87.ブラスト処理済み黒歴史










 フィールドを飛び越え、タイタニックスタジアム中に響き渡った笛の音に動きを止める。
円堂たちと3人で放ったサッカーボールがころころと、ロココが守るゴールネットから転がり出る。
ロココの手からではなく、揺れたゴールネットからボールが転がってきたということはどういうことか。
ぼんやりとスコアボードを見上げると、『3-2』と表示されている。
勝ったのか、勝てたのか。





「勝った・・・のか・・・?」





 隣で呟く円堂と顔を見合わせ、頷き合う。
そうだ、勝ったのだ。優勝したのだ。
ベンチからも次々と選手たちが飛び出してくる中、豪炎寺は残されたマネージャー陣へと視線を巡らせた。
秋たちと抱き合うわけでもなく、はただ突っ立っていた。
どこを見ているのかわからないぼうっとした表情で、こちらではないどこかを眺めている。
心ここにあらずといった様子のが不安で、また、こちらを見てほしくて名前を呼ぼうと口を開く。
と言いかけた言葉は口に出ることなく、勝利に湧く円堂たちの輪の中に取り込まれる。
どうしてはあんな顔をしているのだろう。
嬉しがっているように見えなかったのは気のせいだろうか。
なあ、俺のサッカーに満足できなかったのか?
歓喜の渦に飲まれていく中、豪炎寺の背中からは完全に目を背けていた。

































 日本から持ってきた荷物をすべてスーツケースに詰め込み、来た時とまったく変わらない空っぽになった部屋を見渡す。
空になった部屋を見るのは2回目だが、空虚感に慣れることはない。
は鞄から航空券を取り出すと、小さく息を吐き目を伏せた。
誰に知られるでもなくこの日を迎えることができたのは、些細なことでもいちいち情緒不安定に陥る豪炎寺や鬼道のためにはなったと思う。
半田からかぐや姫の本を渡されてもなお気付かなかった甲斐性なしの鈍感男は、日本に帰ってもこちらの不在に気付かないままかもしれない。
いっそそうであったらいい。
初めからそんな人はいなかったと割り切った方が、絶対に彼にとってはいいと思う。
結局豪炎寺は、最後の最後まで幼なじみ離れをすることができなかった。
必要としてくれることは嬉しかったが、豪炎寺の想いはにとって重すぎた。
重くて、すべてを受け止めるとこちらのキャパシティを大きく越えてしまいそうで、彼の気持ちすべてに応えることが怖くなった。
応えようとすればするほど、豪炎寺はもっとこちらに依存してくる。
はわかってくれると思い、ますます想いを寄せてくる。
それは決して豪炎寺の将来にとっていいことではない。
いるはずの人がいなくなった時、メンタルがさして強くない彼は混乱する。
自惚れかもしれなかったが、は自身が豪炎寺にとってとてつもなく大きな存在だと思っていた。
そして自身にとっても豪炎寺は大好きとまではいかなくとも、そこそこに大切な幼なじみだった。
地獄は若いうちに見た方がいい。
若い時の苦労は大枚はたいてでもするものだという。
だから黙っていなくなるのだ。
そうすることが今の彼にとっては大変でも、きっと、自立した大人になってくれるから。
これでいい。これが一番だ。
自立した彼が見たいのだ。
1人で納得していると、不意にこんこんと控えめにドアをノックされる。
感傷に浸っている中雰囲気をぶち壊すのは、いったいどこのどいつだ。
相手によってはスーツケースアタックも辞さない思いでドアを開けると、豪炎寺が突っ立っている。
いつもならば迷わずにスーツケースアタックをしているが、今日は彼に手を上げる気にはならない。
は豪炎寺を見上げると、何か用と尋ねた。






「みんなもう準備できてるぞ」
「女の子は時間かかるんですう」
「・・・木野も音無も終わってるんだが」
「怒りに来たわけ?」
「・・・いや。ほら、これ」





 突然渡された金色のオブジェを受け取り、まじまじと見つめる。
歴史の結晶が手の中にある。
汗臭さと焦げ臭さと泥臭さにまみれた10年間が、綺麗なトロフィーに姿を変えた。
は綺麗になったねと呟くと、豪炎寺の胸に優勝トロフィーのレプリカを押し戻した。





「それだけか」
「他に何かあるっけ?」
「・・・ないな、なら」
「でしょ? 修也と会った時はこんな物もらえるとは思ってなかったけど、なんでもやってみるもんってことか」
と2人で取った勲章だ、俺はこれを一生大切にする」
「おう、してあげなよ。私との歴史クライマックスみたいで、もう思い残すこともないんじゃない?」
「何言ってるんだ。次はフットボールフロンティア連覇がある」
「知らないよそんなの」





 知らないなら教える、教えてまた知らせる。
なぁにその言い方こないだ言ってたことと真逆じゃーん。
数日前の自身の発言を思い出したのか、豪炎寺が難しげな表情になり押し黙る。
まったく、いつまで経っても幼なじみ離れをしようとしない甘ったれた奴だ。
そんな彼にはびしりとスパイシーなイベントを用意してやろう。
分が悪くなり状況を紛らわせようとしたのか、こちらのスーツケースを引き階下へ促す豪炎寺の背中に向けは口を開いた。





「約束守ってくれてありがとね。あとごめん」
「守るって約束したからな。気にするな、の暴言にはもう慣れた」
「何それ」
「そういうことだ。・・・ありがとう、俺をここまで連れて来てくれて」




 それに謝られた方が変な気分になるから謝るな。
久々の『ありがとう』に照れ臭くなったのか顔だけこちらに向けはにかみ笑いを浮かべる豪炎寺に、は彼には聞こえない小さな声でそのごめんじゃないと漏らした。







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