初めての快挙かもしれない。
不動とは得点が入ったわけでも、ましてや試合すら始まっていないにもかかわらずベンチでハイタッチを交わしていた。
後半専用ゲームメーカー不動が遂に前半からスタメン入りした。
公式戦ではないとはいえ、人類との戦いの歴史の中で不動が前半に出るのは初めてかもしれない。
やったじゃんあっきー私がちょっといない間に成長したんだ!?
男子3日会わざれば刮目せよってちゃん知らねぇのっていうか、たかがスタメン入りしたくらいで喜びすぎなんだよ!
屋根がないベンチは俺にふさわしくないと一見かっこよく聞こえるがよく考えてみるとかっこいいどころかアホ丸出しに名言を残し颯爽とフィールドへ向かった不動を、いってらっしゃいと言って見送る。
不動との新婚夫婦プレイもなかなか板についてきた気がする。
いつもは後半という遅番での出勤だが、今日は前半からの出場なので早番といったところか。
細かな設定まで考えられるようになるほど、不動との付き合いも長くなったということだ。
選手を送り出すのが豪炎寺と出会ってからかれこれ10年やってきたが、彼を見送るのはいつものことで飽きてきたので、いちいち設定を作ることもなくなった。
不動を送り出したはベンチに悠々と座ると、チームガルシルドに鋭い視線をくれている夏未の目を見て小さく口元を緩めた。
円堂や豪炎寺、鬼道とよく似たサッカーバカの目をしている。
日本にいた頃はまるで違う眼力の強さに、夏未が大介の下で相当鍛えられたのだとわかる。
知らないうちに採っていた弟子は立派になったものだ。
師と慕われるほどに大層なことをやって来た実感は今も昔も、きっとこれから先も感じることはない。
何がすごいのかわからないが、これからも慕う者は拒まず精神できらきらとオーラが眩しい様でありたいとは思う。
は試合開始早々からボールを奪えず相手のスピードやジャンプ力に翻弄され続けているイナズマジャパンを見やり、眉根を寄せた。
さすがは勝てれば何をしてもいいと開き直ることにおいては右に出る者がない豪商ガルシルドだ。
金を存分に費やした末に完成したRHプログラムは、ただでさえ大人対子どもで生まれる体力差を更に広げている。
フェアじゃないという言葉は、もはや口にしたところで何の意味もなさない。
公式戦でもフェアでない戦いが繰り広げられる汚濁にまみれた世界大会なのだから、ゲリラ戦はハンデがあるのが当たり前だと割り切った方がいっそすっきりする。
人は経験を積めばどこまでも逞しくなる生き物だ。
金の力でぬくぬくと育てられたドーピング連中とは、越えてきた修羅場の数が違うのだ。






「ボールが取れないのは当たり前かあ」
「えっ、そんなにあっさりと諦めちゃうんですか!?」
「だって取れてないじゃん。ああそうだ春奈ちゃん、今日は私じゃなくて夏未さんがご意見番やるから」
「ど、どういうことですか!? な、夏未さん!?」
「今は話しかけないでちょうだい。・・・私は、おしゃべりをしながらみんなを導けるマリアンヌじゃないの」





 軽口を叩きながら試合を見通せるほど優れたオペレーターではない。
公式戦と違い事前情報が何ひとつとしてないチームガルシルド戦は、すべてが未知の領域だ。
はボールは取れないと断言したが、取れないのであれば取れるようになる方法を編み出すのがオペレーターだ。
選手の動きを見ていればおのずと進む道は見えてくる。
大介からアドバイスを受け、夏未はチームガルシルドの動きに目を凝らした。





「ボールは鬼道くんとあっきーがいるんだから取ろうと思ったらすぐにでも取れると思うけど、取ってもキーパーが大人で、しかもドーピングしてんならシュートは難しいんじゃない?」
「さっきさん、ボールは取れないって言いませんでした?」
「1対1じゃそりゃ無理でしょ。だって向こうは大人だよ? タイマン張るのが駄目なら次はタッグ組んで攻める。
 これは喧嘩の基本だから不良のあっきーはすぐにダブル台風の目であっちに対抗するんじゃない?」





 鬼道くんもチームプレイを活かしたゲームメーク得意だから、2人そろってやるのはあれしかないでしょー。
夏未の思考の邪魔にならないようにが小声で囁いた直後、鬼道と不動の周りに集まった2つの円が敵陣深く切り込んでいく。
2つの円の間でパスを繋ぐことによりみるみるうちにゴールに近付くが、離れていたがゆえに1人で打たざるを得なかった虎丸のグラディウスアーチはあっさりと相手GKの必殺技に止められてしまう。
大方予想通りの展開となった試合にほうと息を吐いたは、大介を仰ぎ見た。





「おじさん円堂くんのおじいさんでなんかすごい人なんでしょ? 円堂くんの今のキーパー技全っ然使いもんにならないから発破かけたげてよ」
「必殺技はのう、突然覚えられるもんじゃない」
「円堂くん結構馬鹿だから、なんか適当なこと言っとけばそれ真に受けて勝手に必殺技のコツと思い込むって」
「・・・・・・夏未、わしこのお嬢さんに覚えが・・・」
「彼女はさん。誰も庇いきれないからあまり刺激しないで下さい」
「なぁんだ夏未さんおしゃべりできるじゃーん」
「今のは軽口じゃなくてれっきとした警告、諫言だもの」





