鬼道は、むむむと眉根を寄せご機嫌斜めのに戸惑っていた。
何か、彼女を怒らせるような事件が起こったのだろうか。



「何かあったのか?」
「・・・あのピンクが」
「ピンク」



 鬼道はが指差した戦国伊賀島中の選手を見つめた。
髪の色がピンク色だからそう名付けられたのだろう。
わかりやすくてなかなか良いネーミングだと思う。



「風丸くんの名前をフジマルって呼び間違えて、すっごくムカつくなぁって」
「・・・・・・」
「いい根性してんじゃない、あのピンク。人の名前呼び間違えるとかほんと最悪」
「・・・風丸とフジマルならまだわかる間違いだと思うが。・・・俺の名前よりも」
「・・・すみませんほんとマジでごめんなさい鬼道くん」




 先程までの不機嫌さはどこへやら、ずーんと沈んだ顔になって頭を下げるに鬼道はまたもや戸惑った。
しまった、オニミチは彼女にとっては黒歴史だった。
ピンクに先んじて人の名前を幾度に渡って呼び間違えていたが怒っているのがおかしくてついつい意地悪を言ってしまったが、まさかこんなに落ち込ませるとは。
せっかく一緒に観戦する約束を取り付けたというのに、これでは彼女を萎縮させてしまうだけだ。
私もアホの子だからアホの子のオーラが感じ取れたのかなど、訳のわからないことを呟いているの顔を必死に上げさせる。
まだ若干落ち込んでいるの気をサッカーに向けさせるべく、サッカーの話を始めた。




「戦国伊賀島中のプレースタイルは忍者サッカーとも言うべき忍者との融合だ。意表をついた攻撃を仕掛ける相手に、雷門は苦戦を強いられるだろうな」
「わ、鬼道くん詳しいね。さすが天才ゲームメーカー、かっこいい!」
「・・・知らなかったのか?」
「うん。春奈ちゃんがリストくれたけど読んでないんだよね」
「いつの試合も、何も調べていないのか? 俺たちとの戦いも?」
「いつもただ観て、思ったことを修也に伝えたりしてるだけだよ。帝国の時は、源田くんのパワーシールドが衝撃波だってことは修也から聞いたよ」




 何の情報も集めずあそこまで的確な指示を飛ばせるのならば、それはとてつもない才能だ。
サッカープレーヤーでもなくただ観ているだけでというのが恐ろしい。
影山が彼女を害そうとしていたのも、今ならわかる気がした。
確かに、雷門の司令塔にしてフィールドの女神と呼ばれるだけはある。
例によってこの子は、自分の才能がそんな通り名をいただくほど大層なものだとは認識していないのだろうが。




「私、修也以外とサッカー観戦したことないから、鬼道くんと一緒にいるってのがすごく不思議」
「・・・そうか」
「なんだかデートみたい」



 にこりと笑いかけられ、そうだなと答えようとしてはっと口を噤んだ。
いや、今日はデートのつもりで誘ったのではない。
そもそもデートというのは付き合っている男女が一緒にいることを指すのであり、間違ってもとはまだそういう関係にない今の状態に使うべきではない。
やはり頭が少し弱い子なのか。国語がよほど苦手なのだろうか。
誰にでもそう言ってそうで恐ろしい。
鬼道は、試合中はほとんど黙って観戦しているの横顔をちらりと見やった。
点を取られてもあーあとしか言わないが、何を考えているのかよくわからない。



「円堂、嫌なこけ方をしたな」
「そうなの?」
「どこかを痛めていないといいが・・・。・・・?」
「あ、うん、すぐ戻る」



 ハーフタイムになったと同時に席を抜け出すを見送る。
先程までの流れで何かわかったのだろうか。
何も喋らないから何を閃いたのかもわからず、ただ帰りを待つしかなかった。
しばらく雷門のベンチを見ていると、先程まで隣にいたがぱたぱたとベンチへと駆け寄ってくる。
どうやったらあんな場所にまで侵入できるのか、大会のセキュリティ面が不安になる。
一方は、ベンチへ向かうと特に何かをするでもなくチームを励ましていた。



「みんな、後半もファイト!」
「それだけ言いに来たのかよ・・・」
「違うよ。壁山くん壁山くん、練習の時すごく調子良かったからあと少し踏ん張ればもっと強くなれるかも!」
「が、頑張るっス!」
「あとあと・・・」
、ちょっと」



