与えたのは飛行石ではなく、魔王の想いがめいっぱいに詰め込まれた指輪だった。
現代に蘇りし天使のようなマジ小悪魔が指輪に次ぐ新たな貢ぎ物を手に入れたのであれば心配はないが、指輪しか装備していないのであればこれは一大事だ。
不動は魔王の呪いや魔力が解けたせいなのか、突如として消えた天井の牢から降ってくるをキャッチすべく手を上げた。
ぎゃああああ落ちるいや落ちてるううううと悲鳴を上げながら降ってくるの背には、もちろん何も生えていない。
当たり前だ、は性格こそ小悪魔時々天使だが、れっきとした人間なのだから背中はがら空きに決まっている。
の悲鳴に反応した円堂たちが不動と同じように天を仰ぎ、慌てて一斉に降参のポーズを取る。
が墜落してへしゃげてしまわなければ、誰がを姫抱っこしようと気にしない。
両手を上げたまま右往左往する豪炎寺やフィディオたちを眺めていた風丸が、手を上げることもせず小さくため息をつく。
には誰よりも甘い風丸が、今日は救いの手すら伸ばさず腕組みして状況を静観している。
すわ風丸の乱心か。
誰よりも心優しく思いの風丸が魔界の瘴気に当てられてしまったのか。
それはいけない、これではがしょげてそのまま戻ってこなくなる。
春奈は隣で黙ってを眺めている風丸の名を呼んだ。
風丸さんさっきからずっとさんのこと見てるけど、この人もしかしてさんのスカートの中覗いてるんじゃ・・・!?
いやでも風丸さんだからそれは絶対にないだろうしああもう、とにかく風丸さんさんのピンチなんですよ!?
春奈の心の叫びが聞こえたのか、風丸が静かに立向居と呼びかける。
円堂たちと同じように右往左往していた立向居がぱたりと立ち止まり、風丸を顧みる。
そればかりかざわついていた空間も一斉に静まり、風丸へと視線が集まる。
風丸はきゃあきゃあ叫んでいるを見上げると、ムゲンザハンドと呟いた。





は人間で柔らかくてふわふわしてるから潰さないようにそっとな。できれば下から掬い上げるようにしてくれ、つかんだら怖がっちゃうかもしれないし」
「え・・・あ、はい!」





 ゴッドハンド出すとかペンギンに乗せるとかイナズマ落としでキャッチするとか、他にも方法はいろいろあるだろう。
お姫様抱っこは今でなくてもできるんだから、もう少しの安全を真剣に考えてやれよ。
立向居のムゲンザハンドの掌の上に乗せられたが、まるで飛行機のタラップから降りるかのように軽やかに地面に足をつける。
やあんほんともうみんなあたふた動揺しすぎ私助ける気あったわけ?
立向居くんが円堂くん色に染まりすぎてない千手観音の使い手で良かった、よしよし!
救出隊が呆然と己が小さなたった2本の手を見つめている中立向居の頭を撫でていたが、ふいに襲われた指の締めつけに思わずうずくまった。










































 やはり、ただでもらった物はただレベルのものだった。
は真っ二つに割れた指輪をテーブルの上に置き、むうと眉をしかめていた。
粗悪品を渡すとは、贈り主の神経を疑ってしまう。
売り物にならない不良品だから押しつけたのかもしれないが、不良品は人手に渡っても不良品のままで質が良くなることはないのだから、変にもったいない精神を発揮せずに捨てるべきだ。
これではまるで、指輪のサイズよりもこちらの指が太かったおかげで指輪が壊れてしまったみたいではないか。
何から何まで気に食わない。
人を苛々させる原因はとっとと捨ててしまおう。
壊れた指輪を紙に包みごみ箱へ投げようとしたは、食堂にやって来た不動に紙をぶつけ小さく舌打ちした。
来て早々嫌がらせかよとぼやく不動に違いますうと返すと、床に落ちた指輪を拾い上げる。
それなんだよと尋ねられ指輪と答えると、不動が紙包みを奪い取る。
性懲りもなくまたはめるつもりなのかもしれないが、指輪はもう壊れているので不動の願いは叶わない。
は包みをじっと見下ろしている不動にどうしたのと声をかけた。
こちらよりも遥かに貧乏性の不動だから、もしかしたら瞬間接着剤で修理するとも言いだしかねない。





