決意を秘めた女の子は逞しい。
円堂は静かに火花を散らしてる2人の友人を交互に見つめ、背筋に冷たいものが流れるのを感じていた。
笑いが出るような状況ではないというのに、夏未ももびっくりするくらいに綺麗に笑っている。
面白そうに笑っている夏未と、負けず嫌い根性で笑っている
が守勢に回っているとは珍しい。
円堂は言葉を交わすでもなくただ笑い合っている2人に向かい、恐る恐る声をかけた。
止まっていた時間が動き出したかのように2人の体がぴくりと揺れ、荒矢と紹介された男が夏未を促す。
荒矢とリトルギガントのキャプテンロココに連れられスタジアムを後にしようとした夏未は、思い出したように振り返るとさんと呼んだ。





「話がしたいの。後で会えないかしら」
「いいけど」
「ありがとう、じゃあここに来て」





 走り書きされたメモを受け取り、去り行く夏未を見送る。
はふうと大きく息を吐くと、円堂に向かって先程とはまるで違うへにゃりとした芯のない笑みを浮かべた。




「疲れたー。あー、なんか今日もういっぱいいっぱい」
、夏未のこと知ってたのか?」
「試合でベンチにいたのを見て初めて知ったよ。びっくりしたあ、だってあの夏未さんだよ? 人間化けるよねえ」
「う、うん。・・・夏未と何話すんだ?」
「さあ? あ、でも変なこと言わないから大丈夫。基山くんが宇宙人やってた頃にも結構キチガイから脅されてたけど、その時も口割らなかったくらいには口固いから!」
「言って楽になるなら無理して黙ってなくていいからな!?」
「おう?」





 笑顔でとんでもなく暗く恐ろしい話をカミングアウトするに慌ててセーブを求め、円堂はつられたように小さく笑みを浮かべた。
の辛辣な一言はそれなりに体に深く突き刺さったが、これがの本音でチームの実情なのだろう。
決勝戦を前に気付かせ冷水を浴びせてくれたのも、のわかりにくい優しさだと思えば必要以上に落ち込まずに済む。
円堂はふらふらと前を歩くにありがとうと声をかけた。
きょとんとした顔のがくるりと振り返り、何があと間延びした声で答える。
円堂はに小走りで追いつくと、は優しいなと続けて褒め称えた。





「やぁだ円堂くん、改まって何かと思ったら今更それ? そんなの昔からそうでしょ、今気付いたわけじゃないのにどうしたの」
「いやそうなんだけどさ! うーん、やっぱりって面白い奴だな、が豪炎寺の幼なじみで良かった」
「向こうもそう思ってるといいんだけど、円堂くん今度そこらへんリサーチしてきてよ」





 ずっと一方通行じゃ辛いもんねえとどこか他人事のようにぼやくを大丈夫だと言って慰め、相変わらずたらたらと歩くを急かし宿福へと戻る。
が夏未と何を話そうが、夏未がリトルギガントの何であろうがイナズマジャパンにはイナズマジャパンのご意見番がいる。
相手チームの前に自チームをばっさりと切り捨て現実を突きつける、夢見るリアリストがいる。
夏未には悪いが、が夏未に劣るとは思えない。
劣っているのはご意見番の質ではなく、戦術を実行に移すチームだ。
だから、には何も問題はない。
自分たちに問題があるということは、自力で克服できるということだ。
それを気付かせてくれたは、やはりド素人ではなくて誰もが才能を認めるご意見番なのだと思う。
ていうかさ、フィーくんぼこぼこにしたのやっぱ許せなくない!?
マジやだ円堂くん、リトルギガントぼこぼこにしてきてよ!
な、夏未には手を出さないでくれ、でないと俺がをぼこぼこにしそう!
あれ、円堂くんってこんなに夏未さんのこと思って言ってたっけ?
は妙に夏未を庇う夏未専用守護神のような円堂を見つめ、首を捻った。
