 風丸から手招きされ、選手たちの輪から少し離れた所に行く。
どうしたのと尋ねると、くるりと背中を向けられあれやってくれないかなと頼まれる。
何のことかすぐに思い当たったは、風丸の背中をぽんと叩いた。




「ありがとう。気合い入り直った気分だ」
「だったら良かった! 大丈夫、今の風丸くんならどんなボールにだって追いつけるよ」
「そう言ってくれると本当に間に合いそうだな」
「炎の風見鶏って修也との技なんでしょ。蜘蛛の糸なんかよりも早く前線に上がっちゃえばこっちのものだね!」
「そうだな! ありがとう!」



 なにやら吹っ切れたらしい風丸を見送り、思い出したように豪炎寺の元へ向かう。
いつものように背中を叩き、炎の風見鶏楽しみにしてるからねと催促する。
他にないのかと逆に催促され、は眉を潜めた。




「後半は風丸くんと壁山くんに期待しとけばいいんじゃない?」
「それだけか。ちゃんと観ていたのか?」
「観てるよ。だって蜘蛛の糸はあれより速く走ればいいだけだし、向こうのGKの技だって修也なら破れるよ。ついでにあのピンク潰してこい」
「怒っているだけなのか、まだ。の間違いに比べれば可愛いものだ」
「・・・それ、さっき同じ事言われたんだった・・・。・・・帰ろ、修也ファイト」



 さっきって、もしかして今日一緒に観ているのか。
どこまで仲良くなっているのだ。
どちらが誘った。か、いや、自分以外の奴とは観戦しないではないだろう。
では向こうか。あの男、いつの間にとそんなコンタクトとるようになったんだ。
鬼道と親しくなることでのサッカー戦術眼が更に研ぎ澄まされるのなら喜ぶべきだろうが、そう簡単に割り切れない。
まさかないだろうが、がうっかり雷門の弱点など喋ってしまったら目も当てられない。




「よーし、後半いくぞ!」



 手の痛みを堪えた円堂のかけ声で、雷門イレブンの逆襲が始まった。































 試合後、残って待ってくれていた陸上部の後輩にサッカーの面白さ、そしてサッカーを続けていくことの決意を語る。
納得し、応援してくれると誓った後輩と別れスタジアムの出口へ向かうと、もう帰ったものだと思っていた豪炎寺とがいる。
までいるとは珍しい。彼女は彼女なりに心配してくれていたのだろうか。
そう思いながら近付くと、今にも帰り出しそうなの腕を豪炎寺がしっかりと掴んでいて苦笑する。
犬や猫やペットじゃあるまいし、もう少し自由にさせてやれば懐かれるのに。




「風丸くんお疲れ様! 今日もすっごくかっこよかったよ! 炎の風見鶏ほんとすごいね!」
「ありがとう。のおまじないのおかげだよ」
「やだ、風丸くんったら」
「次からもまたやってもらおっかな、背中のおまじない。豪炎寺限定じゃちょっと焼き餅妬きそうだ」




 風丸の言葉に豪炎寺とは顔を見合わせた。
互いにきょとんとしているのでもう一度背中のおまじないと言うと、2人がほぼ同時にああと声を上げる。



「風丸、あれはおまじないなんて大層なものじゃない」
「でも豪炎寺、いつもやってもらってるだろ」
「あれは小学生の頃、試合直前になってもしゃっくりが止まらなかった俺の背中をが叩いたことから始まっただけだ。あれで止まったんだ、しゃっくり」
「じゃあなんで今もやってんだよ。しゃっくりなんて出てないだろ。やっぱ独り占めしたいだけだろー」
「そういやそうだよね。なんで私、今も修也の背中叩いてんだろ」
「あの試合で俺が初めてハットトリックしたからだ。覚えてないまま叩いていたのか」
「いやー、慣れって怖いよねー」



 そうやってあれこれ忘れていくから怒られるんだ自覚しろ、別に修也に迷惑かけてないもんと言い合いを始めた2人を仲裁するでもなく苦笑しつつ眺める。
豪炎寺は今でも験担ぎのつもりで背中のおまじないを頼んでいるのにが何も覚えていないのは、確かに豪炎寺にしてみたら怒り出したいものなのだろう。
だが、由来を忘れているのに欠かさずおまじないをしているは微笑ましい。
体にその習慣が身につくほどに一緒にいるなど、どこの夫婦の日常だ。
次の試合からもやっぱりおまじないしてもらおう。
風丸は、おそらく自分の存在を忘れ果て口喧嘩を繰り広げているに何の前触れもなく抱きついた。






きっとみんなは2人は付き合ってないって信じてない






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