ガルシルドの屋敷は猛獣でも飼っているのだろうか。
円堂たちはどかんばこんとけたたましい破壊音を立てているドアを廊下の曲がり角から眺め、怖気を振るっていた。
無機質な殺戮兵器だけを買い込んでいるとばかり思っていたが、虎やヒョウ、ライオンといった禽獣も用意しているのかもしれない。
なんとおぞましく容赦のない男だ。
人は、野望を抱けばこうまで残酷になれるのか。
円堂の頭のすぐ下で恐怖の扉を観察していたヒロトは、顎に手を添えると神妙な面持ちで呟いた。




「ブラジルにはアマゾンがある。ガルシルドはひょっとしたら、そこに住む動物だちを闇取引で高く売り捌いて軍資金にしているのかもしれない」
「そ、それってどのくらいで売れるんだ・・・!?」
「俺も詳しいことはわからないけど、でも世の中には珍しいものが好きな人もいるからね。想像もつかないような金額で売買されている可能性もあるよ」
「ロニージョたちをああまで扱き使う奴だ。ガルシルドにとって生き物は道具にすぎないんだろう。」





 ガルシルドに囚われている哀れな猛獣を助けてやりたい気は大いにあるが、やる気と実力は比例しない。
猛獣を手懐ける方法など知らないし、興奮している獣に見境なく襲われ怪我をするのも怖い。
音を聞くだけでもぞっとするのに、牙を剥き闘争心を露わにしているであろう彼の相手などできようはずがない。
腰が抜けたへたり込んでいるところを襲われ、待ち受けるのはバッドエンドだ。
ごめんなライオン(仮)、今の俺たちはお前を助けてはやれないけどガルシルドの悪事を暴いたら絶対に助けて、でもって故郷に帰してやるから。
円堂たちは泣く泣く猛獣部屋を後にすると、追手から逃れるべく再び迷路のような屋敷内を走り出した。




































 昨夜、ネズミが4匹ほど入り込んだらしい。
は翻意後初めて出してもらえたガルシルド邸の広く寒々とする食堂で向かいに座るガルシルドから聞き、ふぅんと答えた。
気にならないのかと尋ねられ何がと返すと、ネズミはイナズマジャパンの面々だと告げられる。
だから何が言いたいのだ。
はずずずと啜っていた味噌汁をテーブルに戻すと、様子を見るのが楽しくてたまらないのか歪められたガルシルドの口元を見つめ口を開いた。





「大事な女神様が奪われなくて良かったってほっとしたでしょ」
「悔しくはないのか?」
「何が?」
「仲間に見捨てられたのだ」
「仲間? 今の私のグルはあんたでしょ」
「いかにも、イナズマジャパンの女神は今や我が手中にある。可憐にして苛烈な奇才を手にした私に恐れるものなどない」
「すっごい自信。さすが天下の大富豪はボラ吹くレベルも違ーう」





 たかが1人の女の子を手に入れたくらいで、人はこうも自信を抱くのか。
ガルシルドが求めているような力はどこにもないというのに、これで彼が望む結果をもたらすことができなかったらどうなるのだろうか。
用なしとして放り出されるのが第一希望だが、何もできないくせに余計なことを知ったとして口止めに粛清されたらどうしよう。
身を守ってくれるものは何もない。
銭ゲバの世界に飛び込んだのは自らの意思だが、もしもを考えるとさすがに怖くなってきた。
はやや濃かった和風朝食を完食すると、試合へ向かう支度をすべく立ち上がった。
こちらのやることなすことが気になるのか、どこへ行くとまたもや尋ねてくる。
しつこく鬱陶しいじじいだ、さっさと耄碌してほしい。
ガルシルドが好きで投降したわけではないのだから、構われすぎると張り手を飛ばしたくなる。
は問いに答えることなくガルシルドに背を向けると歩き始めた。
試合会場に出かけるまでにはまだ時間があるので、今から急ピッチでやればカスタマイズは終わるはずだ。
一度は使い物にならなくなって絶望感を抱かせてくれたが、素材は悪くないはずなので鍛えればきっと復活する。
は倉庫の中へ入ると園芸用の棚をがちゃがちゃとかき回した。
目当ての物を見つけ両手でつかみにやりと笑うと、背後からそこで何してるんだと鋭い声が飛んでくる。
しまった、メインウェポンもないのにこの場を切り抜けられるわけがない。
穴にすっぽりと差し込めそうな柄を持つ小さなそれを手にしたまま、ゆっくりと振り返る。
アマゾネスか!?
訓練されたスーツ男たちとは明らかに違う動揺した声で叫んだジャージー姿の少年に、はサブウェポンを持ったままああと呟いた。