 意外な場所に呼び出されるものだ。
もしかして、夏未はどこか具合が悪いのではないだろうか。
はライオコットホスピタル併設のカフェに入ると、先に到着し優雅にコーヒーを飲んでいた夏未のテーブルに歩み寄った。
あらさんと言い柔らかく微笑む夏未からは秋とはまた違う大人の落ち着きが感じられ、急に自分が子ども子どもしているように思いまたもや少し恥ずかしくなる。
急ごしらえで大人のふりをしても、中身は見た目に即した中学生なのですぐにボロが出てきてしまいそうで真似をしようとは思わないが。
夏未はいったい何を話すのだろうか。
人に流されることにおいてはかなりの不安しかないにとって、夏未のような口達者な者は分が悪い。
知らないうちに丸め込まれ、ぺらぺらと機密情報を口走りそうで怖い。
ぴりぴりと緊張しているに気付いた夏未が、の顔を見つめ小さく吹き出した。






「いやね、そんなに緊張しないで。私はねさん、あなたにお礼が言いたかったの」
「お礼?」
「ええ。・・・円堂くんたちの傍にいて、支えてくれてありがとう。あなたのおかげで私は今、こうしてリトルギガントのオペレーターとしていられるのよ」
「・・・お礼言われる心当たりが見つからないんだけど」
「ふふ、そうかもね。だってあなたは円堂くんたちを支えるためにこの道を選んだのではないもの」





 いつも自分がやりたいようにやっていて、それがたまたま私が進もうとした道への後押しをしてくれただけ。
夏未はコーヒーを一口飲むと、目を細め懐かしいわと呟いた。





「私がさんを初めて知ったのは秋葉名戸戦だったわ。見ているだけで相手の戦術を読み切り円堂くんたちの取るべき行動を言い当てたあなたを見た時は、正直少し怖くもあったわ」
「そういやそんなこともあったねえ。私、あの時押しつけられたメイド服まだ持ってるよ」
さんみたいな人がいればサッカー部はもっと強くなる。そう思って、冬海先生の後任として監督になれなんて言ったこともあったわ」
「あったっけ?」
「あったのよ。風丸くんばかりあからさまに贔屓して、半田くんはまるでおもちゃ扱い。
 私たちには到底理解できない不思議な会話を円堂くんと続けて豪炎寺くんをいつもしかめっ面にさせていたさんを監督にだなんて、あの頃の私ってすごく大胆だったと思うわ」





 滔々と語られる昔話を聞き、過去の豪炎寺ではなく現在のの眉がぴくりと動く。
貶され呆れられているようにしか聞こえない。
はっ、まさか夏未は精神攻撃を企てているのか。
そうはさせるか、心の安定のために今すぐ思い出せるだけ風丸の名言と笑顔と声を温もりと、とにかく風丸を思い出すのだ。
再び緊張し始めたに、夏未は悲しげに笑いごめんなさいと続け頭を下げた。





「あなたをサッカー部により深く係わるように強いたのは私だわ。豪炎寺くんは、さんがサッカー部に必要以上に係わることを望んでいなかった。
 私が無理を言ったせいで影山の陰謀やエイリア学園との戦い、ガルシルドの事件にも巻き込まれてしまったわ」
「そこまで巻き込まれると私もそろそろミンチかペーストになってるんじゃないかな」
「冗談はいいの。私は本当にさんに対して申し訳なく思っているの」
「なんで夏未さんが悪いの。私をサッカーに引きずり込んだのはフィーくんはまあ置いといてどう考えても修也なんだから、夏未さんが修也の責任引っ被ることないって。
 それに私そんなに気にしてないし」
「でも・・・!」
「それよりも、夏未さん私に何を感謝したいの? 超気になるけど、これってCM挟まないとわかんない系?」





 早く早くうと急かすを驚きの表情で見返した夏未が、何かに納得したように1人小さく頷くと再び口を開く。
待っていた感謝の言葉ありがとうがようやく聞け、は理由も聞かずどういたしましてと返した。
もっと私の話を聞いてからその言葉は言いなさい。
教師のような夏未の苦言に、反射的にはいと答える。
ほら流された。やはり流された。
のわずかな後悔には気付かなかった夏未は、さんがいて良かったと感慨深げに言った。





