外がばきばきどこすかと騒がしい。
どつき合いでもしているのか、やたらと人の叫び声が聞こえる。
さすがは地獄だ、人を阿鼻叫喚に陥れるのは得意らしい。
何を隠そうこちらも、なんだかんだで地獄へ初めて来た時は怖かった。
年下の春奈は守ってやらなければ今すぐにでも生贄にされてしまいそうだったし、本当の本当に頼るべき人がいない空間は寂しくてたまらなかった。
地上は頼るか頼らないか選ぶことができるが、地獄という人間が住まないエリアでは選択の余地がなくなる。
風丸や半田いわく、自分は頼られると放っておけなくなりついつい無理をしてしまう性質らしい。
それもこれも聖母マリアの生まれ変わりのごとき慈悲深さを持っているためなのだが、そのおかげで今まで幾度となく厄介事に巻き込まれてきたのもまた事実だった。
フィディオのサッカーをのんびりにこにこと眺めていた頃は幸せだったのに、日本に行って豪炎寺と会ってからはただただ楽しいだけのサッカーではなくなってしまった。
事故が起こったり陰謀に巻き込まれたりと様々な意味で事件、キチガイと遭遇してきたがまさか、地獄で悪魔と会う日が来るとは思いもしなかった。
飽きはしないが少々疲れた。
地獄でお昼寝は暑苦しく、夢見も悪いので楽しくない。
は歴代拉致監禁VIP待遇ランキングの暫定最下位に地獄を配置した。
人質だろうが生贄だろうが相手は女の子なのだから、もう少し優しく扱うべきだと思う。
ソファーとお茶菓子は必須アイテムだと悪魔の文化には浸透していないのだろうか。
手鎖足枷の監禁プレイは今時過激すぎて流行らない。
VIP待遇で相手を油断させた上での緩やかな軟禁の方が心を解しやすいと知らないのだろうか。
例えばアフロ、あれはVIP待遇をしたから今もまだ金髪ロン毛でいられるのだ。
もしもあの時ガチのマジでの監禁プレイをしていたら、今頃は翼と言わず頭髪までもいでいた。
しまった、つんつるてんになったアフロの頭から後光が差すのはそれはそれで絵面的には楽しかったのに惜しいことをしてしまった。
こういうつめの甘さが天使を称される所以なのだろう。
天使は情け容赦ない正義の塊に見て、ほんの少しだけ隙がある。
隙に救われたアフロは今一度こちらに感謝すべきだ。
は拉致監禁のいろはの『い』も心得ていないデスタを叱責すべく、のろのろと体を起こした。
先程から騒がしい地面を見下ろすと、いつの間にやら現れていたサッカーグラウンドに点々と人が転がっているとわかる。
ボールは忙しなく往来しているのでハーフタイムではなさそうだが、あまりにも一方的なボール支配率には首を傾げてしまう。
もっとつぶさに状況を把握したいが、容赦ない監禁プレイしか知らない悪魔プレゼンツの牢は天井から吊るされているため地上が遠い。
はぐらぐらと不安定に揺れる牢の床に這いつくばると鉄格子の間から手を出した。
ねぇ何やってんのと声を上げても誰も反応しない。
聞こえなかったのかと思いより大きな声で呼びかけると、返事の代わりに苦悶の悲鳴が返ってくる。
おかしい。思った以上に痛がっている声だ。
あの馬鹿幼なじみ、人がせっかくバターンの危機から体張って逃がしてやったのにまた性懲りもなく痛がっている。
サッカーしかできないサッカーバカは商売道具の体を壊しては元も子もないので無茶をさせなかったのに、ちょっと目を離したらまた体を苛めている。
もしかして豪炎寺は、打ちのめされることに悦びを覚える性癖の持ち主なのだろうか。
そうであるなら、そうとはっきり言ってもらわなければわからないではない。
こちらはいたいのは嫌いな至極まっとうな精神しか持ち合わせていないのだから、未知の性癖を知るわけがないのだ。
助けに来てくれたのはありがたいが、これではまたこちらが助けてやらなければ豪炎寺が倒れてしまう。
はよたよたと立ち上がると口元に手を当てた。
何してんのみんなと呼ぶと、みんなに該当したフィールド上すべての顔が上を向く。
てめぇは黙ってろ堕天使とデスタに怒鳴りつけられ、ただでさえ波立っていた機嫌が更に悪い方へ動く。
はデスタを見下ろすとびしりと指差した。





