76.魔界軍団Zの軍人食堂~人魂を使ったまんぷく定食~










 人間も天使も悪魔も、デザートは別腹で一番最後に食べるお楽しみという食文化は同じらしい。
魂がどんな形をしているのかは実物を見たことがないのでわからないが、漫画やアニメでよく見る人魂は丸いので、さしずめディッシャーで掬ったアイスクリームといったところか。
マグマが煮えたぎる地獄で食べるひんやりアイスはさぞや美味しかろう。
は茶髪に赤いリボンだから、チョコアイスにストロベリーソースをかけた感じだろうか。
甘いようでほんのり苦い、まさにの性格にぴったりの味だ。
人をアイスに喩えるとは何事だと怒り出しかねないが、少なくとも今のにこれら考えは伝わっていないはずだ。
いっそ伝わっていてほしいとも思う。
豪炎寺はマグマだまりの上にしつらえられた籠のような牢の中で寝そべっているを見上げ、唇を噛んだ。
魂云々の前に、は脱水症状でダウンしてしまったように見える。
人質には手を出さないとばかり思っていたのだが、春奈のような正式な人質ではなく押しかけ人質にすぎないに人質の最低限の人権は与えられていなかったらしい。
ひょっとしたら、人質経験の多いベテランだから余計な気遣いは不要だと思ったのかもしれない。
そうだとしたら悪魔たちの考えもわからないわけではない。
ひとたび甘やかしたの傍若無人さを、豪炎寺は身をもって知っていた。





「お兄ちゃん! さんが、さんが!」
「人の心配できる立場かあ? てめぇの心配しやがれ、生贄さんよう! それとも何か、他人の心配しかせずに挙句ああなったサンとやらみてぇになりてぇのか?」
「・・・おい」
「ああん?」
を乱暴に呼ぶのはやめろ。多少の乱暴な扱いは許せるが呼び方は許さない」
「出たよ、豪炎寺のプアな嫉妬心! と一緒でエキセントリックだね!」
を甘やかさなかったのは賢明な判断だと褒めてやる。俺以外の人間はは甘やかすものだと勘違いしているようだからな。さすがは悪魔と名乗るだけはある」





 あれ、この人ちょっとおかしい。
エキセントリックと評したせいか、はたまた暑さで頭がやられたのか言っていることが滅茶苦茶だ。
普段無口な豪炎寺が饒舌だと耳を疑えば、喋り慣れていないツケが回ってきて以上に支離滅裂な言いようだ。
連れ添っている夫婦は性格も似てくると言うが、どうやら豪炎寺も確実にの影響を受けているらしい。
に対抗するかのような不可解言語ワールドに、鬼道たちはツッコミを入れることもできず惑わされていた。
さすがはあのの幼なじみだ。
地獄ですらあっという間に破壊してしまった。





「お前たちの主食は魂と聞いた」
「言ってねぇよ」
はああ見えて脆いぞ、俺がちょっと物を言っただけですぐに壊れる割れ物だ。だから、強い魂が欲しいなら俺のを食え」
「なんだと?」
「俺は今とてつもなく怒っている。を奪ったお前たちに対しても、守りきれなかった俺自身に対しても怒っている。怒りで熱くなった魂は喋らない冷たい魂よりも旨いぞ」





 なあ聞こえてるか
は俺のことサッカーやってる時だけ暑苦しい汗臭いって言ってるけど、俺はサッカー以外でも暑苦しくなれるんだ。
がちょっと傍から離れたくらいで玩具を取られた子供みたいに激昂して、大人げないってやっぱりは笑うのか?
俺がサッカー以外で熱くなるのは夕香とのことくらいなんだ。
そこの邪魔な鉄格子溶かすくらいに熱くなってすぐに水飲ませてやるから、もうちょっと我慢しててくれ。
魂までは守らせない。
守れないなら、せめて奪い返せばいい。
豪炎寺はに背を向けた。
エアーおまじないをされた気がした。








































 怒りで魂がフィーバーしているのは幼なじみクンだけではない。
思いを寄せる人が囚われの身になっている現実を前に冷静でいられるほど大人になったつもりはない。
ただ黙って見ているだけでは事態はひとつも好転しない。
今日は負けても次がある試合ではないのだ。
なんとしてでも勝たなければ、は戻ってこないのだ。
時間をかけて相手の動向を窺い、そして戦術がわかればまだいい。
しかし、圧倒的な力を見せつけてきたチームを相手に状況の把握が本当にできるというのか。
点を取らなければ勝利は得られない。
攻め込むしかないというのに、奴は何を考えているのだ。
不動は消極的なパスばかりする鬼道たちからボールを奪うと、単身前線へと駆け上がり始めた。






「何をする不動!」
「魔界軍団だか何だから知らねぇけどむかつくんだよ! 打たなきゃ勝てねぇんなら先行くしかねぇだろ!」
「それはわかっているが、今は戦術を見極めるべきだ。俺たちは確実に勝たなければならないんだ」
「だから攻めるんだろ。鬼道クンわかってんのか? ちゃんを生かすも殺すも俺ら次第なんだぜ。下手すりゃちゃんマグマ風呂なんだぜ」





 温泉好きのちゃんだってマグマに突っ込まれたら死ぬしかないだろ。
不動は忌々しげに吐き捨てるとゴールへシュートを放った。
よほど力を見せつけ優位に立ちたいのか、ただのシュートに必殺技を使ってくるキーパーにあっさりと阻まれる。
がむしゃらに攻めるのは上策ではない。
下策でもないが、決して良い作戦とは言えない。
そうわかっていてもなお諦めることなくボールを追いかけるのは、どんな手を使ってでも突破口を開きたいからだ。
不動は再びシュートの体勢に入った。
強烈な力で足が地面から引き剥がされる。
攻めても駄目で守っても駄目で、じゃあ俺らはどうすればちゃんを助けられるっていうんだよ。
視界に牢で寝こけているが入り、不動は苦痛と悔しさに顔を歪めた。







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