さすがは我が幼なじみだ、たとえ相手が身内に近しい仲であろうと情け容赦を魅せない。
それでこそ幼なじみだしそんな彼女を誇りにも思うが、少しやりすぎではないだろうか。
豪炎寺はFWのマークを外したかと思えば怒涛の必殺タクティクス猛攻をかけていたザ・キングダムと、おそらくは彼らに指示を飛ばしたであろうを鋭い目で睨みつけた。
変化するフォーメーションへの適応が早い虎丸をあっさりと波に飲み込み勢いそのままに前線に押し寄せ、ロニージョにシュートを打たせる。
試合開始当初こそボールコントロールに苦しんでいたロニージョだったが、得点王の名は伊達ではなく、土方や飛鷹たちディフェンス陣を軽々と突破すると円堂の怒りの鉄槌も打ち砕き
あっという間に先制点を奪い取った。
予選リーグとは明らかに様子が違い無理をしているザ・キングダムが、無理の中でなんとか持ち直そうとしている。
並のチームであれば崩壊するだけの状態も、王者だと踏ん張るどころか上り調子に向かわせようとすることができるらしい。
一時的とはいえ、手負いの王者を率いているが眩しく見える。
アルゼンチン戦でことごとく消え失せた久遠や円堂、鬼道たちの代わりに遅れてやって来ながらもチームを立て直した時のは勇ましく見えたが、今日のは輝いて見える。
チームの実力との才能が同等のレベルにあると、の指示のすべてを実行に移す時は勇ましいだけではなく輝いて見えるらしい。
観戦中のは大ぶりなジェスチャーはしないが、きっと彼女の目には正しくゴールへ導くための光の軌道が見えているのだろう。
羨ましい才能だと思う。
にしか見えない光の道に沿ってプレイできるような選手になりたいと思う。
の力のすべてを受け止めることができる選手になりたい。
豪炎寺は先制点を挙げてもなお顔色を変えることなくフィールドを見据えているに向かって、小さく名前を呼びかけた。





「データ採れた?」
「む?」
「なんたらプログラムのデータは採れたかって訊いてんの」
「ああ・・・。ロニージョの反応と共に実に有効なサンプルが採れた」
「でしょうね。じゃあ、ここからはスーパー様タイムってことでいーい?」




 そういう約束吹っかけたのはあんたの方だからね。
前半終了のホイッスルが鳴ったと同時にベンチに戻ると、シークレットバッグから花束を取り出す。
出発間際までカスタマイズしていたが、時間と技量が足りなかったので100パーセントの出来とはいえない代物になってしまった。
ひょっとしたら遠心力とやらが作用して飛んでいくかもしれないが、その時は正当防衛と言い張ろう。
はつかつかと審判に歩み寄ると、審判の腕に絡みつく笛の紐に花束を寄せた。




「何をする」
「世界大会っていうおっきな舞台ですっごいことやってる審判さんに思いを込めて」
「そのような物は受け取れない」
「んん? 誰があげるって言った? やぁね、女の子に物せびるなんてせっこい男。男ならどーんと構えて私に物貢ぐくらいしなきゃ」




 例えばこの笛とかと嘯いた直後、花束を手前に引く。
ぶちりと紐が切れる音が花束の中から聞こえ、はすうと花束を引き寄せた。
花弁に鼻を近づけ、わーるい匂いと囁き逆さに引っくり返す。
からりと音を立て地面に転がり落ちた笛を拾い上げると、は今日一番の笑みを浮かべた。





「この笛、不良品だから捨てといて上げる」
「君、今すぐ返しなさい!」
「なんで? 商売道具の良し悪しもわかんないわけ? これでスイッチ入るのはフィールドにいる22人全員じゃなくてうちのキャプテンだけでしょ」
「何をしているんだ! ガルシルド様に逆らうとどうなるかわかった上でのことか!」
「くそじじいに逆らってないでしょ。それともなぁに、お宅は審判の不良笛にくそじじいが絡んでるとでも言いたいとか?」




 ガルシルドも馬鹿な下僕を持ったものだ。
ガルシルドが悪いとは一言も言っていないのに勝手に逆上して、自らガルシルドが悪事を企てていると暴露してしまった。
無言のガルシルドの隣で、上司の悪事を暴露したヘンクタッカーが顔を真っ赤にして喚き散らす。
誰かの下にいなければろくに喚くこともできない小物風情に、天下の女神様の相手が務まるとでも思っているのか。
ふざけるな、その髪刈り取るぞ。
はよほど笛を取り戻したいのか、ヘンクタッカーの指示でじりじりと距離を詰めてくるスーツ男たちに向け花束の擬装を取り払った新生相棒を突き出した。
今も肉刺ができた手は痛いが、痛みに負けこれ以上ガルシルドに屈することなどできないしプライドが許せない。
今ならマジンが出せそうな気さえする。
イケメンマジン出てこい。
は自分自身に発破をかけた。





「ねぇ知ってる? このアイアンロッド、カスタマイズ完璧にできなかったから先っちょの鎌どっかに吹っ飛ぶかも」
「こ、こいつがどうなったって「いいよ別に。だって私その人たちのため思ってこんなことやってるわけじゃないんだし」
「な・・・っ!?」
「だから言ったじゃん。私は自分が一番大好きなの。私がさっさと拉致監禁生活から解放されるにはこうするしかなくて、チームの人たちは私の通り道にたまたま突っ立ってただけ」





