85.約束の作り方










 世界大会が終わろうとしている。
は卓上カレンダーにつけられた赤い大きな丸にじりじりと近付いていく×印を眺め、はあと息を吐いた。
3日後にはライオコットの祭典は終わっている。
優勝チームも決まっていて、再戦を誓い世界各国のチームがライバルとの別れを惜しんでいる。
本当に大会は、日本の友人たちとの日々は終わるのだ。
雷門中は半田を初めとした肥大化したサッカー部や選手の家族たちから構成された大応援団で賑わっていたし、おそらく、世界中の少年サッカーファンの誰もが決勝戦を楽しみにしている。
決勝戦はもちろん楽しみだ。
苦戦はするだろうが円堂の必殺技もとりあえず姿はできたようだし、豪炎寺や虎丸、不動が練習していたシュート技にも期待をしている。
本当に楽しみだと思っているのに、その日が来ないでほしいとも思っている自身がいることには戸惑っていた。
ご意見番としての日々には試合のように延長戦はない。
閉会式の後には誰にも何も告げず、イナズマジェットではなくイタリア行きの飛行機に乗り込んでいる。
イタリアに帰ることは初めからわかっていたいから、覚悟はとうにできていたはずだった。
覚悟していたのに寂しい。
イタリアに帰りフィディオと毎日会える生活を望み楽しみにしているのに、今は寂しい。
矛盾してばかりだ。
はもやもやと深い霧に覆われた気分を転換すべく部屋から出ると、目的地の扉をどんどんと叩いた。
返事がないのはもう寝ているからだろうか。
寝ているのであれば勝手に入って枕元で勝手に喋ればいいので問題はない。
は返答のないドアをそろりと開けると、照明も灯されていないしんと静まり返った部屋に侵入した。
今日はベッドの下を漁るのはやめておこう。
出先にまで良からぬ物体を持ってくるほど奴は馬鹿ではないはずだ。
それに、曲がりなりにもこちらを好いているのだから喋りも動きも凹凸もない紙面のグラビアアイドルよりも生身の女神様を愛でるべきだと思う。
たるみきった笑顔をいきなりこちらに向けられても、それはそれで気持ち悪いと即答しそうだが。
は無人のベッドに寝転がると、若干汗臭さが残るタオルを容赦なく蹴落とした。




「せっかく夜這いしてきてあげたのにさあ、ほーんとすれ違ってばっか」




 早く戻らないと寝ちゃうぞーと呟き、窓から見える月に目を細める。
そろそろ満月だ。
月まで現代版のジャパニーズビューティーかぐや姫によりふさわしくなるような演出をしてくれるとは、そろそろユニバーサルアイドルと名乗ってもいいかもしれない。
月をも意のままに操る銀河レベルの天使を待たせるとは、やはり彼はとことんまでに甲斐性なしだ。
は心から溢れ出たもやもやを物にぶつけるべく、枕をつかむとドアに向かって放り投げた。





「ファイアトルネード、なぁんちゃって」
「何がなぁんちゃってだ。だろう、何してるんだ」
「何する?」
「言っていいのか? 俺はやりたいようにするぞ」
「やぁだ、それはあっきーの台詞」





 ため息とともに灯された明かりに瞬きをして、部屋の主の帰還をお帰りなさいと言って出迎える。
ああ、いってらっしゃいとおかえりプレイも不動とのものだった。
どうやら来る部屋を間違えたらしい。
小さく笑みを零したを見下ろした豪炎寺の眉根が不快げに寄せられる。
ベッドを占拠されるのがそれほど嫌だったのだろうか。
仕方がない、決勝前で疲れているであろう一応は大切に思っている幼なじみのために譲ってやるか。
体を起こそうとしたは、とんと肩を押さえられているがゆえに動かない上半身にゆっくりと豪炎寺を見上げた。
イケメンはどこから見ても本当にイケメンだ。
は黙ってこちらを見下ろしてくる豪炎寺をじっと見返すと、不意ににいと悪戯っぽく笑ってみせた。





「『やりたいようにする』だっけ? ほんとにやりたいことすんの?」
「やっていいのか?」
「修也が本気出したら私が力技で勝てるわけないんだから、選択肢なんてあってないようなもんでしょ」
「俺はがどうしたいのか訊いてるんだ」
「あら珍しい。自分大好きでいっつも自分がやりたいように私を試合に連れ回してた修也くんも、やっとここにきて私のこと考えるようになったんだ」
「茶化すな。俺はの考えが聞きたいんだ。試合に連れて行ったのも、隣での考えが聞きたかったからなんだ」
「・・・どうしてそれを今更言うかなー・・・」





 顔の前で虫を追い払うように手を横に振ると、豪炎寺が思った以上にあっさりと退く。
はベッドから離れ窓辺に歩み寄ると、今日も綺麗ねと口を開いた。




「やっぱ場所の力って大きいと思わない? ロケ地超大事」
「どこで見ても大して変わらない」
「ひっど。ハワイアンリゾートな雰囲気に私にぐらぐらってきたくせに」
「何の話をしてるんだ」
「私が今日も可愛いって話しかしてないんだけどなぁに、修也は私の前で私以外のものを可愛い綺麗だって思ってたの?」





 私があんまり靡かないもんだからついに私諦めて浮気?
ねえ浮気なのとにやにや笑いながら尋ねてくるに、むっとして違うと即答する。
今のは確実にが悪い。
がまた本来言うべき言葉の数々を端折って物を言ったから、こちらが勘違いをしてしまったのだ。
今の会話の流れはどう考えても夜空が綺麗だという話だった。
の容姿はまったく関係なかった。
豪炎寺はの隣に並ぶと、と同じようにやや欠けている月を眺めた。





「かぐや姫は満月の夜に迎えが来たから帰るんだったな」
「そ。あと3日くらいかなあ」
「ちょうど日本に帰る日くらいが満月だな。、日本に帰ったらどこに行きたい?」
「へ? どしたの急に」
「今までは俺がの休みをサッカーに連れ回していただろう。だから、大会が終わったらいくらでも付き合ってやる。荷物持ちまあ、限度はあるけどやってやる」
「ふぅん」
「遊園地はそういえば一度も行ったことないな。買い物もいいけど・・・、はどこに行きたい?」





 過去に対する罪滅ぼしのつもりで言っているのではない。
感謝の気持ちと、を徹底マークする執念から言っている。
との付き合いは長いが、彼女の休日の7割超はサッカー観戦に連れて行っていたのでが何をしたがっているのか皆目見当がつかない。
だから、少しでもが興味を持ったことには付き合いたいと思う。
一番近くに一番長くいたのに、のことを何もわかっていない。
わかっていないのに、なまじわかっているふりをしていたからを躊躇いなく傷つけた。
忘れられない過去を帳消しにしたいわけではなかったが、豪炎寺は今からでものことを知りたかった。
サッカーというフィルターを通さず、ただの幼なじみとしてと楽しい日々を送りたかった。
10年経って今更だとひょっとしたらは笑うかもしれない。
笑われてもいい、なぜならそれが望みだからだ。





「決勝戦の次に楽しみだ。今じゃなくていいから、向こうに帰るまでに言ってくれ」
「ん」





 やっぱりこの人に帰るって言わなくて良かった。
こんなに私のこと大好きな人に私がいなくなるなんて言ったら、すぐに壊れちゃうもん。
は穏やかに笑いかける豪炎寺へと視線を移すと、小さく頷いた。







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