 オペレーターになりますます言葉に鋭さが加わった夏未に、はむうと眉をしかめた。
こちらを師と思い憧れているのならば、もう少し言葉遣いを改めた方がいいのではないだろうか。
これが師匠に対する物言いか。
は再び口を閉ざした夏未を無性につつきたくなった。
どつかないのは夏未が女の子で、彼女に手を出そうものならばもれなく円堂に大仏レベルの大きな張り手を飛ばされかねないからだ。
は夏未を放置すると、所在なさげに立っているロココに歩み寄った。
ポケットに手を突っ込みごそごそと漁れば、乙女の必需品が指先に触れる。
は背の高いロココをぐいと見上げると脱いでと言い放った。





「・・・え?」
「湿布貼るには脱がなきゃ貼れないでしょ。べたって貼ったげるって言ってんだからもじもじしないでさっさと脱ぐ」
「その湿布どこから・・・? ポケット・・・? え・・・っ!?」
「なーにそんなことで驚いてんの。空から降ってくるのは雨と雪と雹だけじゃないんだから、いつ痣作ってもいいように湿布持ち歩いとくのは常識でしょ」






 だからほら痛いんでしょ肩と言って容赦なく商売道具の肩をつついてくるに向かい、思わず痛いと呻く。
痛いとわかっているなら、なぜ更に痛みを増幅させるようなことをしてくるのだ。
公衆の面前で裸体になる趣味を持ち合わせていないので、の鬼のような気迫に負け肩口だけ肌を晒す。
言葉とは違い存外優しく慣れた手つきでぺたりと貼られた温湿布に、鋭かった痛みが若干和らぐ。
人肌で温められた温湿布とは考えない方が良さそうだ。
ロココは味方が負けているにもかかわらず淡々としているに恐る恐る尋ねた。





「君もイナズマジャパンのマネージャー?」
「ノン、ご意見番。もう、次戦う相手のことくらい夏未さん経由ばっかじゃなくてちょっとは自分で調べてよ」
「夏未はすごくいいオペレーターだからつい頼っちゃうんだ。すごいだろう、夏未」
「うん、すごい。でも夏未さんがあそこまですごくなれたのは夏未さんの指示通りに動けるチームがあったからだから、ロココくんたちもすごいよ」
「イナズマジャパンはすごくないのかい? イナズマジャパンだっていいチームだ、戦うたびに強くなる可能性に満ちたチームだ」
「そりゃどうも」






 本音なのかリップサービスなのかよくわからないロココの言葉を軽く受け流すと、はハーフタイムに入り鬼道たちフィールドプレイヤーに後半からのフォーメーション指示を与える
夏未の背中を見つめた。
男の子でなくとも、3日会わなければ目を大きく見開いて人を見る必要がありそうだ。
このままでは可愛いご意見番という誰にも真似できなかったアイデンティティが崩壊してしまう。
夏未は茶髪でリボンも赤系統で、似ているところも探せばある。
これで気になる相手も被っていたらどうしようかと思っていたが、夏未がイケメン好きでなくて良かった。
は夏未の説明を聞きへぇと声を上げた。





「あら、何か問題があって?」
「ううんないよ。全部が縦割りの完全分業制はシステマティックだけど、いざという時ちょっと困るもんね」
「詳しいのね」
「経験者は語れるってやつ。いつだったかはもうどうでもいいけど」
「珍しいのね、さんがあえてそんな道を選ぶなんて」
「道は、選びたくて選んだ道と選ぶしかなくて選んだ道の2種類があるの。ま、どっちも結局は自分が選んだんだから責任は持たなきゃいけないんだけど」





 選んだ道を繋げたことで道は長くなり、そして次のステージへ進むことができる。
山も谷もすべては越えなければならないトラップだから、立ち止まるという選択肢はない。
はフォーメーションを大幅に変え後半に臨む選手たちを見送ると、大介をちらりと見上げた。
なぜだろう、目が合った瞬間に大の大人の顔がひくりと引きつった気がする。





「ありがとおじさん、私の知られざる弟子鍛えてくれて」
「はて、何のことかな」
「ボケのふり? やっぱ強い相手と試合するのが一番楽しいもんねえ、最高の舞台作ってくれてありがと」
「おや、気付いていたとはさてはお嬢さんもサッカーバカか?」
「まさか。私はサッカーバカの幼なじみってだけ。そうだなあ、どうしてもバカって言いたいんなら幼なじみを優勝させたいバカとか」
「愛だのう、若いな」
「私の愛、リトルギガント黒焦げにするくらいにあっつあつよ」





 あ、でもハリケーン級の愛ってのもいいかも。
は久々に見たザ・ハリケーンにはぁんとときめきにため息をついた。
移り気なのは、炎は飛び火するからだと思っていただきたい。
1人をずっと見ていると目も心も疲れてくる。
ランダムに複数のイケメンを程良く見ているからすべてのイケメンが魅力的に見えるのだ。
結局巡り巡って原点に戻ってくるのは、自身も生まれたところに戻るからなのかもしれない。
人生の逆再生をしている気分になってきた。
はガルシルドとの戦いに逆転勝利を収め意気揚々音引き上げてきた豪炎寺たちを出迎えると、なおも逃げようとしているガルシルドへと視線を向けた。





「逃げるんなら初めっからスナイパーでも雇っておじさん撃っときゃ良かったのに、派手好きセレブってやっぱり意味わかんない」
「あなたって本当に物騒ね・・・。私、そこだけは憧れられないわ」
「そこまでリスペクトされたらマジで私のアイデンティティピンチだから。おめでと夏未さん、ありがとね」
「え?」





 幼なじみを優勝させたいバカはバカらしくするから。
は誰にも聞こえないような小声で呟くと、ようやくまともな警察に連行されていくガルシルドにひらひらと手を振った。






ゲームでは属性は『火』か『風』でいかがでしょうか






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