81.金を失うと書いて鉄と読む










 私を味方と思うか敵と思うかはお宅らの勝手だけど、私の言うことは聞いといた方が身のためよ。
頭一つ違う東洋人の小柄な体から発せられる自己紹介代わりの脅し文句に、ロニージョたちの頭は簡単に混乱をきたしていた。
ガルシルドの女の趣味がわからない。
今までちらりと見てきたガルシルドの愛人たちはみな大人の色香を漂わせた蠱惑的な美女ばかりだったが、この子はまだ子どもだ。
色気よりも食い気の方が多そうな、色香どころか乳臭さが残るようながきんちょだ。
ただのガキにしては妙に肝が据わっているしなによりも覇気のようなオーラに溢れているから、ますます訳がわからなくなる。
は王者らしからぬ戸惑いを見せているザ・キングダムイレブンを力強い目で見上げた。





「あんたらがばっちりやんないと私の立場もなくなるわけ。そしたら誰も幸せになれないんだから、そこらへんちゃんとわかってやること」
「・・・何も知らないくせに偉そうなことを言うな」
「ああ? そっちだって私のことなぁんにも知らないのにぐだぐだ言うんじゃないの! こないだも言ったでしょ、そうやって全部俺が俺がって思うと潰れるって。
 なぁんでわかんないの、私の英語通じてない?」




 四の五の言わずとっととグラウンド行く、ほらほらさあさあ!
渋るイレブンの背中を叩きグラウンドへ送り出すと、はガルシルドを顧みた。
啖呵の切り方に満足したのか、ゆったりと底意地の悪い笑みを湛えている。
不甲斐ない幼なじみと接することで逞しく育てられてきた俗世間の女神は、恫喝も啖呵もどんとこいだ。
フィディオの傍にずっといれば絶対に覚えることのなかったこれらスキルは、すべて豪炎寺との日々の激闘の中で培われてきた。
幼なじみの言葉は7割無視すると思い込んでいる豪炎寺には通用しなかったが、ガルシルドに脅され怯え慣れてきたロニージョたちには効果覿面だったようだ。
必要以上にこちらが鬼と思われたのではないかとも不安になったが、これだけ可愛い子が鬼であればギャップにときめいてくれるだろう。
はガルシルドの忠実なる下僕ヘンクタッカーの隣に座ると、イナズマジャパンのフォーメーションへと目をやった。
DFに最近出場機会がなかった土方が入っていることを除けば、予想通りのスタメンである。
ロニージョたちの身体能力やチームバランスがどの程度かはちらと見ただけなのでよくわからないが、今日やろうと思っているのは試合のコーチではないので
チームの状態は選手たちに任せておけばいい。
やらなければならないのは1人で抱え込もうとして、いや、あるいは既に抱え込んでしまい泥沼にはまったサッカーと仲間バカを引きずり上げることだ。
無理をしているチームには、必ず抱え込む人がいる。
豪炎寺しかり風丸しかり、抱え込む必要などどこにもないのに抱えなければならないとでも思っているのか、問題をぴっちりと梱包して腹に隠してしまう。
抱え込むことは決して悪いことではない。
問題を抱えるというのは責任感が強いということで、それ自体を糾弾するつもりはない。
糾弾はしないが、不安にはなる。
いつか爆発して取り返しがつかないことになりはしないかと不安で、こちらまで本来なら抱く必要のなかった『不安』という爆弾を抱え込むことになるのだ。
自分が平穏に生きるためには、周囲もそれ相応に安定した生活を送ってもらわなければならない。
余計な波風を立ててほしくない。
突っ込みたくもなかったガルシルドの壮大な夢に組み込まれてしまった以上、夢から抜け出すためには足枷となるものはすべて断ち切らなければならない。
にとってロニージョのサッカーや仲間に対する一途な思いは、夢から心地良く目覚めることを妨げる不安要素に他ならなかった。
同じ夢の歯車となってしまった同志として、ついでにロニージョの悪夢もぶち壊してやりたい。
こちらは女神だ。
女神は迷い苦しむ者を泥沼から掬い上げようとする、世界でも屈指の優しい人だ。
ここらで南米大陸にもファンクラブの支局を作っておくのも悪くない。





「どーう私のご意見番センス、引き抜きして良かった?」
「威勢の良さは評価できるが問題は中身といったところか・・・。まあ、まだ試合は始まったばかりだ。あらかたのデータを取った後は好きにやってみるがいい」
「データ?」
「RHプログラムの活動開始からの心拍数、呼吸数、筋肉と骨格の反応などあらゆる状態をチェックしているのだ!」
「ふぅん」





 なるほど、RHプログラムとやらがロニージョたちをより追い込んだ元凶か。
はプログラムとやらを組み込まれたらしいロニージョに視線を向けた。
試合開始のホイッスルが鳴ったと同時にロニージョが果敢に前線に上がり、風丸や鬼道のディフェンスを立て続けに突破していく。
イナズマジャパンになりたてだった頃ならいざ知らず、激闘を経て着実に強くなった風丸たちをあっさりと抜くとは、これがキングオブファンタジスタの本気なのだろうか。
華麗な個人プレイからの連携が持ち味だと聞いていたのだが、イナズマジャパンは連携せずとも1人の力で攻略できる程度のチームなのだろうか。
いいや、そんなはずはない。
そうだとは思いたくない。
はパスを回すことなく単身円堂の前に踊り出たロニージョをじっと見つめた。
仲間思いの彼が、仲間を置き去りにしてプレイしている。
シュートこそゴールネットの遥か上を素通りしていったが、たった3分足らずの時間でロニージョの力はよくわかった。
得点王にふさわしくない不甲斐ないシュートだった。
吹き出すかと思った。
得点王でファンタジスタだからその名に見合うようなプレイを見せてくれるとばかり思っていたが、とんだ期待外れだった。
イナズマジャパンのベンチよりもさらに近い距離で観戦しているのだから、準決勝という大舞台に恥じないプレイを見せて観客を魅せてほしい。
ガルシルドたちは強くなるからいいだろうと単純に考えRHプログラムを起動させたのだろうが、余計なお世話だ。
ロニージョ本人の良さを殺してしまうようなプログラムはいらない。
は味方からボールを奪ってまでイナズマジャパンゴールへ攻め上がるロニージョに見切りをつけると、無言でベンチから腰を上げた。





「どうした?」
「同じパターンばっかじゃデータも偏っちゃうでしょ。ちょっと違うことさせてみようかなって」
「ほう、これは気が利くお嬢さんだ」
「お嫁さんにしたくなった? でも駄目、私ダーリンにしたい人いるから」





 試合の緊張感よりもギスギスとした荒れた空気を漂わせているザ・キングダムイレブンに声をかける。
のろのろと顔をこちらに向けてくる選手たちの顔を順に見回し、ロニージョの顔を見てわざと大きくため息をつく。
ほんとがっかり、あんた何やってんの?
の場を弁えない放言に、ロニージョの眉がぴくりと動いた。







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