82.合わせ鏡のワルキューレ










 久々の宿福の自室はぴかぴかと輝いていた。
ガラスの2枚やそこらが変わったくらいでこうも明るく、美しくなるだろうか。
おかげでお目覚めばっちりだ。
は新調されたガラス越しに太陽を見つめ、ベッドの上で思いきり伸びをした。
やはり寝るのは開放感溢れる部屋がいい。
目覚めも気持ちいいし、なによりも寝た気がする。
主に精神が疲れた試合の翌日だが、今日は絶対に寝坊はできない。
目覚まし時計が鳴った時間ジャストに起きられるとはやればできるじゃん、私。
は手早く支度を整えると、向こう3部屋隣の不動の部屋にノックもなしに突撃した。
おはようあっきー早く起きないとフィーくんの試合始まっちゃうようと言いながら体を揺さぶるが、意外とぱっちりしている不動の目が開くことはない。
試合に出場せず体力を持て余しているだろうから不動を選んだのだが、疲れてもいないのに不動は目を覚まさない。
寝たふりを疑い体の上に跨り頬をつねったり髪を引っ張ってみるが、苦しそうに呻くだけで起きようとはしない。
なんとだらけた奴だ、みっともない。
は暑かったのか捲れ上がり剥き出しになっていた不動の腹をぱしりと叩くと、あっきーのだれちゃびんと罵った。
だらしのない男は嫌いだ。
いつでもきっちりしているとはこちらも息苦しくなるので望まないが、おねだりを総無視されるとかちんとくる。
はむうと眉根を寄せ不動の部屋を出ると、同じく円堂の部屋からため息をつきながら現れた秋に声をかけた。





「起きないの?」
「うん。みんな疲れてるんだろうけど、このままじゃオルフェウスの試合に間に合わないわ・・・」
「ほんとほんと。ねえ秋ちゃん、あの、ね」
「いいよ、いってらっしゃい」
「へっ、まだ何も言ってないのに!」
「フィディオくんを見に行きたいんでしょ。ちゃんがイタリアにいた頃の幼なじみ・・・なんでしょ? だったら観に行かないと」
「いいの? まだあっきーにしか目覚ましチャレンジしてないよ」
「あら、ちゃんこそいいの? 私だったらちゃんに任せて行くけどな」




 見たい時に見たい人を見るって言ったのに、ちゃんってば私が言ったこと忘れちゃったの?
くすくすと笑いながら急かす秋に背中を押され、外へと出る。
行ってもいいけど何かあったら絶対に連絡ちょうだいねと何度も念を押す秋に充電満タンの携帯電話を見せると、秋がにっこりと笑う。
持つべきものは幼なじみに振り回される同志にして友だ。
一之瀬や土門にはもったいない天使のごとき秋の優しさと気遣いには、一生かかっても勝てる気がしない。
同い年のはずなのに、この落ち着き方の違いは何だろうか。
は自身がとてつもなく子どものように思え、恥ずかしくなった。





「またあとでね、ほんとありがと秋ちゃん大好き!」
「はい、車には気を付けてね」





 ひらひらと手を振り走り出したを見送り、円堂たちを起こすべく再び部屋へと入る。
ちゃんが行くなら私も行きます、離して春奈ちゃん!
フライパンとお玉を装備した冬花の叫びが、熟睡を続ける円堂たちの耳に突き刺さった。











































 久し振りだねと声をかけられ、なんでいるのと返す。
相変わらずつれない返事だねと苦笑交じりに言われ、さっさとフィールド行ってよと応酬する。
フィディオが敬愛する相手なので邪険に扱いたくはないが、第一印象を覆すことは難しい。
は当然のように観客席の隣にやって来たオルフェウスのキャプテンにしてサボり魔ヒデを横目でちらりと見やり、わざと大きくため息をついた。





