ヘイカズヤ、ジャパニーズって面倒だね。
カズヤやのざっくばらんな性格が懐かしいよ。
マークとディランは、同一人物を指す呼称のバラエティーの豊富さに顔を見合わせていた。
豪炎寺がと言えば鬼道はと呼ぶ。
そうかと思えば不動はちゃんと呼び、さんと呼ぶ者たちもいる。
個性があるのはいいことだが、誰のことを指しているのか理解に時間がかかる。
ディランは『春奈』と『』を交互に呟いている鬼道の前に躍り出ると、口を開いた。





「鬼道、君ものことをと呼べばいいじゃないか!」
だ。それには俺を名前では呼ばない」
「だから何だっていうんだい? の方が呼びやすよ、ほら!」
「ディラン、不必要にと呼ぶのはやめてくれないか。それから鬼道をけしかけるな」
「ワォ、それが豪炎寺名物のシットかい? カズヤから聞いてたけど話どおりのプアな感情だね!」
「一之瀬は俺に恨みでもあるのか?」





 うじうじもだもだと遠回しに言われるのは苛々するので嫌いだが、比喩も何もなく直接面と向かって言われても苛々する。
一之瀬といい土門といいディランといいといい、なぜ海外育ちは発言をオブラートに包まないのだろう。
言葉は包装紙に包めると知らないのだろうか。
下手に鬼道を焚きつけて彼までと呼ぶようになってみろ。
最近ただでさえ少なくなってきた幼なじみの特権がまたしても消失してしまうではないか。
豪炎寺は先頭を歩く鬼道の背中に向かって名を呼んだ。
振り替えることなくどうしたと尋ねられ、呼んだもののこれといった言葉を思いつけずに押し黙る。
鬼道は小さく息を吐くと、お前のせいじゃないと言い切った。





「あの時は、たとえああしていたのが豪炎寺ではなくてもは同じことをしていただろう。はそういう子だ」
「・・・フィディオなら、は庇われていたかもしれない」
「それもない。は感情的に見えて、すべて考えて行動しているからな」





 その場のテンションで動いているように見えて、の行動には一貫性がある。
のすべてを見てきたわけではないから断言できないが、過去の彼女の行動パターンを見ればより明白になるはずだ。
が行動することによってもっとも被害を蒙るのはだ。
そうしようと思って動くのではなくて、降りかかる災厄から逃れるために選んだ道のほとんどが彼女にとばっちりとして跳ね返ってくるのだからやることなすこと好転しない。
実はは世界でも指折りの不幸者なのかもしれない。
いや、現代版幸せの王女と呼んだ方があるいは正しいか。
鬼道は春奈のお守りと嘯き悪魔に身を委ねたを思い出し、唇を噛んだ。
やはり、何をやってもにはトラブルが起こる。
伝承の鍵に選ばれなかったにもかかわらず連れ去られたは無事でいるのだろうか。
用なしとして早々に処分されていたらどうしよう。
今までは拉致した犯人のターゲットがだったためそれなりに身の安全は保障されていたが、今回はは春奈のおまけにすぎないので扱いはさぞや酷かろう。
間違っても、マグニード山麓の温泉に当時に出かけるような自由は与えられていないはずだ。
が強請って強奪するという道は捨てきれなかったが。







「・・・鬼道クン、豪炎寺」
「何だ不動。お前にはの指輪について後でじっくりと話がある」
「俺は、ちゃん助けるためならいつ体壊したっていいぜ」
「ユーたち呼び方統一してくれないかな、紛らわしいよ」





 誰が何と言おうと自分にとってちゃんだ。
初めはさんと呼ぼうとしたのだが舌を噛みしゃあんになり、聞き間違いによってちゃんに落ち着いた今の呼び方が好きだ。
近すぎず遠すぎず、親密さを前面に押し出しの心の内側へと接近できる今が好きだ。
たとえ今の関係が好転しようと後退しようと、不動は呼び方を変えるつもりはなかった。
豪炎寺や鬼道のように湿っぽい考えはしたくない。
ひょっとしたら指輪に目をつけられて連れ去れられてしまったのではないか。
そう考えてしまうと前へ進めなくなるからだ。
熱気が立ち込める階段を降り続け、開けた空間へと出る。
不動の視界に現れたのは、探し求めた愛しい少女ではなく選ばれし生贄春奈と魔界の住人だった。




























