はソファーに向かい合って座った鬼道を見つめ、大きく深呼吸した。
まずは落ち着いて自己紹介から始めるべきだろう。
そういえばまともな名前で呼び合ったことはないのだし。



「えっと・・・、って言います。・・・名前、知らないよね?」
「ああ、今日初めてまともに聞いた。・・・俺の名前は鬼道有人だ。黙っていてすまなかった」
「いや、私こそ何度も何度もオニミチくんって呼んで、ほんとごめんなさい申し訳ありませんでした!」



 しまった、ソファーに座っていては土下座ができない。
は今までで一番丁寧に頭を下げ、すみませんでしたと続けた。
改めて思うと恥ずかしすぎて顔が上げられない。
国語は苦手ではなかったはずだが、どうしてこんな間違いをしてしまったのだろう。
あの時豪炎寺に確認しておけば良かったのか。
だが、帝国学園サッカー部が誇る天才ゲームメーカーだと知っていれば、絶対に係わることを禁止されていただろう。
本当に、あまりにも恥ずかしくて情けなくて涙が出てきそうになる。
以前ここへ来た時も相当情緒不安定になったが、ここはそういう場所なのだろうか。
頭を下げたままぴくりとも動かないに、鬼道は慌てて顔を上げてくれと声をかけた。
確かに名前はずっと間違って呼ばれていたが、否定をしなかった自分にも非があるのだ。
彼女ばかりを責めることはできなかったし、そこまで謝られるいわれもなかった。
むしろこちらの方が謝らなければならないというのに、何を勘違いしているのだろうか。
本当に頭が少し弱い子なのだろうか。
サッカーに関しては影山が動き出すほどに優れた戦術眼を持っているというのに。




「こないだの帝国戦でマネージャーの子に訊いて、初めてオニミチくんが鬼道くんだって知ったの・・・。私ってほんとバカ・・・」
「俺もそれは違うと否定しなかったんだ。俺も悪かった。少し楽しかったんだ、そう呼ばれるのが」
「ああもう鬼道くんほんと優しすぎて涙出そう・・・。この優しさを分けてあげたい・・・」
「泣くのはやめてくれ。それから俺は、優しくもなんともない」




 自嘲した笑みを浮かべる鬼道に、は首を傾げた。
鬼道が優しくないというのならば、他にいったい誰が優しい人になるのだろうか。
鉄骨からは守ってくれるし、鬼道は優しさをそのまま人の形にした人物だと思っていた。



「試合では酷いことをしてしまった。許してくれとは言えないが・・・、悪かった」
「許すってどれを? 長髪グラサンのロリコン親父に拉致監禁されたこと? 鉄骨のこと? あれはどれもロリコン親父のせいだから鬼道くんのせいじゃないでしょ」

「・・・今、何と言った?」
「だから鬼道くんのせいじゃないよって」
「違う、その前だ。・・・影山に何をされたと?」
「校門で襲われてしばらく監禁・・・・・・。あ、駄目だ今のなし。これは誰にも言ってないんだった」




 今聞いたこと忘れてねとにこやかな笑みで頼み込むに、鬼道は額を押さえた。
予想以上の事態に驚き、そしてそれを笑って済ませているにも驚いていた。
そもそも、影山をただのロリコン親父だと思っているあたりから認識がおかしい。
雷門の人々は誰も彼女に事態の深刻さを教えていないのだろうか。
あえて知らせていないのかもしれないが、この無知さは危険だった。
初めて会った時から交通事故に遭うんじゃないかなどと心配していたが、まさか本当に事件に巻き込まれるとは。




「そうそう、鉄骨が降ってきた時は助けてくれてどうもありがとう。鬼道くん命の恩人なのに、お礼言うのが遅くなっちゃってごめんなさい」
「・・・知っていたのか」
「うん、試合終わったから教えてもらった。何かがぶつかったなあとは思ってたけど、鬼道くんが蹴ったボールだったんだね」
「痛いんだろう? さっきも痛がっていたし、すまない・・・」
「ちょっとびっくりしただけで全然平気。だって鬼道くんが助けてくれなかったら、私死んでたんだよ」
「本当になんともないのか? 医者には診せたのか? 骨に異常は・・・!?」
「・・・やだ、鬼道くんそんなに強くぶつけたの?」
「いや、加減はした! ・・・相手がだったんだ、円堂や豪炎寺たちにぶつけるんだったら必要以上に強く蹴っていた」
「だったら大丈夫でしょ、湿布貼っときゃ治る治る」



 湿布臭かったらごめんねと的外れな言葉を口にするに、鬼道は思わず頬を緩めた。
彼女なりの場の和ませかたなのか、あるいは素で言っているのかはわからないが、彼女といると心が安らぐのは確かだった。
彼女とおそらくいつも一緒にいるであろう彼氏とやらが羨ましかった。
隠しているようだが、おそらく豪炎寺なのだろう。
ボールをぶつけた時に抱き留めた―――いや、抱き締めたと言った方が正しい気がする―――のも豪炎寺だったし、試合の時も名前で呼び合っていた。
それはもう、こちらが苛々するほど親しげに。
彼ならば部活しか見えていないだろうし、試合の応援に行くのも当たり前だ。
いくらサッカーが大事でも、を放ってデートをドタキャンするなどデスゾーンものだが。




「しかし彼氏も・・・・・・、豪炎寺も心配しているだろう。特に俺と会うなんて」
「早とちりするとこやっぱり兄妹だよね。春奈ちゃんにもこないだ同じ間違いされた」
「違うのか? 彼氏は豪炎寺じゃないのか?」
「まっさか。最初に鬼道くんと会った時に電話かけてきたのは修也だけど、あれはよく考えなくても幼なじみで良かったんだよね。
 でも鬼道くんが事あるごとに彼氏の話題振ってくるから、適当に言ってただけ」
「じゃあどうしてあの時頑なに拒んだんだ」
「私がうっかりボロ出して修也のこと帝国に知られちゃいそうだったから、早めに退散したくて・・・。彼氏なんていないよ、これはほんと」




 何だろう、今、ものすごくほっとした。
鬼道は何が楽しいのかにこにこと笑っているをじっと見つめた。
あの皇帝ペンギン可愛いよね、私一番右のが好きだなあなどとペンギンの話題を振ってくるがとても可愛らしく見える。
いや、初めて見た時からちょっと変わっているが可愛いとは思っていたのだ。
御影専農中で手を握られた時は、突然の行為にドキドキしてしまったし。
今度帝国の試合を観に来てくれと誘ってみようか。そうだ、誘ってみよう。




「そもそもなんで地面からペンギン? いいなー可愛いなーペンギン。修也もライオンとか出せばいいのに。今度発破かけてみよっかな」

「ん? なぁに鬼道くん」
「俺の試合も観に来てくれないか?」
「帝国の? うんわかった! はー、帝国のGKと眼帯の人かっこいいよねー」
「源田と佐久間だ・・・」
「へえ! あ、でもマントつけてる鬼道くんは王子様みたい!」




 あまりにも無防備な発言に、鬼道がぴしりと固まる。
駄目だ、余計な期待をしてはいけない。
相手はどうせ何も考えていないんだ。
思ったことを口に出しただけなんだ。
・・・それってすごく嬉しいことじゃないか!
これは早速春奈にそれとなく情報を提供してもらうしかない。
固まったまま動かなくなった鬼道の顔の前で、がひらひらと手を振った。






鬼道くんというか、鬼道一家を何だと思ってるんだ






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