「選手の世話やデータ収集だけがチームを支える道じゃないと教えてくれたのはさん、あなたよ。
 タオルを渡すこともデータを集めることも、手伝いすらしないさんはフィールド外にいながらにして他の誰よりも早く的確に戦術を分析して、その対処法を編み出して知識をみんなに渡すわ。
 私はさんのようになりたかった。さんは私の憧れであり目標、そして最大のライバルよ」
「褒めてる・・・んだよね」
「私は貶したくなる人に憧れなくってよ。私はおにぎりもろくに握れない、世話をすることにおいては本当に駄目なマネージャーよ。気合と実力は必ずしも比例しないもの。
 でも、だからといって音無さんのように鋭いリサーチ能力があるわけでもない。私はただ、文書関係の処理なら誰にも負けないだけ。サッカーにはあまり関係ないと思っていたわ、悲しいけど」
「うーん・・・?」
「でもさん、あなたは見ているだけ。本当に見ているだけ。見ているだけだったのに選手たちの今と未来がわかっていた。
 私にそれはできないけれど、チームを分析するという点だけは真似できるかもしれないと思ったわ」
「ごめん、夏未さんの考えが難しすぎて割と早いとこからついてけない」





 それでいいのと返すと、夏未はとんと自身の頭を指差した。
自慢ではないが、頭の回転は悪くないと思う。
大量の書類を決裁していたので、物事を分析する力も人には劣っていないと自負している。
ハーフタイムの間にベンチに忍び込むのぼやきに耳を傾けながら試合を眺めていたので、どこを見ればより試合展開を読めるかというコツも少しずつだけつかめてきた。
ほど豊富なサッカー観戦の経験値はないが、経験値を充分に蓄えた偉大なるフィールドの女神の目を通し試合を見つめてきたことは、実質時間以上の力をもたらした。
の存在で円堂たちが強くなるのであれば、のような者が相手チームに存在することにより円堂たちはより苦戦することになる。
チームが苦戦すれば円堂たちは立ちはだかる壁を打ち砕こうと足掻き、そして突破口を切り開く。
おそらくは豪炎寺に優勝トロフィーを持たせるためにイナズマジャパンに帯同してきたが、豪炎寺の敵になることはありえない。
最強の壁を生み出す者が敵とならないのであれば、それに代わる者が壁となり円堂の前に立ちはだからなければならない。
同じ頂点でもより高い頂点を目指す円堂の夢を叶え、できることならば夢を一緒に追いかけたい。
たとえそれが並走でなくても、そうすることで大切で大好きな人が強くなり嬉しくなるのであれば別離も厭わない。
何かを守るためには多少の犠牲が必要だと身をもって教えてくれたのもだった。
夏未は賢明に話を解釈しようと唸っているの名を呼んだ。
弟子は尊敬する師のようになり、やがては師を追い越すために鍛錬に励むのだ。
先のオルフェウス戦でこちらの実力はに見せた。
リトルギガントは、こちらがどんなに難題を突きつけても易々とやってのけるだけの力を持っている。
聡明なは戦いを見ただけでリトルギガントが強いと見抜いた。
それでこそだった。






「やっと私は目標としていたさんと同じ舞台に立つことができて、そして戦うことができる。私は円堂くんに立ちはだかる最も高い壁になる。作ったのはさん、あなたよ」
「私ってばまーたいつの間に敵にお塩プレゼントしてた?」
「いいえ、私がもらったのは卒業証書」
「なるほど。ま、いいんじゃない? 円堂くんちょっとMっ気あるから強い人と戦った方が新しい必殺技覚えるようにもなるでしょ」





 あっ、これは言っちゃ駄目だった系かもしれない、夏未さん今の忘れといてね!?
脅しのためか、見覚えのある花束をちらりとちらつかせたに笑顔で頷く。
怖くて笑みしか浮かべれらない。
円堂くんに夏未さんぼこぼこにしたら私ぼこぼこにするって脅されてるから、結局夏未さん独り勝ちでフェアじゃないとぼやくの言葉に、夏未は言いようのない恥じらいを覚えた。






わ、私も鉄パイプとか持った方がいいのかしら・・・






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