75.ロードオブザファイナルテイルズオブジヘル










 目の前でが消えたのは初めてではない。
以前消えた時は、アフロディがとんでもないことをやらかした時に消えた。
あの時は鬼道を庇い、それが自らの存在を相手に知らしめる一因となった先天的なターゲットだった。
今回、は何もしなければ何も起こらないままに時間が過ぎていた。
が春奈を守るためか、はたまた単に虫の居所が悪かったためか自称魔界人の前に姿を現したことから、後天的なターゲットになってしまった。
他にも、前回と比べれば相違点はいくらでも出てくる。
しかしもっと大きな違いがあった。
今回は守れたはずだった。
真後ろにがいて、守ることができる場所に自分はいた。
何かあっても、多少痛めつけられようとを守るつもりだった。
散々守れと発破をかけられていたし、自分は男でよりも打たれ強くて体力にも自信があったから、守れるものだと思っていた。
守ってほしいと思われていると信じていた。
だから、守る行為を拒絶するかのようなの反逆には驚かされた。
なぜ守らせてくれないのだという怒りや悲しみが心中を渦巻いている。
守ってほしくないのであれば、なぜ守れと言うのだ。
守ってくれる人は自分ではなくてフィディオが良かったのか。
あの時仁王立ちしたのがフィディオだったら、は大人しく守られていたのか。
自分とフィディオのどこが扱いを変えさせているのかわからない。
付き合っていた期間こそ違えど同じの幼なじみでサッカー少年でFWで、を想う気持ちの強さも同じように大きなものだ。
確かにとは色々あった。
様々な出来事があっても変わらず幼なじみとして付き合っているから忘れてしまいそうになるが、薄っぺらな仲であればとっくの昔に縁を切られていただろうと思えるような事件もあった。
あの時の事件については、未だにへの罪悪感が残っている。
だから以前よりも彼女を守りたいと思っているのだ。
半田でも風丸でも鬼道でもなく、自分がのことを一番知っていて一番近いところにいるというゆるぎない自負があるから、今度こそを傷つけるのではなく守る存在になりたいと考えているのだ。
守る存在になりたいと思っているのだ。
しかしの考えは違うらしい。
なぜ守らせてくれないのだ。
いつになったら守らせてくれるのだ。
いったいいつまで、守るどころか傷つけてしまったという後ろめたさと対面していなければならないのだ。
豪炎寺はの心中が理解できなかった。
理解できないまま、手が届く場所でが再び連れ去られることを阻止できなかった己を責めていた。






「豪炎寺、ちゃんは・・・」
「すまない。・・・俺はが守ってほしいと思えるほどの信頼がないらしい。俺は、悔しい」
「・・・俺にはそれすら羨ましかったけど。ちゃんは君のことを守ったんだから」
「守っただと? 守りたい相手に守られた俺は無様だな・・・」
「君がそう思ってるなら俺は何も言わない。ライバルの目を覚まさせるほど俺はお人好しじゃない」





 無知鈍感は残酷だ。
を横から奪い取った10年近くの間、豪炎寺はの何を見てきたのだろうか。
は豪炎寺を庇ったことは明白だった。
もしもあのまま豪炎寺がを守り続けていたら、彼は決勝トーナメントに出場できなくなりかねない大怪我を負っていた。
と豪炎寺の歴史は恨めしいほどに長い。
豪炎寺はともかく、は豪炎寺のことをよく知っている。
近くで見てきたから、豪炎寺の体の限界も知っている。
だから守らせることをやめさせたのだ。
これ以上彼の気の赴くままに守られていると大事な幼なじみの体が壊れてしまうから、傷ついてまで守ってもらわなくていいと行動で伝えたのだ。
素晴らしい幼なじみ愛だと思う。
羨ましくて憎たらしくて恨めしくて、しかしそんな愛情深いが愛おしかった。
自分自身にも他人にも惜しみなく愛情を注ぐを人外になどくれてやるものか。
大らかなだ、ひょっとしたら人外にも愛情を注ぎかねない。
フィディオは己が立場にまったく気付いていない豪炎寺に背を向けると、やリカ、春奈たちが待つとされるマグニード山へと走り始めた。




































 このキチガイ、本当の本当に筋金入りのキチガイらしい。
今までのキチガイはキチガイとは名ばかりのただの人間だったが、今回のキチガイは人間ではなかった。
初めはちょっと昔話に詳しい物知りキチガイと思っていたが、悪魔の翼は本物だった。
本物だと知っていたら、もっと強く翼をつかみもいでいた。
悪魔がさらに堕ちたら何になるのだろうか。
天使は翼を折れば堕天するが、悪魔は逆の論理で成仏できるのかもしれない。
心根が腐りきった悪魔が成仏すると浄土だか天国だかが汚れてしまいそうな気がするが、きっと入口ゲートには超ハイスペックな浄化装置があるに違いない。
は春奈が魔王の生贄コスチュームに着替え魔王が復活するまでの命が約束されたことを確認すると、もがれかけ筋でも痛めたのか、翼の付け根に湿布を張ろうと四苦八苦している
悪魔の頭領を見据えた。





「湿布貼ったげようか?」
「堕天使の言うことなんて聞けるか」
「あんたどこ見てんの? 私のどーこが堕天使。悪魔が堕天使怖がってどうすんの、似た者同士でしょもっと仲良くすればいいのに」
「黙れ! 魂喰うぞ!」
「またそれ? 食べれるもんなら食べてみてよ、どうせ無理なんでしょ、ああ?」





 できもしないことを何度もさもできるように言い、嘘ばかりつくとはやはりこいつは真性の悪魔だ。
部下がこれなのだから、彼らを総べる魔王とやらもよほどの性悪なのだろう。
悪魔にかけてやる情けはない。
ふふんと得意げに鼻を鳴らしたは、突然頭をつかまれ反射的に左手を振り上げた。
がつんと確かな手応えを感じ、悪魔が呻き声を上げる。
乙女を甘く見ると痛い目に遭うのだ。
は悪魔から間合いと取ると身構えた。
張り手ではなくグーで殴れば、今日は左手にナックルがついているので攻撃力が少しだけ上がる。
いける、これで今日は魔界の頂点に立てる。
は精神的勝利を確信した。





「おいお前、その指輪どうした」
「貢ぎ物。私の手が届く距離は張り手範囲だから近付かない方が身のためよ」
「・・・へえ、はあ、そうか! はっ、貢ぎ物はお前の方なんだよ! 心配しなくても魂は食ってやる、魔王様がな!」





 魔王を思わせぶりな言葉で惑わせ、ライオコットの宝だけを掠め取り行方をくらました性悪女がここにいた。
好きな女に袖にされたことを恨み、ひとたびはめれば願いが成就するまで、即ち魔王自らの手によって葬られるまで外れない呪いをかけられた指輪をはめてしまった女が目の前にいる。
天界の気味が悪いまでに白く高潔な押しつけがましい花嫁よりも、腹満たしのための生贄よりも魔王がもっとも欲する本当の望みがのこのこと魔王の居城にやって来た。
愚かな女だ。
自らの置かれた立場も辿る運命も知らずふんぞり返っている女が、愚かな生き物に見える。
虚勢を張っているようにしか見えない。
せいぜい今のうちに騒ぎ立てておくがいい。
お前の命はあと半日もない。
魔王に使える魔王軍団Zのキャプテンデスタは、大きな鉄の籠の中で威嚇するをにやりと笑い見下ろした。







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