79.めがみさまとラスボス(仮)










 道也さん怖ーいと言っても、怖い顔は少ししか緩まない。
怖いおじさん嫌ーいと言っても、おじさんじゃない道也さんだと返されるだけで怖さは減らない。
人がこんなに甘えたちゃんになっているのに頑固な親父だ、面倒臭い。
は猫の皮をかなぐり捨てると舌打ちして久遠を見上げた。
ツケでいいじゃないですかと言い放てば、ツケが多すぎて首が回らなくなったと悲しすぎる現実をカミングアウトされる。
なんという言い方だ、これではまるでこちらが久遠にツケのすべてを回したようではないか。
食費とタクシー代と遊興費エトセトラごときで、高給取りであろう日本代表監督の財布は崩壊しないはずだ。
は粉々に砕けたかつての窓ガラスの破片を久遠に突き出すと、道也さんのケチと言い放った。
ケチで狭量な男はいくつになってももてない。
多少顔がいくらかダンディーだろうと、人間中身が一番大事だ。
もう二度と道也さんと呼ぶものか。
大金を積まれようと道也さんとは一生呼ばない。
そうだ、これからはロリコン監督とでも呼んでやろう。
世の中の大人はどいつもこいつもロリコンばかりだ。
ロリコンがチームを率いていて倫理的に問題はないのかと思ってしまう。





「監督マネーが出ないんなら、ここ作った人に修理してもらいます」
「いくら大会関係者だろうと、大会本部に入るのは難しい」
「いいや、私の交渉術にかかれば本部のセキュリティなんかめっしゃめしゃにできる」
「金持ちの方がケチって言うけどな」
「いいやあっきー、私らよりもずっとセレブな修也のパパは超金銭感覚ゆっるゆる。うちのパパママが買ってくれなかったくるくるドライヤーもおじさん買ってくれたし」
「人んちの親父さんに何強請ってんだ!? 何つー性質悪い援交!」
「ほーら、私の交渉術すごいでしょ。サッカー好きの大人なんて大体ロリコンだからみーんな私の可愛さにころっと落ちればいい」





 がただ可愛いだけの女の子であれば、とりあえず実際に行かせて現実の厳しさを教えていたかもしれない。
すんなりと送り出すことができないのは、がただの女の子の枠には収まりきらない子だからだ。
にハードルや落とし穴などの障害物はあってないようなものだ。
ハードルは叩き折る物だと思っているようだし、穴は他人を穴に埋めてでも通るような肝の据わった道を歩くにとって障害は、ただのジャンプ台にすぎない。
そもそも、テーブルについての交渉に鉄パイプはいらない。
人間が住まう大会本部に得物を持ち込む必要はどこにもない。
は向こうで一体、何とどんな戦いをするつもりなのだろうか。
警察の手を借りるような厄介事だけは引き起こしてほしくない。
誰が止めても行くったら行く吹きさらしやだもんとごね、花束に偽装させた鉄パイプを片手に宿福を飛び出したは、おーいと呼びかける声に勢い良く振り返った。
止めてくれるのか。
さすがは風丸だ、やはり目に入れても痛くないどころかずっと瞳の中に定住させそうなが公共の面前で醜態を晒すのは阻止したいらしい。
の行動に大いなる影響を与えるイナズマジャパンの、いや、世界の水先案内人風丸の一言は絶大だ。
風丸が言うだけではすぐに翻意する。
久遠たちは当然のように風丸に期待を寄せた。
風丸がゆっくりとに歩み寄る。
むうとしかめられていたの表情がぱあっと明るくなり、今にも飛びつきそうなハグ体勢に入る。
風丸は後ろ手に隠していた両手を出すと、の上にふわりと帽子を被せた。
違う風丸そうじゃない。
誰ともなしに、悲痛な声がギャラリーの中から上がった。





