響木は、何の気まぐれかサッカー部の練習に顔を出したを目を細めて眺めていた。
基本的に春奈たちときゃっきゃと話し込んでいるが、何か目的があって来たのだろう。
響木はの戦術眼を信頼していた。
コーチとして毎試合手伝ってもらいたいくらいである。
それをせず、あるいはできないのはマネージャー職を断固辞退した経緯を聞いたことと、影山にまた目をつけられてしまうと思ったからである。




「ああ、やっぱりみんなばっらばらだ」
「弛んでるだけよ。また特訓ね・・・」
「特訓してもなー・・・」




 は転がってきたボールを投げ返すと、どうすれば直るんでしょうかと響木に尋ねた。
やはりこの子はわかっていたのか。
しかし、練習も特訓も見ていないのになぜわかったのだろう。
秋や夏未たちに豪炎寺たちフィールドプレーヤーの不調の原因をわかりやすく話して聞かせた響木は、改めてにどうしてわかったんだねと訊いてみた。




「今まで修也にヒットしてた技が効かなくなっておかしいなあと思って調べてみたら、前よりも全体的に筋肉ついてたんです。
 みんな同じ特訓してるんだったら、みんな身体能力上がってるんだろうなって」
「・・・それって、どうやって調べたんですか?」
「え、普通に体触っ「うおっ、危ねぇ!!」




 の真横をものすごい威力のボールが通過した。
動いてなくて良かったなーと声をかけてくる半田に動く余裕なんてないでしょと返すと、はボールを手に取り蹴った張本人の元へ向かった。
何食わぬ顔で次のシュートを打とうとしている奴に、ちょっとと大声を張り上げる。




「悪い、手元が狂った」
「FWに手はいらないでしょ! 明らかに私の真横狙ったでしょ。修也のシュートは凶器なの!」
「じゃあ足元が狂った。昨日のあれは話すなと言っただろう! 訳のわからないことをしてきて何なんだ!」
「するなとは言われたけど、話すなとは言われてないもん! べっつに触りたくて触ったんじゃないんだからね!」
「だから言うなと言っている!」
「な、なんかよくわかんないけどさ、にボールぶつけるのはやめようぜ豪炎寺。狙うなら俺を狙え!」
「そうそう。花が散ったら観賞用でもなくなるだろ?」
「ん・・・? ま、まあ円堂くんも土門くんも優しい! ぎゅってし・・・」




 心の中はいつものハグ態勢になったところで、はっとしてベンチを振り返る。
いけない、円堂と土門に抱きついたら今後何かと厄介なことになりそうだ。
特に円堂、これに係わるとろくな事がない気がする。
しかしハグ態勢を整えてしまった以上、誰かに抱きつかないと気分が悪い。
どうしたものかと悩んでいると、の心の葛藤に気付いてくれたのか風丸がよしよしと頭を撫でてくれる。




「ほら、そうやってまたを苛める。もっと優しくしろってこないだも言ったろ」
「そうだそうだ! 風丸くんを見習え! もっと言っちゃえ風丸くん!」
「帝国であれだけしっかり抱き締めといて今更触るだの触らないだの・・・。俺なんか見るたびに頭とか撫でてるし」
「何も知らないからそう言えるんだ。風丸は甘すぎる。あと土門、さすがにそれは言いすぎだ」




 がちゃがちゃとまた他愛のない喧嘩を始めた豪炎寺とに秋たちは苦笑した。
響木も止めるつもりはないらしく、勝手に休憩時間に突入している。
むうと睨み合っている2人に円堂が輪って入り、そこに秋も混ざり、土門のアメリカ時代の必殺技の話が始まる。
サッカーの技術的な問題などわからないので適当に時間を潰していると、春奈の動きが怪しいことに気付く。
何をしているのだろうと見つめていると、そのまま外へ飛び出す。
どうしたのだろうと思い校門を眺めていると、いつの間にやら新必殺技の会話から抜け出していたらしい豪炎寺が隣に立っている。




「行くぞ、ついて来い」
「行くってどこに。あ、鞄」
「ほら早く」




 走り出す豪炎寺を慌てて追いかける。
現役運動部と帰宅部の脚力を同一視されては困る。
それにしても、豪炎寺はこんなに速かっただろうか。
大体、置いていくつもりなら初めからついて来いなどと簡単に言ってほしくない。
ローファーは走りにくいのだ。
鞄だって重いし、急な運動に体が酸素を求めてやまない。