「それもう壊れたから使えないよ」
「壊れたのか」
「そ。急にきゅって締めつけられたかと思ったら真っ二つになっちゃった。あ、でもだからって私の指が太くなったとかじゃないから。むしろストレスで痩せそう」
「ごめんちゃん。ちゃんがあんなことになったの俺のせいだよ、やっぱ」
「えっ、あっきーキチガイに戻ったの? キチガイとグルだったの?」
「違うけど。指輪は魔王が好きな奴に贈ったもんで、死ぬまで外れない呪いかけてあったんだと。ちゃん呪われてたんだよ、これに」
「やぁだあっきー、そんなのただのおとぎ話でしょー」





 なんでもかんでも信じるお子様じゃないですうと抗議すると、は不動の手から再び指輪をもぎ取りごみ箱へ捨てた。
そして不動へと顧みると、ありがとねと告げる。
非難されるようなことはたくさんやった自覚はあるが、礼を言われる所以はどこにも見当たらない。
突然の礼に瞬きした不動にはにこりと笑いかけると言葉を続けた。





「私が落ちてきた時、あっきーが一番に手上げてくれたでしょ。あの時あっきーが王子様みたいに見えてさあ、うっかりどきっとしちゃった」
「うっかりかよ。ていうかそのどきっと感、恐怖のどきっと感とごっちゃにしたんじゃねぇの」
「そうかもしれないけど、やっぱあっきーも可愛い女の子にドキドキされた方が気分いいでしょ? ありがたくどきっとさせとくこと」
「じゃあそれでいいけど。それよりもなんでありがと? 馬鹿とアホの間違いじゃね?」
「あっきーなんでそんなにネガティブなの。それに私、指輪がアンティーク品だとしても呪いまではかかってないと思うけど」





 だって魔王って天使のこと好きだったんでしょ。
は歌うように言うと椅子に腰かけ、紙に絵を描き始めた。
角としっぽが生えているのは悪魔で、翼が生えているのが天使のようだ。
きらきらエフェクトに囲まれている2つ結びの女の子はで、賛同しかねるが頭の上に筆の先が乗っかっているのは自分だろう。
魔王は天使のこと好きでぇと呟きながら、が悪魔から天使に向かって矢印とハートマークを描き加える。
ほら簡単と声を上げたと目が合い、不動はありとあらゆるの思考についていけず首を傾げた。






「・・・何が簡単?」
「わかんない? 好きな人呪うわけないじゃん。そんなことしても余計嫌われるだけなんだから、指輪は魔王のマジの愛情、しかもとびきり重たいの籠められただけでしょ」
「ああ・・・」
「プレゼントって結構重い感情混入されてるからねえ。
 フィーくんのストラップとか風丸くんの髪留め、鬼道くんのゴーグルみたいにいい感情のももちろんあるけど、修也のネックレスはめんどくさいだけだし半田の帽子は意味がわかんない」
「もらいまくりじゃねぇか」
「だってくれるんだもん。魔王はさあ、たとえ逃げられても振られても天使に自分のこと忘れてほしくなかったんじゃない? 指輪を自分の分身って思えば離れたくなくなるってのもわかるよ」
「巻き込まれたことについては何も思わねぇわけ? ちゃん心広すぎ」
「魔王が天使と見間違っちゃうくらいマジ天使でしょ?」





 あまりにも天使らしい人間なので見間違ったのであればまだ許せるが、堕天使と連呼していたのはやはり気に入らない。
魔王も悪魔ももっと、千年後に指輪をはめたのが可愛い女の子で良かったと喜ぶべきだ。
おとぎ話に付き合ってくれる子など今の世にはそういない。
奴らの千年経っても変わらない心根の貧しさが再び天使を逃がしたとなぜわからなかったのだろうか。
は紙の上の不動から自身に向けて矢印とリメイクという文字を描き加えると、同じく紙を見つめていた不動の額をこつんとペンでつついた。





「次指輪くれる時はもっとましなやつちょうだい。サイズとかデザインとかももちょっと凝ってよ。あと、勝手に薬指にはめない」
「やだね、俺ははめたい指にはめる」
「なぁにそれ」
「俺だって馬鹿じゃないからどこの指に何の意味があるかくらい知ってる。知っててはめた確信犯、ちゃんはどう思う?」
「あっきー私のこと大好きなんでしょ。いるいる、そういう人超いるからサービス問題」
「俺は本気で言ってるんだけど、ちゃんは、」





 どうせ口で言ってもわかんないんだろ。
がたりと音を立てて椅子から立ち上がり、向かいに座るの頬に唇を寄せる。
突然の青天の霹靂のような愛情表現に思考回路がショートしたのか、硬直したの手からペンを奪う。
リメイクしたかったのではない。
これは紛れもないオリジナル、魔王ではなく不動明王の愛だ。
矢印の上に大きなハートマークを描いた不動は、マジでと呟いたを残し食堂を後にした。






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