13.無自覚無頓着ハニー










 思えば、我が幼なじみが出場する試合ではなく、かつ、彼に誘われたわけでもないサッカーの試合を観戦するのは随分と久々のことだった。
帝国戦も観に来てくれと鬼道に誘われスタジアムへとやって来たは、純粋に試合を楽しみにしていた。
鬼道が怪我で大事を取りベンチスタートとなっていても、その楽しみは曇ることがなかった。
楽しみにしていたからこそ、フィールドで繰り広げられた惨劇が余計残虐に見えてしまった。
勝負はやってみるまでわからないとはよく言う。
無名の相手校を見下しているわけではなかった。帝国イレブンは、もちろん正々堂々と全力を尽くして戦った。
その結果には思わず口を両手で覆った。
誰も立ち上がることができない。
深く地面が抉られたフィールド、吹き飛んだゴール。
サッカーフィールドの面影がどこにもなかった。
いつもは試合が終わると混みだす前にすぐにスタジアムを出ているのだが、今日は破壊されたフィールドと、倒れ伏した選手たちを呆然と見つめる鬼道から目を離すことができなかった。
無意識のうちに『10-0』と表示された電光掲示板をカメラに収め、春奈に画像を転送していたらしい。
豪炎寺からの電話でようやく我に返ったくらいだった。
のろのろと腰を上げスタジアムを後にし指定された交差点まで行くと、よく見る金髪のような銀髪のような少年に出くわした。





「・・・よう修也くん」

「・・・言うから。・・・ちゃんと話すから、今訊かないで・・・」
「・・・わかった。前はちゃんと見て歩け。そこは段差があるから気を付けろ」




 互いに無言で豪炎寺のマンションまで向かう。
自宅ではないのにやけに見慣れた部屋に入ると、はクッションを抱え床に座り込んだ。
豪炎寺が着替えをしている間に、何から話そうかと考える。
思い出すだけでもトラウマになりそうだった。
サッカーが嫌いになった観客も続出しそうなくらいに残酷なショーだった。
ぼんやりと試合を反芻していると、豪炎寺がリビングへと入ってくる。
向かい合って座るか隣に座るか背中合わせに座るのか悩んでいたようなので、自分の隣の床をとんとんと叩く。




「今日はですね、鬼道くんに誘われたから帝国戦を観に行ったんですよ」
「ああ」
「相手は無名の世宇子中だったから、まあ帝国の圧勝でしょって誰もが思ってました。鬼道くんも控えだったし」
「ああ」
「そしたらですね、世宇子中が見たこともないような技をばんばん決めちゃって、あの帝国が完敗したんです」
「ああ」
「・・・・・・怖かった」




 いつもなら、そういう主観的な感想ではなくてもっとゲームに内容について言えと強要していた。
それを躊躇ったのは、怖かったと呟いた時のの顔があまりに悲しそうで、震えを抑えているのか抱え込んだクッションを手が真っ白になるくらいまで
きつく握り締めていたからだった。
何があったのか、これ以上訊ける雰囲気ではなかった。
の様子からして、雷門と戦った時とは比べものにならないくらいに一方的な試合だったのだろう。
どうすればいいのか皆目見当がつかないが、とりあえず怖がっているのを宥めよう。
こういう時やたらと明るい円堂や何かと優しい風丸がいればどうとでもなるのだが、豪炎寺は生憎と女の子の気分を紛らわせる方法を知らなかった。
しかも相手はである。
下手に何かすると余計悪化させそうでなかなか手を出しにくい。
こんなことなら家に連れてくるんじゃなかった。
こいつもどうして今日に限ってあっさりとくっついてきたんだ。
に程良く責任転嫁をしていた豪炎寺は、ふと視線を感じ隣を見た。
何か言いたげにがじっとこちらを見つめている。
いつもの物怖じしない勝気な瞳と違い不安げに揺れているそれは、夕香も好きな子犬の瞳のようで多少戸惑う。
そんな目ができるとは今日の今まで知らなかった。




「・・・ねぇ」
「・・・何だ」
「私、修也たちがあんなふうにボロボロにやられるのやだよ」
「そうならないように特訓してるんだ。心配するな」
「でも! ・・・ほんとのほんとにすごかったんだって、世宇子中」
「それは決勝で会うのが楽しみだな」
「ちゃんとわかってんの!?」
「わかってる。・・・安心しろ、を怖がらせるような無様なサッカーはしない。約束する」