「ちょっ・・・、きっつ・・・」




 電信柱に手をつき呼吸を整えていると、豪炎寺が駆け戻ってくる。
ふと気付き後ろを振り返れば一緒にいたはずの自分が見当たらなかったそうで、慌てて探しにきたという。
大丈夫かと尋ねられ大丈夫じゃないと息も絶え絶えに答えると、具合が悪いのかと異様なまでに心配される。




「あのねぇ、日々トレーニングしてるサッカー部員と違って私ただの帰宅部なんだから、そこらへんもうちょっと考えてよ・・・」
「だが、前はとりあえず振り返れば見えるところにはいた」
「だ、か、ら・・・・・・。・・・ほんとに気付いてないんだ・・・?」
「何をだ。歩けるか、ゆっくり行くことにする」



 なんとか呼吸を整え並んで歩いていると、鉄橋で豪炎寺が立ち止まった。
下を眺めている彼につられて下を見やると、土手に鬼道と春奈が並んで座っている。
どこに行ったのかと思っていたが、兄の元だったのか。
兄妹仲がいいのは羨ましいと、一人っ子のは思ってしまう。



「2人とも仲直りできて良かったね」
「そうだな。、ちょっとしゃがんでろ」
「こう?」
「いいって言うまで立ち上がるな」



 言われたとおりしゃがんだは、豪炎寺が強烈なシュートを鬼道へ向けて放ったことに驚愕した。
何をやっているんだこの男は。
いくら口数が少ないとはいえ、ボールをいきなりぶつけていいはずがない。
間違って春奈にぶつかったらどうするというのだ。
何やってんのと非難しようとしたが、蹴ったはずのボールが猛烈な威力で蹴り返されてきては口を噤んだ。
なにやら話をしたいのだろう。
不器用なことこの上ない誘い方だが、こうでしか話し合いの場に就けない幼なじみを許してほしい。




「もういい? 口挟まないから」
「いい」



 河川敷のグラウンドで熱いボールの語らいを繰り広げる2人を不安げに見守る春奈の隣に腰を下ろす。
にこりと笑いかけると、春奈もほんの少しだけ笑い座った。




「止めないんですか?」
「うん、だって修也と鬼道くんは今お話中なんでしょ、あれで。話の邪魔しちゃ悪いし、あんなボールもらったら痛くてやってらんないよ」
「お兄ちゃんすごく悔しがってるんです。でも、どうしようもなくて・・・」
「まあ修也にも何か考えあるみたいだし、とりあえず修也に任せてみれば?」
「信頼してるんですね、豪炎寺先輩のこと」
「サッカーやってるとこだけみたらいい男だけどそれ以外は駄目人間だから、ああいう男に引っかかっちゃ駄目だよ?」



 くすくすと笑い合っている間に、ボールの語らいは終わったらしい。
ファイアトルネードを受け破れてしまったボールを見て、邪魔をしなくて正解だったと胸を撫で下ろす。
自分の存在がそれほど珍しかったのか、驚いている鬼道にひらひらと手を振り立ち上がろうとするが、体が動かない。
先程の全力疾走で力を使い果たしてしまったらしい。
へにゃりと笑って誤魔化していると、苦笑した鬼道が手を差し伸べてくれる。
さすが優しさには定評のある鬼道だ。
指の一本も差し出してくれない幼なじみとは格が違う。




「いやー春奈ちゃん、ほんっと鬼道くんって優しいよねー・・・」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ、立てないなら早く言え、帰るぞ」
「うわっ、びっくりしたいきなり立たせないでよ。あっ、ごめんね鬼道くん、また今度!」




 鬼道の手に掴まるべく伸ばされた腕を、豪炎寺はぐっと掴み引き上げた。
何事かと唖然として見つめてくる鬼道の視線をあえて無視すると、そのままを急き立て河川敷を後にする。
重なるべき手をなくした鬼道は無意味に伸びていた腕を引っ込めると、既に遠くを歩いている豪炎寺との背中を見送った。
見せつけられた感がして少しばかりイラッとするのも、豪炎寺の思う壺なのかもしれない。




「お、お兄ちゃんの行動は間違ってなかったよ! ただ、ちょっとお兄ちゃんと豪炎寺先輩でさんに対する思いやりの形が違ったっていうか・・・!
 わ、私はお兄ちゃん応援してるからね!」
「わかっている春奈」



 円堂に背中を任せても、真正面からまたファイアトルネードをぶつけられそうな気がする。
鬼道の心は揺れていた。







引っ張っていく人、豪炎寺さん。一緒に歩いていく人、鬼道さん。






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