「ここで何をしているんだ」
「物色? 泥棒? あ、でも悪い泥棒じゃないよ、どっちかっていうとゲームの主人公的な」
「それで何をするつもりだ!」
「んー、何してほしい? 脅す? 今ここで私がやってたこと今すぐ忘れないとその髪刈り取るとか!」
「・・・お前、ガルシルドの手下か?」
「あれ、ばれた?」
「その常人離れした言動、圧力的な態度。ガルシルドの仲間に屈することなんか俺はしない!」
「いっぺん楽に負けた方がいいと思うけど。私がくそじじいのグルやってるみたいに、お宅にも仲間いるんでしょ。ちょっとくらい道外したって平気平気、すぐ帰って来れるって」





 だからもちょっと気を楽にして試合しなよ、考えながらサッカーすると潰れちゃうぞ?
は立ち尽くす少年の背中をすれ違いざまにぽんと叩くと、得物を手提げ袋へ突っ込み倉庫を後にした。






























 がいない。
窓ガラスは直ったのに、部屋の主は試合になっても帰って来ない。
遅くなるけど心配しないでねとは宿福の留守番電話に残っていたが、今となっては留守電の声が本当にのものかどうかさえ疑わしい。
は行きそうな所やフィディオに尋ねても、知らないよ幻聴しか聞いてないよとしか返ってこない。
幻聴について詳しく知りたいような知りたくないような不思議な感覚に襲われたが、彼もを恋い慕うグループの一員なのでやはりどこか頭がおかしいのだろう。
幻聴なんてよくあるよくある、そのうち幻覚とかも見えてくるからあいつはまだまだだなと朗らかに談笑している不動たちが正しいように思えてくる。
幻が見えて当然のように感じられてくるんだから、いかにの影響力が凄まじいかよくわかる。
上の立つ者は皆、に影響力を持つための教えを乞うべきだと思う。





「遅刻とか割とよくするだから、今日も途中からふらっと来そうな気がするけど・・・」
ちゃんいないとベンチもつまんねぇな、華がねぇ」
「・・・不動さんに私たちは見えていないんでしょうか」
「見えてるけど見てねぇよ」
「私もちゃんしか見てないの。ちゃんがいないベンチなんてベンチじゃない」
「ベンチに謝れ久遠。ちゃんがいないベンチがただのベンチで、ちゃんがいるベンチがベンチじゃないんだよ」
「ベンチベンチうるさい不動くんはミンチになればいいのに」
「ああ!? やんのかてめえ」
「ほんとにやるの不動くん? やったら今日の夕飯からトマトカレートマトサラダトマトジュースのトマトづくしで健康的な減量だよ」





 それでもやるの、やれるわけないよね不動くんうふふふふと笑う冬花に不動がぐっと押し黙る。
少し見ない間に冬花はますます逞しくなった。
がいれば恋する乙女でまだ可愛らしいが、がいなくなるとすぐに化けの皮を剥ぐ。
不動がミンチになってトマトで圧死する前に早く帰って来て下さい様。
このままだと俺ら、冬っぺのわかりやすくて重く怖い愛情にびびり倒しちゃうよ。
ほら、自分以外の奴にもびびらせられてるってちょっと嫌だろ、嫌ならとにかく今すぐ帰って来て下さい!
ほんとスッゲーマジでベンチが怖いんです、みんなスタメンなりたがって収拾つかないんです!
不動と冬花を中心にやいのやいのと騒いでいた声が、騒ぎ声よりもさらに大きな騒音にかき消される。
趣味の悪い巨大な飛行艇から現れた複数人の人物を目にした円堂たちの顔色が変わる。
いるはずのない人物が2人並んで立っている。
リクエストに応えて早急に出てきてくれたのは嬉しいけど、でも入口間違ってるよ。





「お父さん、私あっちのベンチに行きたい」
「お父さん無職だったらあっち行ってる」
「監督、今日はも響木監督もいないので今日こそまともに監督して下さい」
「何が言いたい、鬼道」
「まともにしないと負けます、この試合」




 試合だけを考えれば、お飾りのガルシルドよりもの方が厄介だろう。
ああ、はドライだからガルシルドのゴタゴタなんか総無視で試合するぞ。
ベンチも楽しくなってきたじゃねぇか、負けこんで俺に泣きつくなよ鬼道クン。
豪炎寺たちはザ・キングダムのベンチでにこやかに自己紹介らしきものをしているを見やり、一様に険しい表情を浮かべた。






俺たちの戦いはこれからだ!






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