 言っていることとやっていることがまるで違う。
早くと音無を助けに行こうと口では言っているのに、手は黙々と花を摘んでいる。
花の冠作ったらきっとは喜ぶぞと嬉々として言う風丸の発言は間違っていない。
花冠でなくても、は風丸から贈られたものであれば何だって喜ぶ。
円堂は花を摘み続けている風丸の背中にあのうと声をかけた。
ヘブンズガーデンにしか咲かないと言われる天界原産の花には、不思議と既視感がある。
どこで見たのだろうと記憶を辿ると、風丸とは抱き合うことによって生まれる花畑を彩る花々だったと思い当たる。
そうか、はともかく風丸はやっぱり天界に来たことあったのか。
そりゃそうだよな、そうじゃないと風神の舞なんて知らないだろうし。
風丸は円堂の呼びかけにおうと返すと、美しい花を腕いっぱいに抱え頬を緩めた。






「見ろよ綺麗だろ。ここと違って地獄はきっと殺風景だから、が寂しがるといけないだろ」
「風丸が行けば寂しくなくなると思うけど」
「そうだといいけど、やっぱり気分転換させてあげたいじゃないか。も大変なんだ、ここ最近ずっと」





 相変わらず豪炎寺の面倒を見てやっていると思えばオルフェウス戦では鬼道の相手もして、いつの間にやら親しくなっていたらしいフィディオとの間でもぱたぱたと動き回っている。
雷門にいた頃のゆるゆるまったりはどこへやら、今は少し無理をしているようにも見える。
無理がたたるとろくなことがない。
無理のしすぎでは簡単に壊れてしまうし、無理のしすぎを隠そうと無理をして、より酷くなってしまう。
に構ってほしくて気を引きたくててんやわんやしたくなる身持ちもわかるが、は常に素直だから気付いたことはすべて受け止めてしまう。
3人が構いゲージの上限である10構ってもらえば3人は満足するが、は上限を遥かに超えた30も構ったことになりそこには必ず無理が生じてくる。
はとても聡い子だ。
聡い子だから、人の限界をよく知っている。
豪炎寺を突き放したのも、あれ以上彼を前面に立たせると豪炎寺が再起不能に陥ってしまうと知っていたからだ。
風丸は編みたての花冠を抱くと、ゆっくりと立ち上がりフィディオに問いかけた。





のこと、好きなのか?」
「ああ。ちゃんがいなかったら俺はここまで来れなかったかもしれない」
はフィディオのことを一番には好きじゃないと思うけど」
「・・・それは豪炎寺以下ってこと? 庇うことをやめさせてでもちゃんが守ろうとした豪炎寺には負けてる?」
は豪炎寺のことも一番には好きじゃないと思うぞ」
「じゃあ誰のことが・・・?」
「俺」





 にっこりと微笑み高らかに宣言した風丸に、フィディオは思わずなるほどと呟いた。
確かに言われてみればそうだ。
四六時中暇さえあれば、いや、暇がなくても風丸にくっつきハグをせがんでいるは豪炎寺よりも自分よりも風丸のことが好きそうだ。
さすがは風丸だ。
彼との付き合いは無きに等しいが、風丸ならば俺が一番宣言をしてもちっともイラッとしない。
すとんと納得してしまう自身にフィディオは苦笑を浮かべた。
フィディオの苦笑を見届けた風丸は笑みを消すと、真剣な表情に戻った。






「と、冗談はさておいて」
「冗談? 本当かと思ったよ」
「まさか。誰だって自分が一番好きに決まってるじゃないか。どうだ、せまっこい焼き餅妬くのが馬鹿馬鹿しくなっただろ?」
「・・・気付いてたんだ? 俺がちゃん守れなかったことを悔やんで、豪炎寺を羨んでたって」
と知り合ってから焼き餅妬きはたくさん見てきたからなあ。悔やんでる暇があるならほら、これをに被せてやれよ」







 豪炎寺よりも思いで鬼道よりも深刻でないフィディオならば、の救いようのない行動パターンに一石を投じることができるかもしれない。
風丸はフィディオに花冠を手渡すと、地獄への道を下り始めた。






ほんとの女神様や天使ならまだしも、なあ?






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