとても嬉しいが、選択肢がそれしかないことは不満だった。
だからフィディオは豪炎寺の歯に衣着せぬ物言いが羨ましかった。
仮に自分がの限界を知っていても、彼のようにはならないという確信はある。
しかし、もっとのことを知っていれば様々な手が打てたのにという悔しさはあった。
ないものねだりがみっともなく思え、フィディオは失笑した。





「おーい豪炎寺、フィディオ早くくじ引けよー」





 紅白戦でのチーム分けのためにくじを引きに行った2人を見送り、は宿福へと足を向けた。
どこ行くのと秋に尋ねられ空を指差すと、納得したように小さく頷きお願いねと頼まれる。
サッカーバカは多少の降雨でも気にせずボールを蹴る。
しかし、せっかく時間をかけて洗って干した洗濯物は雨にはすこぶる弱い。
試合も見たいが、ここはまず洗濯物を取り込んでおくべきだろう。
ついでに傘も用意しておいた方が良さそうだ。
は宿福の庭へ向かうと干しっぱなしのタオルに手をかけた。
取り込んでいる間にも空はどんどん暗くなり、雷の音まで聞こえてくる。
急がなければ雨が降ってくる。
ばさばさと生乾きのタオルを籠へ突っ込んでいたは、ひときわ大きく鳴り輝いた稲光に思わず悲鳴を上げた。
突風が吹きスカートの裾が激しく揺れる。
グラウンドがにわかに騒がしくなり、は物干し竿代わりだった鉄パイプを手に取り駆けだした。
ファスナーが上手く締まらなかったのか、背中からごわごわとした布が剥き出しになっている三つ編みの少年がリカに近付いている。
先程の突風で吹き飛ばされたのか、円堂たちは地面とお見合いしたきり動かない。
どうしよう、あの人が背中を見せる前にファスナー開いてるよって教えてあげなくちゃ。
木陰で成り行きを見守っていたは、三つ編み少年がリカを抱きかかえたのを見て嘘でしょと呟き吹き出した。
世の中物好きもいるものだ。
リカのようなハイテンションガールをお姫様抱っこでテイクアウトするとは、服のセンスと同等の怖いもの知らずなのだろう。
しかしそれにしても様子がおかしい。
なぜリカは抵抗しないのだ。
なぜ円堂たちは倒れているのだ。
名探偵にジョブチェンジしようとした直前、きゃあと可憐な悲鳴が上がり視線を声の主へと向ける。
春奈がマジの不審者に襲われていた。
春奈を助けようとした鬼道が寝癖爆発の自称魔界人に弾き飛ばされる。
ああわかった、こいつらはどうやら敵らしい。
は鉄パイプをぎゅうと握り締めた。
急に力を失った春奈を抱え上げた自称魔界人に向け、槍投げの要領で思いきりパイプを投げつける。
細長いそれは案の定届かなかったが、注意をこちらに引きつけることには成功したらしい。
は木陰から出ると自称魔界人の前に立ちはだかった。






「大してイケメンでもないのに春奈ちゃんナンパしてテイクアウトするなんざどの面下げてやってんの、ああ?」
「ガタガタうっせえ! 魂喰うって言ったろうが!」
「はあ? 自意識過剰も程々にしたら? みんながみんなあんたの話聞いてると思ったら大間違い。食べれるもんなら食べてみなさいよ、ほら」
「ちっ・・・」
「ほーらほんとは食べられないんでしょ? そういうこと言ってると大人になった時超恥ずかしくなるからやめといたら? あとそっちの白いの、ファスナー開いて背中からなんか出てる」
「えっ、いや・・・、これは天使の羽だ!」
「天使の羽馬鹿にすんじゃないわよ。そんなトーテムポールの飾りみたいなやつじゃないっての。天界行って勉強してくること」





 どうしよう、この人怖い。
怖いっていうか頭おかしい。
そしてどうして天界のこと知ってるんだろう、まさか同業者?
リカを抱いたままぐるぐると混乱し始めた白い少年に向け舌打ちすると、立ち去るタイミングを完全に逃した寝癖少年がを忌々しげに睨みつけた。





「お前まさか・・・・・・、あの伝説の堕天使か・・・!?」
「殴っていい? 張り手じゃなくてグーで殴っていい?」
「その口ぶり、非道さ間違いねえ・・・。その昔魔王と結婚してやるとホラ吹いた挙句指輪だけ奪った伝説の悪女か・・・!」
「私は詐欺師なの? ねえ、ちょ」





 伝説になっている人々が語る伝説はもはやただのフィクションだと思うのだが、フィクションに勝手にキャスティングするのはやめてほしい。
誰が魔王に嫁入りなどするか。
不動は魔王ではない。
どちらかといえば魔王は立向居で、魔王は常駐していないのだから結婚など不可能だ。
頭がおかしいフツメンは哀れだ。救いようがない。
自分の思い通りにならないとわかればすぐに暴力に訴え、言うことを聞かせようとする。
しかしそう簡単に屈してなるものか。
堕天使と呼ばわったのならば、こちらはマジの天使でマジの女神だが堕天使になりきって殴る蹴るの暴行を加えてやろうではないか。
不審者と戦うのには慣れている。
不審者に不慣れな春奈のお守りも必要だろうし、場合によってはこちらが王子様になってもいい。
足を踏ん張り自称魔界人の腕引きに抵抗していたは、前方に仁王立ちした少年の背中を見つめ息を呑んだ。
ズタボロになった豪炎寺が歯を食いしばり引き留めようとしている。
余計なおまけを削ぎ落とそうとする自称魔界人が、鬼道を弾き飛ばした風の刃を豪炎寺に浴びせる。
何やってんのと思わず声を荒げると、豪炎寺が顔だけこちらに向け小さく笑った。





「たまには守っているところを見せようと思ってな。安心しろ、の罵詈雑言に比べればなんてことはない」
「守ってなんて頼んでない」
「守れるもんなら守ってみろって言っただろう。・・・は渡さない、何があっても絶対に」
「・・・修也ってほんと馬鹿」





 つかまれていない方の腕で豪炎寺の体を横に押す。
一瞬で吹き飛ばされた豪炎寺にもう一度馬鹿と呟く。
守ってほしいが、身の丈に合わないことをやってまで守ってくれとは言っていない。
身を挺して守ってくれるほどにこちらのことを大切にして尽くしてくれている人に何かあったら、これからは誰が守り尽くしてくれるというのだ。
一度きりの使い捨ての盾ではないのだから、守ってくれるのであれば未来永劫そうあってほしい。
だから今は助けて、守ってくれなくていい。





!? 何するんだ!」
「春奈ちゃんについててあげないと鬼道くんも不安でしょ。もう、修也ってばほんとにFWなんだから。こうなる前にディフェンスしとかないと手遅れになっちゃうってわかった?」
「待て、行くな、やめろ!」





 次からはもっと素早い対応をすること。
他人事のように言い捨てたがグラウンドから消えた。






チャラチャラチャラチャラターラリラ(わかる人にだけわかる呪いの音楽)






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