「外に出る時はこれ被っておかないと日差しにやられちゃうぞ?」
「あっ、そうだった! ありがと風丸くん、気が利くう!」
「ここはずっと暑いから途中で水分補給も忘れないように。帽子、可愛くなってますますに似合うようになったな」
「えへへ、フィーくんがくれた綺麗なお花の冠半田の帽子にくっつけたからだよ! あ、そうだ、本部行く前にフィーくんに見せてこよっかな」
「いいんじゃないか? きっとフィディオも喜ぶはずだよ、がこんなにもっと可愛くなったんだから」
「うわあ、じゃあフィーくん私見たらキスもしてくる? する!?」
「うーんどうだろう・・・。ほら、イタリア人って俺たち日本人と愛情表現がちょっと違うから俺にはわかんないなあ」





 イタリア人顔負けの隠さないベタ褒めをと知り合った初日からごく自然に日課のごとく行っている風丸にわからないことが、どこまでも奥ゆかしい日本人に理解できるわけがない。
風丸は帽子を被り直しひらひらと手を振り出ていくを見送ると、なぜ送り出したと言わんばかりの視線をぶつけてくる久遠たちを顧みて首を傾げた。













































 可愛い女の子に目がない目が肥えたチームメイトたちだが、最低限の分別はあるのか特定の子には手を出さない。
ナンパという名のちょっかいをかければとんでもないしごきが待っていると一部の仲間が身をもって教えてくれたので、以来誰もナンパはしなくなった。
ちなみに、『今日も可愛いね!』はナンパにはカウントされない。
女の子への挨拶までナンパにカウントされてしまえば、イタリア男は何も喋れなくなるからだ。
フィディオは宿舎の壁の向こうからフィーくんいますかあと大声を上げている可憐としか評しようのない声の主に、いるよーと大きな声で返事を返した。





「どうしたんだいちゃーん」
「あのねえー、フィーくんがこないだくれたお花の冠半田の帽子を合わせたから見せに来たのー」
「それは今すぐにでも見たいな! 入っておいでちゃん」
「うーんそうしたいんだけどねー、練習の邪魔しちゃいけないからどうしようかなあって」





 がここへやって来て話を始めた時点で既に練習は中断されているので、今更心配をされてももう遅い。
どうせ練習できていないのだから、変なところで躊躇わずに目の前に姿を見せてほしい。
風丸と手分けして探し吹雪にフリーズドライしてもらった花冠は、にぴったり似合うような綺麗な出来栄えになった。
によく似合うがどこか物足りなかった帽子に添えれば、帽子も可愛くなりにもっと似合うようになるに決まっている。
枯れないように処理をしていて良かった。
ライオコットは日差しが強いので、は外に出る時はほぼ毎日帽子を被る。
大好きな女の子が毎日使うおしゃれアイテムに手抜きはできない。
きっと今日もちゃんは可愛いんだろうなあ。
きらきらしてにこにこして、可愛いちゃんを毎日見て話すことができる守たちが本当に羨ましくてたまらない。
もう少しだけ我慢すればはずっとこちらのものになるが、その時が来るのがまだまだ遠く感じられてもどかしくてたまらない。
フィディオは門からひょこりと顔を出すであろうを思い、やや乱れていた髪を整えた。
がおめかししてやって来たのだ、こちらもできる限りちゃんとした容姿で出迎えたい。
門の向こうでがわあと小さく声を上げる。
ふふ、ちゃんってば何もないところでも賑やかで人を飽きさせるってことを知らないんだから。
フィディオは3分待っても一向に現れる気配のないを思い苦笑いを浮かべた。
門からここまでがとても遠い。
ものすごく近くにいてそれなりに接してきたにもかかわらず幼なじみと気付かず、やたらと遠回りをしていた再会の時のようで少しだけむずむずする。
どんな格好でも気にしないから出ておいで。
5分待てども姿を見せないことに痺れを切らしたフィディオが、を待ちきれず自ら外へと向かう。






「・・・あれ? ちゃん?」





 すぐ近くにいて声も聞こえたはずなのに、はどこにもいない。
またスパイごっこでかくれんぼをしているのかと思い辺りを探してみるが、髪の毛一本落ちていない。
もしかして、恋しさに幻聴でも聞こえたのだろうか。
そこまでに飢えているのだろうか。
あーあ、俺もなんだかんだで余裕ないな、今でもちゃんの声が耳に残ってる。
フィディオは幻聴の生々しさに寂しさを覚え、とぼとぼとグラウンドへと戻っていった。







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