今も正直会ってどんな顔をすればいいのかわからない。
触れようとして顔を逸らされたのはそれなりにショックだったので、また同じことをされたらどうしようという不安もある。
不安には様々な種類がある。
自らの身の安全を憂う不安や、他者の心を慮っての不安。
は両極端な2つの不安を抱え、オルフェウスの宿舎の前へと足を運んでいた。
準決勝でリトルギガントに負けフットボールフロンティアインターナショナルでの出番がなくなったオルフェウス宿舎は、ひっそりと静まり返っている。
サッカーの音がしないサッカーアイランドは静かすぎて不気味だ。
はそろりと門を潜ると、夕日を背にグラウンドに立ち尽くしている少年を見つけ黙ってベンチに腰かけた。
今はこちらから話しかけるべきではない。
自分の世界に入り何かと向き合っている彼の世界に踏み入ってはいけない。
はベンチに腰を下ろしたまま、じっとフィディオを見つめた。
ボールを手にしたフィディオの顔が悔しそうに歪み、悔しさをボールにぶつけシュートを放っている。
やはり彼はまだ敗戦の責任や悔しさを割り切れていないのだ。
ゴールめがけて打ったシュートがゴールポストにぶつかり、跳ね返って転がってきたボールを持ち上げる。
ボールの行方へと首を巡らせたフィディオが、こちらの存在を認識し驚いたような表情を浮かべる。
フィディオはに駆け寄ると小さく笑いかけた。




ちゃん、来てたなら声かけてくれて良かったのに」
「だってフィーくんボールとおしゃべりしてたでしょ。私が入り込むスペースなかったもん」
ちゃんのこと考えてたんだよ。でも驚いた、ちゃんでも焼き餅って妬くんだ」
「妬くよー。フィーくん私のこと何だと思ってるの?」




 フィディオにすんなりとボールを返すのが嫌になり、ころころと蹴り返してみる。
世界屈指のストライカーへのパスにしては弱々しいし技量もないが、優しいフィディオは笑顔で受け止め、そして柔らかく蹴り返してくれる。
は基本に忠実なサッカーをモットーにして、また、それしかできなかった先生から学んだサッカー技術を懸命に思い出しながらフィディオにパスを送った。
お世辞だとわかっていても、上手だねと言われれば嬉しい。
フィディオはに蹴り返すと、こういうの夢だったんだと感慨深げに呟いた。





「小さい時はちゃんはずっと見てるだけだったし、俺も上手くなかったからちゃんにぶつけるのが怖くて一緒にやろうって言えなかったんだ」
「フィーくん昔っから考え方もイケメンだったんだね」
「男って見栄張りたがるから、好きな女の子の前ではいつもいい男ぶってたいんだよ。俺って小さい頃から男だったんだなあ」
「えへへ、私ってばずうっと今までお姫様待遇じゃん」





 お姫様は仮死状態になったり魔王に攫われたり仮死状態になったり監禁されたり泡になったり、お姫様になる条件結構クリアしてるし!
幸福感がどこにもない悲壮感溢れる具体例を列挙するに、フィディオは引きつり笑いを浮かべた。
先のイナズマジャパン対ザ・キングダム戦でははザ・キングダムベンチにいたが、それも何らかの災難が降りかかったからではないだろうか。
イタリアへ戻ればもう二度と、を危険な目に遭わせるものか。
考え事をしながらパスを待っていると、がわあと小さく叫ぶ。
やぁん変なとこ飛んじゃったー。
残念そうな声を上げ木を見上げるにフィディオも近付き、同じように木を見上げる。
少し前にも似たようなことをやった気がする。
隣のがよしと勇ましいかけ声を上げ、木の幹に手をかける。
ちゃんはやっぱりこうするんだなあ。
フィディオはの肩をつかみ制すと、軽々と木によじ登った。





「わあフィーくんすごい!って何か前も似たようなシチュで似たようなこと言った気がする!」
「前は帽子だったよ。でも俺はあの頃はまだちゃんがちゃんだと知らなくて、知らないままに面白くて可愛い子だなあって一目惚れしたんだった」
「私って今でも面白い子?」





 ボールを手にしたフィディオが、空を舞うような軽やかさで木から飛び降りる。
受け止めようと両手を広げると、前回とは違いフィディオが腕の中に飛び込んでくる。
受け止めようとすると、勢いそのままに芝生の上に押し倒される。
フィディオの手から零れたサッカーボールが顔の横に転がり、注意をボールへと向けると顔の上でフィディオが拗ねたように名前を呼ぶ。
俺はこっちだよ、ちゃん。
声と共にそっと頬に触れられ、ゆっくりと顔を向けさせられる。
上から見ても横から見ても下から見てもフィディオはイケメンだ。
フィディオの首元から零れる星とサッカーボールのネックレスが夕日に照らされ、不規則に光る。
は眩しさに目を細めると、なぁにと尋ねた。





「フィーくんも焼き餅妬いた?」
「いつも妬いてる。せっかく会えてもちゃんは豪炎寺や鬼道、不動とべったり。俺だけのちゃんだったのにずるい」
「もうすぐ、またフィーくんと一緒になれるからそれまではもちょっと我慢だって」
「我慢できないって言ったら?」
「待ちなさいって言う。私の言うこと聞けるでしょ、フィーくんは」





 はそろりと手を伸ばすと、先日触れ損ねたフィディオの目尻に指を這わせた。
もう泣かないのと悪戯っぽく尋ねると、フィディオが苦笑いを浮かべる。
人には泣いちゃ駄目だって言ったのにと呟くフィディオに向け首を横に振ると、ずっと頬を触れていたフィディオの手がの手を包み込む。
我慢したくない。
フィディオはそう密やかに囁くと、の顔に唇を寄せた。





「フィーくん」
「うん」
「フィーくん、ちょっと我慢が足りない」
「もう充分待ったよ。これ以上待ったら俺どうかなりそう」
「今まで待てたからあと少しいけるって」
「・・・ちゃん・・・」





 生殺しだ。
確かに少しばかり性急に事を進めようとはしたが、しかしこのタイミングを狙ってかそうでないのか止めに入るの空気の読めなさには降参するしかない。
フィディオは渋々顔を離すと、を抱き起した。





ちゃん、俺に用があってここまで来たんだよね」
「あれ、わかった?」
「俺はちゃんのことを出会ってから10年間ずっと考えてるんだ、わからないわけがないじゃないか」
「なるほど。ねえフィーくん、円堂くんともっぺん戦ってみたくなぁい?」





 今なら出血大サービス、私もオルフェウスのご意見番としてついてくる!
魅力的な2つの誘惑に心がぐらりと大きく揺れる。
断る理由がどこにもない。
が言わんとしていることはわかるし、たとえそうだとしても円堂と戦い彼らがリトルギガントを打ち破ることは望みだ。
フィディオはを真っ直ぐ見つめると大きく頷いた。
凄まじい洞察力とオルフェウスの実力が合わされば、リトルギガントのプレイスタイルを再現することも難しくはない。
世界一くらいにすごいサッカー選手になるのは次の機会にお預けだ。
もう焦る必要はない。
はこちらを認識してくれている。





「あ、そうだフィーくん」
「ん?」
「次世界一くらいになる日まで私も待ってるね」
「あんまり待たせないようにするよ」
「うん、そうして」





 私はフィーくんよりも我慢嫌いだよー?
冗談交じりの口調で嘯くに、フィディオは苦笑いを浮かべた。







目次に戻る