「人のこと堕天使とかほんとやめてくれる? あんたどこ見て言ってんの、コンタクトでも入れた方がいいんじゃない?」
「てめぇの口ぶり堕天使以外なら何だって言うんだよ! その面で人間名乗って人間に悪いって思わねぇのか!?」
「はあ? なぁんで私が後ろめたい思いしなきゃなんないわけ。サッカーボールの使い方もろくにわかってない馬鹿の言うことなんて聞きませんんー」





 ああ、この子はどうしてこうも的確に敵に火に油を注ぐような暴言を言ってしまうのだろう。
喋らないは不安だったが、喋るもやはり不安だ。
何を言い出すかわかったものではないのでフォローの準備もできない。
フォローしようと思っても、フォローできる限度を一言目から超えている。
前半を終えやっと前半に追いついたというのに、の他者の心中を顧みない発言のせいでダークエンジェルが発奮したらどうしてくれるのだ。
の発破は敵味方問わず絶大な威力を発揮する。
豪炎寺たちは、の暴言がきっかけでオルフェウスの必殺タクティクスカテナチオカウンターが完成した過去を忘れてはいなかった。





「ぼこぼこにしたいんならサッカーなんてまだるっこしいことしないでミサイルとか魔物とか使ってぼこぼこにすりゃいいのに、なんでそんなこと思いつかないでサッカーやってんの?」
「サッカーが人間たちの力の優劣をつける方法だからだ」
「そこ人間に譲歩するんならもっと人間のサッカーすりゃいいじゃん。何が恐怖? 何が喚け? ほんとのほんとに怖がらせたいんなら、怖いって感じさせる前に魂でもなんでも食べればいいのに」





 世間知らずで生温いのよあんたたち。
はぴしゃりと言い放つと、ついで円堂たち人間チームへ視線を向けた。
どうしよう、にかかるとどんな言葉もレンジでチンし直さなければならないレベルのぬるさになってしまう。
ドキドキして過激すぎるであろうの発言を待っていると、なんで私はまだここにいるわけと詰られ開いた口が塞がらなくなる。
こちらとしては、なぜは捕まっているのかをまず説明してほしい。
指輪や魔王の呪いの話が関係しているのであれば、もっと詳しく教えてほしい。
人質がだから、100パーセントが被害者とは限らない。
が今のような他者の心を踏みにじり破壊することばかりしたのであれば、にも少しは非があるということになりかねない。
何せ人質が人質である。
怯え恐怖し物も言えないお人形さんとは程遠い、むしろ人質になったことにより生き生きと暴言を吐き散らかすが人質なのだ。
の手にかかれば、本来ならば厄介なことこの上ない呪いもに恐れ能動的に解除しそうだ。
の気迫に完全に呑み込まれたダークエンジェルの背中の翼が心なしか萎れて見える。
今回のの発破はこちらにとっては良い方向に働いたらしい。
は巨大な砂時計を見やり早くと声を荒げた。





「悪魔が毒気抜かれてる間にさっさとシュート決める。ったく、なぁんで囚われのお姫様が発破かけなくちゃいけないわけ。両手を胸の前で組んで心配そうに戦いの成り行き見守らせてよ」
「・・・そりゃちゃんには無理だって」
「ああ? あっきー今なんか言ったでしょ!」
「言ってません言いませんとも! よーく見とけよちゃん、あんたを厄介事に巻き込んだ犯人の戦いってやつを」
「は?」





 何のことかさっぱりわかっていないの相手は試合が終わってからでも遅くはない。
今はが言うとおり、いけ好かないキチガイたちをさっさと倒してしまうべきだ。
不動は零れたボールをキープすると、独壇場から現実へ戻ってきたフィディオへとパスを回した。
もったいぶっているのか、なかなか抜かない伝家の宝刀オーディンソードをあっさりと抜き放ったフィディオが豪炎寺に強烈すぎるパスを送る。
軌道がまずければそのまま豪炎寺を刺し貫いてしまいかねない殺人的なパスが無事に渡り、前線で体力を温存し続けていたFW3人が進化したグランドファイアを放つ。
GKの必殺技を打ち破ったものの、ゴール直前でのダークエンジェルツートップによる決死の守りでゴールが阻まれたボールが弾かれ宙に浮く。
体力を温存していたのはFWだけではない。
MF、DFが体を張ってシュートを防いでいたため、円堂もそれなりに力が有り余っている。
どうせ王子様にはなれやしないしそんな柄じゃないからと捻くれはしてたけど、やっぱり俺は王子様じゃなくて乳母レベルなんだろうな。
円堂のメガトンヘッドが決勝点となり勝利したチームを遠巻きから眺めていた不動は、がしゃりと不気味な音を立てた頭上を見上げ両腕を天に突き出した。







目次に戻る