「キャプテンやるくらいにすごい選手なんだから、もったいぶらずに試合出りゃいいのに」
「俺はフィディオの可能性に賭けたんだ。君だって、フィディオが輝く姿を見たいだろう?」
「そりゃそうだけど、でもフィーくんはキャプテンがいた方がもっとフィーくんの良さを発揮できるよ」
「オルフェウスも、イナズマジャパンとの試合や影山との別れを経て強くなったんだ。俺は強いチームでプレイするよりも、強いチームを見る方が好きなんだ」
「ああそれはちょっとわかる。やっぱサッカーは外野から何も考えないで見るのが一番だよねえ。当事者になったらやることなすこといちいち大げさに受け取られて好き勝手しにくいもん」
「充分してたじゃないか。観てたよ昨日のブラジル戦、フィディオが惚れ直したって」





 君は本当に人々の視線を釘付けにするのが得意だね。
ヒデの真意のわからない言葉を7割方聞き流すと、は笛の音と共に始まった試合へと視線を移した。
予選Bリーグはザ・キングダムの圧倒的な強さばかりが取り上げられていたのでリトルギガントのことはまったく話を聞かなかったが、決勝まで勝ち進んだのだから強いチームなのだと思う。
だが、フィディオたちの強さも本物だ。
カテナチオカウンターは鬼道だから破れたものであって、他の選手がそう易々と突破できるものではない。
フィディオを中心に展開するカテナチオカウンターで相手からボールを奪い、前線のFWに繋ぎ得点するオルフェウスの常道にして最強パターン。
試合開始早々から成功したカテナチオカウンターには口元を緩めた。






「きょーうっもフィーくんかぁっこいい! 私、フィーくんがカテナチオカウンターで相手からボール奪ってくるっと回るとこ大好きなんだよねー」
「白い流星と呼ばれる彼だからこそできる軽やかなボール捌きだな」
「そうそう! はぁん、やっぱフィーくんかっこいい。見てるだけでどきどきするこれは恋のときめき?」
「ごちそうさま」
「ヒデくん私のこと馬鹿にしてるでしょ、イケメン好きなミーハーって思ってるでしょ」
「まさか」





 誰だって、男だって気になる女の子には目を奪われてときめくから君は別に特別じゃない。
ヒデはの顔を見ることもなく淡々と答えると、ラファエルのフリーズショットを片手でいとも簡単に止めたリトルギガントに険しい表情を向けた。
試合に異変に気付いたのか隣席のやかましいミーハーも影山が認めた女神に姿を変え、息を呑んでフィディオたちを見つめている。
コンディションはと先程とは打って変わった冷ややかな声で短く尋ねられ、上々だと返す。
カテナチオカウンターの意味ないじゃんと呟いたは、リトルギガントイレブンを見渡し顔をしかめた。





「これじゃヒデくん出てても変わんなかったかも」
「俺がいた時用もきっと考えていただろうし、オルフェウスがカテナチオカウンターを主体にしている以上は厳しいな」
「せめて1点でも取れればいいけど・・・」





 そうでもしないと、フィディオはあまりにも一方的すぎる展開にショック以上のものを受けてしまう。
フィディオのオーディンソードはフリーズショットよりも遥かに強力なシュート技だ。
きらめく魔方陣と輝く剣が勇ましい、世界で最も輝いている必殺技オーディンソードでリトルギガントに一矢報いてほしい。
は最後の力を振り絞りオーディンソードを放ったフィディオに祈りを捧げた。
幼なじみとはいえ一緒にいた時間が短く、秋のように強力な乙女の祈りができるわけでもないが祈りたい。
すべてを研究し尽くしオルフェウスのありとあらゆる攻撃を潰してきたリトルギガントに、試合には予定不調和の出来事が起こるのだと教えてやりたい。
オーディンソードがリトルギガントのキーパーに必殺技を出されることもなく両手で止められ、フィディオがフィールドに立ち尽くす。
負けたな。
ヒデがぽそりと呟いた隣で、はフィディオと同じようにスタンドで棒立ちになっていた。







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