86.めがみさまとラスボス










 相手が強いとはわかっていた。
個々の力では到底敵わないことも知っていた。
円堂のゴッドキャッチは姿こそ見えたが、まだ完成していないともうっすら気付いていた。
苦戦どころか防戦一方、ファイアトルネードをねだるなんてもっての外だとは織り込み済みだ。
世界一にそう簡単になってしまっては面白くない。
むしろ、このくらい大きく高く分厚い壁があった方がギャラリーとしては見応えがある。
はベンチに深く腰かけ、ご意見番の役目を放棄しただの観客としてイナズマジャパン対リトルギガントの戦いを眺めていた。
ロココの肩はもうすっかり完治したらしく、彼が繰り出すゴッドハンドXはイナズマジャパンが誇るFW陣の必殺技をすべて受け止める。
できそこないのゴッドキャッチとは安心度が違う。
はゴールポストに我が身をぶつけることでようやくシュートを止めた円堂へ視線をやり、思わず自身の背中に触れた。
見ているだけなのに、背中が痛いような気分に襲われる。
あんな無茶な戦い方をして脊髄を傷めはしないのだろうか。
成長が止まったりしないのだろうか。
円堂は帰国したら早急に病院で検査を受けるべきだと思う。
サッカー人生をここで終わらせると、円堂はサッカーバカからただのバカになってしまうのだ。





「サッカーバカって伝染病なのかなー」
「あ?」
「サッカーバカ中のバカ円堂くんの調子悪いからみんなも調子上がんないんでしょ。攻めたはいいけど、ゴール守ってる円堂くんがあれじゃ失点しそうで怖いじゃん」
ちゃん、言ってること間違ってないけど俺が窘めたくなるくらいに言い方すごいって気付こうか」
「でもそれって引っくり返せば円堂くんさえ調子良くなればそれでいいんでしょ。
 あの人たちいつまで経っても円堂くんが真ん中だって思ってるわっかりやすい人たちだから、要は円堂くんがさっさとゴッドキャッチできればいいんでしょ」
「すげえ極論」
「でもそれがマジなんだからしょうがないじゃない。ダメンズなら、ましになるまで待てばいい。
 みんなに守られててそれでも必殺技できないんなら円堂くんはほんとのダメンズだけど、私の友だちはダメンズ好きになるほど男見る目悪くない」






 円堂の人を惹きつける力がすごいのか、円堂を信じきっている豪炎寺や鬼道たちの思い込みの強さがすごいのかはわからない。
確実に言えるのは、円堂が、GKがどっしりと構えていなければフィールドプレイヤーは動こうにも動けないということだ。
思うように動けない豪炎寺など見てもつまらない。
10年前から今日まで、ただ求められるがままに彼の試合を観ていたわけではない。
観に来い応援しに来いと言われても、実際に行くか行かないかは自分で決められた。
それでも欠かさず行ったのは、フィールドでのびのびと躍動する幼なじみを見るのが楽しかったからだ。
観客は試合を楽しみたくて訪れる。
残念ながら世界大会はすべてが楽しいと思える試合ではなかったが、それでもフィールドを駆ける彼らを見るとすっきりした。
楽しい試合が観たいのであれば、ギャラリーもそうなるように力を尽くすべきだ。
尽くせるだけの権限が授けられているのであれば、使うべきだ。
はご意見番に戻るべく、ゆっくりと腰を浮かせた。





「・・・あ、れ?」
「どうしたちゃん」
「・・・いや、別になんでもない」





 浮かせた腰を慌てて戻し、隣の不動にぎこちなく返事を返す。
言おうとした作戦が既に実行されていた。
嬉しいような寂しいような様々な感情が沸き起こり、うーんと小さく呻く。
仕事をしなくていいのは楽でいいはずなのだが、存在感がなくなったようで手放しで喜べない。
アドバイスをするために乞われてイナズマジャパンに帯同し決勝までやって来たのに、ここぞという時にやることがなくなってしまった。
不甲斐ない円堂を待ち、かつ失点を防ぐには11人全員でゴールを守るのが一番だ。
迂闊に攻めてもリトルギガントの素早いカウンターを浴び更なる失点をするだけで、ここでの攻撃は上策ではない。
チームの思いが1つになっている。
そして、ようやくチームと1つになれた気がした。
攻め立てられてばかりで状況は決して良くはないのに、不思議と一体感が感じられるようでほっとしてきた。
どちらがどちらに追いついたかではない。
誰もが同じことを思い行動して、その円の中に自身もまた加わっていることが信じられなかった。
これが仲間か。
思わず漏れた呟きに、秋がにっこりと笑みを向けた。





ちゃんって豪炎寺くんと一緒、遅すぎるよ」
「へ?」
ちゃんはイナズマジャパンに入った日からずーっと仲間だよ。ちゃんが何をしてどこにいたって、いつもみんなはちゃんを信じてたよ。だから今度はちゃんの番」





 みんなを信じてあげてと言われ、きょとんとする。
信じるとはいったい、何を信じればいいのだ。
勝利か、約束の履行か、それとも必殺技の完成か。
は満身創痍になりながらもなお、ゴールを守るため果敢に立ち向かう豪炎寺たちを見つめた。
ゲームメーカーは個々の力を信頼して初めて、最大の力を発揮する戦術を生み出すことができる。
今までも信じていたが、彼らにどこかしら不安があったからやるよりも先にあれは無理だこれはできないと選んでいた。
選手の力を見くびっていてどうするのだ。
彼らは大切なチームメイトではないか。
信じようとする心に自信を持たなければ、できることもできない。
できるはずのこともさせてあげられない。
円堂は今、自信を持っているのだろうか。
円の中心にいて周りに守られていると気付いただろうか。
仲間が大好きな円堂ならばきっとわかるはずだ、仲間の強さを誰よりも。
リトルギガントの怒涛の攻撃に蹴散らされ、円堂に必殺技ダブル・ジョーが襲いかかる。
ここで守れない円堂は円堂ではない。
もう一度見せるのだ。
サッカーから遠ざかり背を向けていた豪炎寺を再びフィールドに立たせた神の手を。
円堂の雄叫びと共に、マジンが現れる。
久々の登場にめかし込んだのか、マントを羽織ったマジンががっちりとボールを受け止める。
これで戦える、勝負はこれからだ。
全員守備から一転攻勢に出たイナズマジャパンを見渡したは大きく頷いた。







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