83.雷門下のお嬢に非ず










 もてる女は辛い。
進む道には必ずといっていいほどお呼びでないキチガイが待ち受けていて、こちらをあわよくば手中に収めようと舌なめずりしている。
いい歳をしたくそじじいの舌なめずりなど、想像するだけで鳥肌が立つ。
はぞわわと粟立つ腕をさすると、イナズマキャラバンの暖房のスイッチを入れた。
生暖かい風と共に浴びせられるブーイングに、はブーイング筆頭をねめつけた。





「悪寒するからいいでしょ、私が風邪引いたらどうすんの」
「常夏の島で暖房つけるちゃんはとっくに頭病気だって。消せよ、暑いって」
「私は寒い。やぁなこと起こる前によくあるぞぞぞっと感超する」
「あのなあ!」




 クレームは受け付けないとばかりにつんとそっぽを向いたには見えないように舌打ちする。
出会った時から勘がいいだけの馬鹿だと思っていたが、はよほどこの考えを定着させたいらしい。
ライオコットの温暖な気候に頭が茹で上がったのか、ライオコットへ来てからのの行動は日本にいた頃から輪をかけておかしなものになった。
おかしさに拍車がかかってから恋い慕う気持ちが膨らんでいったこちらも相当におかしいが、まだの可笑しさを糾弾し、窘めることができる立場にいると思う。
制止が聞き入れられることはほとんどないし、今回も当たり前のように却下されそうだが。





、寒いならこれ貸すよ。これで少しはあったまるんじゃないかな」




 の寒い寒い駄々を見かねた風丸が、ジャージーの上着をにかける。
あったかいかと不安げな表情で尋ねてくる風丸を見たがみるみるうちに笑顔になり、風丸のジャージーをぎゅうと握り締める。
シートベルトという安全を保障する砦を乗り越え風丸に飛びつこうとした隣席のを必死に引きずり戻した不動は、思いつきもしなかった風丸のごく自然な行動にまたもや舌打ちした。
寒がっているのであれば温めてやればいい、ただそれだけのことなのに彼ジャージーという手段が出てこない。
は暖房のスイッチを早々に切ると風丸のジャージーを羽織りこっそり匂いなんかも嗅いでいるし、完全に出番を奪われた。
心の狭さを知らしめるような叱責だけをして、またに鬱陶しがられた気がする。
不動は風丸の肩をちょんとつつくと、耳元に口を寄せた。




「風丸クンはさ、何したらちゃんにああいうことできるようになるわけ?」
「何って、寒いなら厚着するのが普通だろ。女の子は体を冷やしちゃいけないって真帝国じゃ習わないのか?」
「えっ、風丸それ授業であったっけ? やっべー、俺また寝てたかなあ知らなかったよ」
「大丈夫よ円堂くん、雷門中の授業カリキュラムにそんな講義はありません」
「でも男の子の常識だよお。さん、僕とアツヤのマフラーもいる? あったかいよお」
「マフラーはいらない」
「そんなこと言わないでほらほら、このマフラー長いから2人でぐるぐるしようよー」
「ぎゃー吹雪くん首筋触んないでぞくぞくする!」





 私と風丸くんのジャージーの間に入って来ないで吹雪くん!
の本気の怒声がイナズマキャラバンに響き渡った直後、前方のコトアールエリアでひときわ大きな土煙が上がった。

































 時間をかけてじっくりとお風呂に入ってきたのに、昨晩の時間と努力を返してほしい。
は土煙に煽られ髪も服も服の中までも砂っぽくなった体にとてつもない怒りを覚えながら、空から降ってくる細かな礫を花束で払い除けていた。
鉄筋コンクリートでできていないコトアールの建物はとても脆いらしく、ボールを蹴っただけで次々とドミノ倒しのように破壊され倒れていく。
三匹の子豚の童話でいえば、次男坊の木の家程度の強度といったところか。
建物の破壊は見ていて嫌な気分にしかならない。
キチガイカビ頭の所業を思い出すたびに苛々して、今手に握っているアイアンロッドG5にしてアイアンシックルでいけ好かないキチガイヘアーを刈り取りたい衝動に駆られる。
そもそもアイアンロッドは、度重なるキチガイたちの跋扈に危機感を抱いた半田が金属バットを持てと言ったことから歴史が始まったのだ。
つまり、アイアンロッドが本来討つべき敵はガルシルドでも豪炎寺でも不動でもなく、カビ頭ということになる。
しまった、事件が解決して謝罪を受けた今になって倒すべき敵を知ってしまった。
はキチガイ仲間のヒロトへと振り返ると、カビ頭と告げた。
カビ頭の『カ』を聞いた瞬間にヒロトのイケメンが引きつったのは、イケメンなので見逃してやることにする。





「あの宇宙人ボールでやったらコトアールのお家消し炭じゃない?」
「さ、さあ・・・。さん、ちょくちょく俺の思いだしたくない過去掘り返すのやめて。それから晴矢、ああ、バーンだよ、彼も言ってたと思うけどレーゼは悪い子じゃないんだ」
「そりゃちょっとは反省してたみたいだけど、緑川くん経由で言ってくるんだからやっぱなっさけない男」
さんは素でそう思ってるんだね。本当に君は怖いよ」





 緑川が哀れでたまらない。
いや、彼=キチガイカビ頭と思われていないことは彼にとっては命を永らえたという点では幸福なのだろうか。
ヒロトは日本で日夜特訓に励んでいるであろう緑川を思い出し、しょっぱい気分になった。
なぜだろう、海の向こうで緑川が泣いている気がする。
はせっかくのイケメンを曇らせているヒロトから離れると、何があったどれがああだと騒いでいる円堂たちの元へ歩み寄った。
これほど下衆いことをする輩はライオコットに1人しかいない。
は大多数の予想を裏切らず姿を現したガルシルドを指差し、やっぱりと声を上げた。
悪事を企てていて警察にも追われているとわかっているだろうに、なおもライオコット島に留まっている彼の真意がわからない。
潜伏するわけでもなく、さあ捕まえてみろと言わんばかりに堂々として派手派手しい登場には頭がおかしいのではないかと思ってしまう。
キチガイの個人的定義は『頭がおかしくて訳わかんない、人に迷惑しかかけない馬鹿をやっている人』なので、やはりガルシルドは真性のキチガイだ。
以前は不動もキチガイだったのだが、迷惑という点が当てはまらなくなったのでキチガイ人物録から削除した。
ちなみにキチガイの殿堂入りを果たしているのは最後の最後まで好き勝手場をかき乱し、挙句鬼道の心を弁明の仕様がないほどにシャッフルした影山だ。
夕香の事故といい数度にわたる拉致監禁といい、彼以上のキチガイは今後現れないと思う。
むしろ現れてほしくなかった。





「渡すだの守るだの偉そうなこと言ってるけど要はサッカーやるんでしょ、じゃあさっさとアップしたら?」
「ふっ、相変わらず面白い小娘だ・・・。だが私から離れたことを後悔させてやる」
「あんたこそ、自分が甲斐性なかったせいで私に逃げられたこと後悔させたげる、主に修也が」
「突拍子のない責任転嫁と押しつけはやめろ」
「あんまり甲斐性なかったら私本気で逃げるから後悔しないようにね、修也」





 これからはずっと見てたげるからその恩と優しさに報いてしかるべきでしょ。
叩かれた背中から伝わる柔らかな温もりに、豪炎寺は催眠術にかけられたがごとく素直に頷いた。







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