78.ぶち抜き巻頭カラー










 好きの反対は嫌いではない。
好きも嫌いも感情が揺さぶられるという点ではコインの裏表のような似たものでそれら2つの感情は決して遠くはない。
好きの反対は無関心だ。
好きとも嫌いとも、その人に対して何も思わないからどうなろうと頓着しない。
には、無関心に位置づけられている人が多い。
口では好きとは言っていてもそれは心乱されるほど濃厚な『好き』ではなく、時が経てば相手に対する感情を容易く失くすことができるような薄っぺらな『好き』だった。
我ながら薄情者だと思う。
特定の人物に対してはこれ以上ないほどに固執して気にかけるというのに、大多数の人々には目もくれない。
イタリアに帰ると決まってからは、更に人との繋がりを希薄にした気さえする。
寂しがり屋だから、別れた時の寂しさが耐えられなくて親密になることを拒んでいるのかもしれない。
木戸川にいた頃は豪炎寺と木戸川フレンドほどしか色がなかった世界が、雷門に来てから風丸や半田、鬼道と出会うことにより一気に華やかになった。
モノクロの世界が隅に追いやられ、いつしか周囲は極彩色の世界に様変わりした。
カラフルな世界は楽しいが、楽しさが大きい分色が抜けた時の空虚感もまた大きい。
失う恐ろしさを知ると、失うことが怖くなり臆病になる。
にとって不動は、気が付けばカラフルな世界の住人になっていた人物だった。
真帝国学園の生徒でキチガイだった頃は体のいい宿題お助け屋にすぎなかったが、イナズマジャパンで運命の再会を果たし面倒を見てやっているうちに彼には色がついていた。
どうせすぐにさよならするのに困ったなと思ったこともあったが、困惑よりも楽しさの方が大きかったので当然のようにマイナス感情は奥へ引っ込んだ。
引っ込み、以降顔を出さなくなるほどに不動との日々は楽しかった。
鬼道とは違う毛色だが確かな観察眼を持つゲームメーカー不動は、イナズマジャパンのご意見番に後手に回った時のリカバリー方法を教えてくれた。
鬼道のリアルタイムゲームメークと不動のリカバリーゲームメークをそれぞれ学んだおかげで、ご意見番は少しレベルアップすることができた。
ちょっぴり意地悪だけど本当は優しい、お母さんみたいなあっきー。
にとって良くも悪くもその程度の認識だった不動の愛の告白及びその行動は、の静かに均衡を保っていた世界に大きなひびを入れた。
ひびが入った世界には穴が空き、空いてしまった穴からは大切に育ててきた心の安定さが吹き飛んでいく。
今まで興味をさほど抱かない人に対してとことんまでに素っ気ない態度を取ってきたのは、たくさんのものを抱えることができるだけの心のゆとりがないからだった。
は、思った以上に自身がタフではないとわずかながらに悟っていた。
自分だけではない。人間は強くない。
しかし、自身も決して強くはないがこちらよりもさらに弱い人が身近にいたから、強くなくても強いふりをして強がらざるを得なかったのだ。
だから、尽くしてくれるほどに心に余裕がある大らかな人に憧れ惹かれた。
その点においては、にとって風丸は他の誰よりも包容力に溢れ慈愛に満ちた大きな人だった。
風丸は何をやっても真っ直ぐ話を聞いてくれる。
どこまでも真面目に向き合ってくれる。
少し物を言えばすぐにうるさいと一喝しシャットダウンしようとする豪炎寺とは比べ物にならないほどに優しく、そしてイケメンだった。
しかし風丸は真面目すぎた。
真面目すぎる風丸に真面目すぎる話題を振ると、真面目さが災いするような事件が起こってしまう。
事件が起こってもなお風丸は風丸で、真面目に接してくれる風丸は本当に素晴らしい人物だと思う。
きっとこれから先、風丸以上に大きな人と出会うことはないだろうとさえ思っている。
風丸から真面目さとイケメンを失くし、あらゆる能力を1もしくは2段階ずつ下げた存在が半田だった。
体のいいおもちゃだという出会った時の直感は大正解で、今もにとって半田は使い勝手のいいおもちゃだった。
ただ、このおもちゃはやたらとしつこい。
放っておいてほしいようなことにも言及してくる小姑のような面もあり、面倒と思ったことも度々ある。
面倒でもしつこくてもそれでも今もなお彼がおもちゃではなく親友ポジションにいるのは、良くも悪くも半田のしつこさのおかげだ。
半田はライオコットまで追いかけてくるほどに最後までしつこかったが、は半田のことも風丸と同じように好きだった。





「・・・、
「・・・ん、へ?」
「へ、じゃない。どうしたんださっきから、何度呼んでも返事をしないとは」
「ああごめん鬼道くん。ものすごーく深く考え事してた」
「それはブラジル代表のこと・・・ではなさそうだな」
「ばれた?」
「決勝トーナメントなんだ、少しは真剣に考えてくれ。の意見は貴重なんだ」
「あー、それは嬉しいけどー・・・」






 どうやら世の中には、大事な試合の前には試合とはまったく関係ないことを延々考えてしまう病気があるらしい。
は眉根を寄せている鬼道に誤魔化し笑いを見せると、ぶんぶんと首を横に振った。
均衡が崩れた世界を我が物顔で歩いている不動を思うと、最後方の席でブラジル対フランスの試合を眺めている現実の不動が憎たらしくなってくる。
人の調子を狂わせて何が楽しいのだろうか。
不動の狙いはそこだったのだろうか。
そうだとしたらなんということだ、ひょっとして不動はこちらが嫌いなのではないか。





「あ、いや違う、嫌いじゃなくて好きだった」
?」




 独り言にしては大きかった呟きに鬼道が訝しげな表情を浮かべる。
どうしたんだと尋ねられても、かくかくしかじかあっきーに告白されたからドキドキしてますとは言えない。
間違っても鬼道に言っていいようなことではない。
馬鹿ではないからそのくらいはわかる。
返事を渋っていたは、背後から聞こえてきた言葉に身を固くした。





ちゃんも疲れてんだよ。少しは気遣ってやれよ、鬼道クン」
「・・・そうなのか?」
「いや「そうなんだよ。な、ちゃん」
「お、おう」





 しまった、ついついうっかり疲れてもいないのに不動に流された。
大丈夫ちゃんと心配そうな顔で尋ねてくる秋に申し訳ない。
私が寝かせてあげる子守歌とか歌おうかと、目を輝かせて尋ねてくる冬花の視線に気付かないふりをする。
何を勝手に人の体調を決めつけているのだ、嘘をついているようで居心地が悪いではないか。
嘘をつかされている心苦しさから言葉が出にくい状態が疲れと認識されたのか、久遠が休むようにと命令する。
公認のさぼりだが、気分は無断さぼりよりも芳しくない。
は本格的にミーティングが始まった食堂から追い出されると、深々とため息をついた。







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