80.アマゾンの河のほとりで










 いつからこれほどまでに厄介事に巻き込まれる不運体質になったのだろうか。
ライオコットでは放送されていない日本の朝のニュース番組ラストにある今日の運勢ランキングは、ここ1年ずっと同じ星座が最下位なのではないだろうか。
占いも血液型性格も信じないが、そう思ってしまうのも仕方がないくらいに最近はとにかく面倒事ばかり周囲で起こる。
は、ガルシルドが去って以降一度として開くことがない開かずの扉に体を預け、ずるずると力なく座り込んだ。
世界大会レベルになると、拉致監禁のグレードも大きく違う。
自由はどこにもなく、徹底的に監視されている。
強力な相棒があっても遣い手は非力な女の子なので、相棒が真価を発揮する前に力尽きてしまい逃げ出すこともできない。
いくら鉄パイプを進化させても、こちらは何ひとつとして強くなっていないのだから結局は何も変わらない。
初めこそ果敢にガラスや扉に立ち向かっていたが、握りすぎて肉刺ができてからは痛くて触ることすら億劫になった。
もう、疲れた。
サッカーに係わったばかりにこんな目に遭うのであれば、サッカーと綺麗さっぱり縁を切りたい。
サッカーと決別したからといってガルシルドの陰謀が泡となるわけではないし世界は戦争に突入してしまうかもしれないが、戦争が始まる前にこのままではこちらが駄目になってしまう。
サッカーもサッカーに興じる人たちのことも好きだが、一番好きなのは自分自身だ。
正義のヒロインでも救世主でも、ましてや女神でもなんでもないただの女子中学生ができることは何もない。
大人たちは、子供の才能と可能性を買い被りすぎている。
サッカーボールをろくに蹴ったことすらないただのサポーターをご意見番や女神と祭り上げ拘束し、彼らが望むような大層な力など逆立ちしても出てこないのにいい迷惑だ。
今回だって、たかが1人いないだけでイナズマジャパンに大きな影響が起こるはずがない。
ガルシルドはいったい何を恐れているのだ。
図体と態度が大きいだけの軟弱な臆病者が、苛々する。
はのそりと立ち上がると、やはりびくともしない窓に歩み寄り外を見下ろした。
ブラジル代表ザ・キングダムイレブンが試合に向けて練習している。
さすがは予選を全勝で突破した強豪だけはあり、ありとあらゆるプレイが他のチームを遥かに凌駕している。
特に彼らの必殺タクティクスアマゾンリバーウェーブは、鬼道や不動のゲームメーク力をもってしても攻略できないように思えてならない。





「変な小細工しなくても勝てそうな気はするんだけど、そういうせこいとこするあたりが金持ちによくいるケチでチキンな悪いとこ」





 悪事を企んでいても一応は監督なのだから、少しは選手を信用してやるべきだ。
悪事のデパート影山さえフィディオたちの力を見極め信じていたから、カテナチオカウンターを伝授したのだ。
こちらにも短くはあるが、監督代理として指揮を執った時は個人の力の限界ギリギリまでを信じていた。
限界まで力を出して1点取れるかどうかという残酷な予測を立て実現させてしまったのは、今でも苦い思い出だが。
自ら黒歴史を紐解いてしまったは、ゆっくりと首を2,3度横に振ると小さく笑った。
隙のない監禁プレイにそろそろ心が壊れてきたようだ。
悪魔に魂を売ってでも外に出たくなってくる。





「・・・そっか、そうだ私超あったまいいー! オーダー、オーダー! 今すぐくそじじい呼んできて!」




 常に部屋の外に張りついているであろう、誰かのためのSPに大声で呼ばわる。
鍛え上げられた屈強な大人の男に敵わないことは挑戦する前からわかっているので、彼らの前では大人しくしている。
相手が同年代の男子であれば色仕掛けをかけるまでもなく向こうが勝手にこちらの可愛さにときめきめろんめろんになってくれるが、大人には使えない。
むしろ通用してしまうと困る。
命ではない何かが危険に晒される。





「外に出たいという願いは聞かないが」
「大人ってほんと頭かったいんだから。おじさん、私がすごい子だって知ってるんでしょ?」
「影山が認めた奇才、フィールドの女神といったことかな」
「そう! 私さっきちらっとお宅のチーム見てたんだけど、なぁんか隙があるんだよねー。うちのゲームメーカー人の悪いとこ粗探しすんの超上手いから、そこ突かれたらサッカー王国もおしまい」
「脅しているつもりか?」
「まさか。私だって自分が置かれてる立場くらいわかってますう。私、自分が一番大好きなの。ねえねえどうどう、せっかく女神様捕まえてんだから利用してみない?」





 飼い殺しにもったいないじゃん、使えるもんは有効活用しないと!
一か八かの大ばくちの大見得を切り、どきどきしながら扉の向こうからの返答を待つ。
ガルシルドはあるかどうかも定かでない自分の才能を恐れ、自らの野望を阻む可能性がある眼は事前に摘んでおくべきだという判断の元拉致監禁した。
つまり、奴はこちらを認めている。
そうだとすれば、こちらは認められている力とやらをここぞとばかりにアピールすればいい。
商談を持ち込んだ数分後、重く行く手を阻んでいた扉がゆっくりと開く。
聞き分けのいいお嬢さんだ、面白い。
ガルシルドは不敵な笑みを浮かべているを見下ろすと、にやりと口元を歪め呟いた。







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