 強く言われ一応ほっとしたのか、の体から力が抜ける。
今のうちにクッションを引き剥がさねば、指圧で千切れる。
がっちりとクッションを握り締めている指を一本ずつゆっくり外し、ぎゅうぎゅうに押し込められていたクッションを解放してやる。
の手とは、こんなにも小さくて細かっただろうか。
強く握ればそのまま潰してしまいそうに脆く見える。
そういえばこの間風丸を待っている間に逃げ出そうとしていたの腕を掴んでいた時も、やけに細いと感じた。
きちんと食事は摂っているのだろうか。
甘いものが好きだからといって間食ばかりしていては、健康体にはなれないのだ。




「・・・、ちゃんと食べてるか?」
「食べてるよ。ママのご飯美味しいことは修也も知ってるでしょ」
「その割には細いというか小さいというか華奢というか・・・」
「・・・何よ、肉付きが悪いって言いたいの? そりゃ私は修也がだぁい好きなグラマー体型じゃないけど?」
「そういうことを言ってるんじゃない。さっきまでの可愛さはどこに置いてきたんだ」
「どうせ可愛くないですよーだ。いいもん、別に修也に思ってもらわなくても風丸くん可愛いって言ってくれるもん!」




 引き剥がされたクッションを再び手元に戻し、クッションごと体当たりする。
スペシャルタックルを受けると、いくら筋肉バカの幼なじみでも尻餅をつくかひっくり返るかよろめくのだ。
どーんとぶつかると、がっしりと両手で受け止められる。
あれ、いつもと感覚が違う。
もう一度タックルをかましてみると、今度はため息混じりに抱きとめられた。




「あれ? あれ?」
「・・・何をやってるんだ・・・」
「私、ほんとに体力なくなった・・・? いやいや、でも・・・・・・。・・・あ」




 2人の体の間に挟まっていたクッションをぼとりと落とし、は無造作に豪炎寺の胸に手を当てた。
うーんと言われながらぺたぺたと腕やら胸やら腹やらを触られている豪炎寺としては、気が気でない。
は何をしたいのかいよいよもってわからない。
あの体当たりの技は昔から事あるごとに受けているから知っているが、ただ受け止めただけで体中を触りだすとは。
本当に鉄骨事件で、ただでさえ欠けている頭のネジがもう2,3本吹き飛んだのではないだろうか。
やはりあの時鬼道に任せるのではなく、引っ張っていれば良かった。




「うーん・・・・・・。修也、ちょっと立って。ほんとは脱いでもらいたいけど・・・・・・」
「自分が何を言っているのかわかってるのか。嫌だ」
「そうだよねー。まぁいっか」



 蹴らないでねと前置きすると、は自分は膝立ちになったままぺたぺたと豪炎寺の足に手を這わせた。
太腿もふくらはぎも脛も容赦なく触ったり撫でたりするの姿は、立ち上がって見下ろしている豪炎寺から見るとなんとも異様な光景だった。
今やっている事はおかしなことで、絶対に人には見せられないものだ。
豪炎寺の脳裏に、『幼なじみと一つ屋根の下でイケナイ事するとかベタすぎるんですけど最高なんですよ!』と熱弁を奮っていた目金の言葉がよぎる。
そろそろ本気でやめてくれないだろうか。
を蹴り飛ばしはしないが、蹴り飛ばされそうな事態に発展しそうな危険がある。




「・・・、これは絶対に他の奴にはするな。風丸にも半田にもだ」
「風丸くんと半田じゃ駄目なんだよね。修也じゃないとわかんなかった」
「だから何を」
「最終確認したいから、明日練習見に行っていい?」
「わかったから離れろ、顔を上げるな!」



 怒鳴って始めて、自分がしゃがめば奇妙な角度からの顔を見なくて済むと気付く。
さすがは半田に観賞用と呼ばれるだけはある。
非常に心臓と体に悪い時間だった。
今までの8,9年余りの幼なじみとしての家からの信頼や歴史、あるのかどうか定かでない絆やらがたった数分で崩壊する危機だった。
並みのグラビア雑誌よりも体が熱くなったなど口が裂けても言えないし、悟らせてもいけない。
なぜなら、彼女には全くその気がないのだ。
何をしたかったのかもわからないし、言ってくれないし。
行きのローテンションさが嘘のような晴れやかな笑顔を残し去っていった台風、もといを見送ると、豪炎寺は今日の諸々の原因となったクッションを
押入れの奥深くヘと封印したのだった。







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