11.風丸くんの憂鬱










 豪炎寺は、今日も突然訳のわからないことを口走り始めた幼なじみに困惑していた。
どうせいつもの世迷い言だから放っておいても問題はないはずだが、なんだかんだで毎度耳を傾けてしまうのはもはや病気かもしれない。




「修也、ライオン!」
「・・・動物園で見てこい」
「ちーがーう! あのねあのね、地面からペンギン出るんだから修也もライオン出してみてよ!」
「・・・鬼道の技のことを言っているのか」
「そうそう! ねぇねぇライオンライオンライオン」



 鬼道の技に対抗しろと言っているわけではなさそうだ。
単にフィールドで動物が見たいだけなのかもしれない。
しかしなぜライオン。雷門と発音が似ているからだろうか。
それはまさか、に限ってないだろう。
どうせただの思いつきに決まっている。
思いつきで百獣の王を出せと言われるのは、力を期待されているようで少しだけ気分がいいが。




「・・・ライオンは無理だが、風見鶏は出せるようになった」
「へ? 風見鶏ってあの教会の上にくっついてる? くるくる回ってるの?」
「見た目は炎の鳥だ。風丸との合体技で炎の風見鶏という」



 この技にはさすがにも驚くに違いない。
イナズマ落としもイナズマ1号落としも驚かなかっただが、炎の風見鶏ならば素直にすごいと言ってくれそうだ。
何よりも、相手がお気に入りの風丸なのだ。
また人前で公然と抱きつくかもしれない。
この間の帝国戦で半田に抱きついた時はびっくりした。
半田を哀れだと思うと同時に、なんとなく強いパスを出したくなった。




「ふーん、炎の風見鶏かー。かっこいいんだろうなー、どんな技?」
「言うより見た方が早い。今日の練習見に来たらどうだ?」
「うーん、でも試合で初めて見るってのもありだよね。ああでも風丸くんは見たいし」




 どうしよっかなあと呟きながら、は先日夏未からもらった制服のカタログを眺めた。
何色でも似合うだろうが、どうせ似合うのならば一番可愛く見える色をつけたい。
せっかく靴もピカピカの新品になったのだから、キラキラ度をMAXにしたい。



「それはそうと修也、何色が似合うと思う?」
「今度は何を強請る気だ」
「おねだりじゃないよ。ほら、帝国で色々あったじゃん? その時に靴どころかリボンまで失くしちゃって、新しいの買ってもらおうと」
「その『色々』をは話さないがな。リボンなら木野たちに訊け」
「訊いたもん。ほんっと修也優しくない。情熱的なのサッカーだけ」
「風丸と比べてるのか? 風丸は甘やかしすぎだ」
「風丸くんじゃないもんね!」



 風丸ではなくてを甘やかすのは、じゃあ誰だというのだ。
あれこれを思い浮かべてみたものの、該当人物は現れなかった豪炎寺だった。



































 幼なじみのあまりにも冷酷な扱いにうんざりしたは、結局サッカー部の練習を見ることなく帰ることにした。
炎の風見鶏は見たかったが、豪炎寺は見たくない。
確かに制服の話を彼に振るのはどうかと思ったが、つけて似合わなかったら奴はさりげなく文句を言うのだ。
夕香の髪形に合わせて三つ編みにした時は、左右のバランスが微妙に違うとダメ出しをされ彼の手で結び直された。
(この時はどこが変わったのかには最後までわからなかった)
木戸川清修にいた頃も、他校の試合を観に行くからついて来いと言われ渋々行くと、試合の感想よりも先に寒色系よりも暖色系の方が似合うと文句を言われた。
(後日暖色系の服を買わされる羽目になった)
どうでもいいと言う割にはうるさい男なのだ。
だからわざわざ事前に訊いてやったというのにあいつは。
は赤も青も緑も黄色も好きだった。
風丸がくれた髪留めについてはさすがに何も言ってこないが、本心は青じゃなくてどうとかと言いたい気分なのだろう。
だったら人に買わせず自分で買えというものだ。
似合う色を買ってこいと言っていたのだし。




ちゃん、今日スーパーでアイス半額なんだけど食べたくなぁい?」
「食べたい! 私買ってくるね!」



 母から財布を受け取り、自転車に跨る。
何にしようかな、この間食べたあれは値段の割に濃厚な味で美味しかったな。
ママたちもあれ好きって言ってたし、それでいっか。
自転車を走らせていると、前方から見覚えのある人物が歩いてくる。
速度を緩めると相手も立ち止まってひらひらと手を振ってくる。
は自転車から降りると、彼の元へ向かった。