 それがラッキーだったかそうじゃないかはわかんないけど。
は突貫工事で先端に取りつけられぐらぐらと揺れる鎌つきの鉄パイプをぶんと振り回すと、痛みに思わず顔をしかめた。
先端が重くなると当然手への負担も増えるのだが、作っている時はそこまで考えが回っていなかった。
か弱い女の子に重量級のアイアンロッドG5は不向きだった。
苦痛と悔恨で顔を歪めたの隙を突き、スーツ男の1人がに肉薄する。
ここで本当に鎌で切りつけたら、こちらがお縄になってしまうのだろうか。
どうしたものかと考えながらも、自己防衛本能が働き鉄パイプを振り回す。
お嬢ちゃん、こういう大立ち回りは警察に任してくんねぇと俺らの仕事なくなっちまうだろ。
渋い声が頭上から降ってきて、ようやく現れたイケメンマジンを拝もうと顔を上げる。
えー、イケメンじゃなぁいおじさんじゃーん。
隠すつもりもフォローするつもりもなかったの本音に、鬼瓦が苦笑いを浮かべた。





「お嬢ちゃんくらい逞しい女の子だとイケメンもいらないと思うけどな。さあ、物騒なもんは仕舞った仕舞った」
「おじさんいいとこ取りすんの?」
「そうさ。RHプログラムや監督のこと、ついでにお嬢ちゃんのことも影山が死ぬ前に情報をくれていた。怖かったろう」
「うん、グラサンが私のこと人に教えるほど詳しく知ってたっての超怖い」





 鬼瓦に助けられ喧騒の外へ出されたを、様子を見に来ていた豪炎寺が回収する。
ご無沙汰修也くんとおどけて言うに久しぶりだなと返すと、豪炎寺はの手に握られたままの凶器をそっともぎ取り代わりにタオルを握らせた。





「ずっとガルシルドの所にいたのか?」
「そ。逃げたかったんだけどまた拉致監禁されてさあ。すごいの、部屋から一歩も出してもらえない鬼畜ぶり」
「電話は?」
「電波シャットダウンされてたみたい。ううわ、なぁにこの不在着信とメールの数」
「逃げるために仕方なく俺たちの敵になった・・・と考えていいんだな」
「当ったり前じゃん。修也たち優勝させに来たのになぁんで余所の監督しなきゃなんないわけ。私そんなに尻軽女じゃないですう」





 でも、程良くくそじじいの悪事ばらすお手伝いしたし感謝状くらいはもらってもいいと思わない?
はぐーんと背伸びすると、不安げにこちらを見つめている風丸にぶんぶんと手を振った。
試合中は耳目が溶けるのではないかと恐れ意識的に風丸から目を逸らし耳を塞ぎ血の涙を流してきたが、すべてが解決したらしい今ならば風丸を存分に眺めることができる。
隣にいる豪炎寺の存在を忘れ風丸へのダイブ態勢に入ったは、駆け出そうとする直前にロニージョから呼び止められ思わず前へとつんのめった。
感動の再開に絶妙のタイミングで水を差すとは、なんと空気が読めない男なのだろう。
世界のキャプテンはことごとく空気の読み方を知らないのかと思ってしまう。
は不満を隠さない顔をロニージョたちザ・キングダムイレブンに向けると、なぁにとぶっきらぼうに尋ねた。






「ちゃんとした監督戻って来たから良かったじゃん、おめでとう」
「ガルシルドの仲間だと言って悪かった・・・。感謝はしている、だが・・・」
「何よ、言いたいことあるならさっさとずばっと言ってよ」
「ガルシルドが逮捕されても、俺たちは何も変わらない・・・」
「は?」
「大人は約束を簡単に破ると言ったのは君だ。ガルシルドは、家族には手を出さないと言った約束も破るだろう。俺たちの家族はガルシルドのグループ企業から仕事をもらっていた。
 だけどガルシルドが逮捕されたら家族は・・・!」
「それを私に言ってどうすんの。ほんっとどこのエースストライカーもこんなんばっか。自分ちのゴタゴタをどうして私に吹っかけてくんの。なぁんで私を家族の未来予想図に係わらせたがんの」





 ねぇ修也ほんと困るよねえとぼやき隣の豪炎寺をちらりと横目で見れば、ばつが悪い顔で豪炎寺が小さく頷く。
豪炎寺家ならばまだしも、会ったことも見たこともないロニージョたちの家庭環境など知るはずがない。
知ったことかとさえ思う。
ラテン気質の人々はもっと明るく弾けた性格だと思っていたのだが、今の彼らは梅雨真っ只中のようにじめじめとしていて気持ち悪い。
こんな換気の悪いところに長居しているとカビが生えてしまう。
カビが生えた人間は無残だ。
人目につきやすい髪から緑色に染まり、宇宙人ごっこができるまでにおかしくなる人生を茶髪のは歩みたくなかった。





「何よ」
「まだしばらくこっちにいた方がいいんじゃないか?」
「それ本気で言ってんの? 自分とこのお姫様敵にレンタルって、修也頭の中もうカビたの?」
「カビてない。監督や円堂には俺が言っておく。・・・家庭環境のゴタゴタにを巻き込んだ経験者として言わせてもらうと、ロニージョたちにはまだが必要だと思う。
 その方がいい試合ができそうだし」
「ラストのが本音でしょ」
「俺はサッカーバカだからな」





 前途有望な選手を故障以外の原因で潰したくはないだろう。
そりゃそうだけど、でも私は早く風丸くんと・・・!
早くハグしたいのにとごねるの背中をぽんと叩くと、豪炎寺はを置き去りにしザ・キングダムベンチを後にした。







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