「風丸くんだー!」
「おつかいか、
「うん。あっ、今日も部活お疲れ様でした。修也と新しい必殺技作ったって聞いたよ」
「ああ、炎の風見鶏っていうんだ。スピードとジャンプが必要らしくて、俺になったんだ」
「へぇ! 風丸くん陸上部だったもんね、さすが!」




 陸上部という単語を聞き、風丸の表情が曇る。
言ってはいけない言葉だったのだろうか。
どうしよう、何て言えばいいんだろうと慌て始めたを見て風丸はふわりと笑った。
ちょっといいかなと言われ、公園のベンチを示される。
風丸から誘われるのは嬉しいが、なにやら事態は深刻そうでは不安になった。
また厄介事だろうか。
風丸のためなら多少の厄介事も苦ではないが、体に痣が残るような命がけのものならば断りたいところだ。




はどうしてサッカーを応援するようになったんだ?」
「昔っから周りが嫌味なほどにサッカーしかしてなかったからかなー」
「豪炎寺の熱意に負けて?」
「修也に会う前からサッカー知ってたけど、ここまで真面目に観るようになったのは修也の陰謀だと思う」



 私に対しては容赦なく冷たいもんなあとぼやくに、風丸は苦笑した。
あれだけ言ったのに、まだ渡せていないのか。
本当に手のかかる男だ。
サッカーに関しては、今日の陸上部での出来事のようにずばりと言い当ててくるというのに。
ぼんやりとしていると、隣に座っているがちょんちょんとつついてくる。
どうしたの、修也に苛められたのと心配げに尋ねてくるので、は鋭いなぁと冗談めかして答える。
案の定、この良くも悪くも素直な少女は見る見るうちに不機嫌な顔になった。




「もう! 私だけに飽き足らず風丸くんまで苛めるとか修也何考えてんの!? 風丸くん大丈夫? ファイアトルネードぶつけられたりしてない?」
「あはは、はほんとに楽しいなぁ」
「え?」
「豪炎寺は何もしてないよ。ただ、ちょっと陸上部の方でさ・・・。陸上に帰ってこいって言われたんだ」



 意味がよくわかっていないのか、ことりと首を傾げたに今日あったことを話して聞かせる。
話しているうちに、いかに今の自分がサッカーを楽しんでいるかを知る。
口を挟まずただひたすら話を聞いていたは、風丸の話が終わるとそっかとだけ答えた。




「どっちも大切なんだ。だから、どっちを選んでもどっちも裏切りそうな気がするんだよ」
「確かに、今の風丸くんのサッカーは陸上部の頃の練習が活きてるもんね・・・」
「それで動揺してたのか炎の風見鶏が決まらなくなって、豪炎寺にもばれたってわけ」
「そうなんだ・・・」
「でも、なんかに話したらちょっと落ち着いた。ありがとな、髪留めもよく似合ってるよ」
「わ、ありがとう!」
「豪炎寺がは外出する時くらいしかそれつけないって言ってたから見れるか心配だったけど、見れて良かった。可愛いよ」




 照れてしまったのか恥ずかしいのか、俯いてしまったを笑顔で見下ろす。
特別贔屓目に見なくても可愛らしいと思う。
こんなに元気で素直で、ちょっと変わってはいるが共通の趣味で盛り上がれる幼なじみがいるというのに、豪炎寺はなぜ彼女の魅力に気付かないのだろう。
これ以上彼女に何を求めているというのだろう。
今はまだいいが、そのうち横からふらっと現れた男に彼女を取られてしまうかもしれないと、わかっていないのだろうか。
風丸自身は、に特別な想いは抱いていなかった。
にしても躊躇いなく抱きついてきたあたりからおそらく、優しくてかっこいいサッカー部の風丸くんとくらいしか思っていないのだろう。
仮にのことが好きなら豪炎寺のことなど構いはせずにアピールするし、弱気になっていると見せかけて抱き締めるくらいの芸当はしている。
それはもう、先日の帝国戦での鉄骨落下事件で見せつけてくれた豪炎寺の熱烈ハグばりに情熱的に。




「風丸くん風丸くん、後ろ向いて」
「こうか?」
「うん。えっと・・・。次の試合、風丸くんが陸上部の人に最高の楽しんでいる姿とプレーが見せられますように」
「あ、これってがいつも試合前に豪炎寺にやってるやつだ。こういうおまじないだったんだな」
「修也にはこんな事言ってないけどね。えへへ、炎の風見鶏楽しみにしてるね!」
「ありがとう




 ぽんと押された背中からじんわりと温かくなる。
このおまじないの効き目は案外ありそうだ。
いや、あの豪炎寺がいつもしてもらっているくらいだから絶対あるに決まっている。
俺もこれから試合の時にしてもらおうかな。
公園を並んで出たが自転車と共に遠ざかるのを見送ると、風丸もまた帰途についた。







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